76話
「プギャラ…」
「お、あぶな」
俺は飛んできたものをよける。
飛んできたものはべちゃっと音がして、地面に落ちた。
なんだろう、見た目は完全に小太りの男性だが…
そして、たぶん王様と女王様が座る椅子の前ではどこか見覚えがある男女が剣で鍔迫り合いを行っていた。
うーん、どういう状況なのこれ…
そんなことを思っていると、男性のほうが言う。
「ほらほら、これで僕が勝てば、レメちゃんを最初に抱きしめるのは僕だ」
「それは聞き捨てなりませんね。うちが勝てばその権利はうちにありますから」
「僕に勝てると思っているんですか?」
「逆にうちに勝てると思ってるあなたの頭が大丈夫なのか心配するわね」
「なんだと…」
「なによ!」
「まあいい、僕の一撃で勝つ」
「勝つのはうちの一撃ですわ」
「はあああああ」
「やあああああ」
何が起こっているのかわからないまま、俺たちはその状況を見ていたときだった。
メイド服の女性からものすごい殺気が放たれる。
ビクッとして目の前の二人が攻撃をやめるほどだ。
俺たちも思わずその方向を見てしまうほどだ。
「お父さん、お母さん?」
「ち、違うんだ」
「そうよ、違うのよ、お父さんが絡んできたから、うちは仕方なく」
「何を言っている。絡んできたのはお前のほうだろ?」
「なんですって」
「なんだ?」
「お父さん、お母さん」
「「は、はい」」
「えっと…」
さすがに意味がわからないことが目の前で起きているため、俺が思わず声をだすと、メイド服を着た女性が俺たちに向かって頭を下げる。
「すみません、お父さんとお母さんが…」
「えっと、どういうこと?」
いまだにわけのわからない状況に、レメの方を見ると、その顔は真っ赤になっていた。
あー、なんとなくわかったかもしれない。
これがいわゆる恥ずかしいタイミングを見られたというものだろう。
というか、王の間でレメをどちらが先に抱きしめることで喧嘩する、なんてことを目の前で見せられたこちらとしてもどう反応していいのかわからない。
ふー…
完全に緊張が解けたな。
よくわからないものを見せられたことでさっきまで緊張していたのが嘘のように、今は何も思わない。
いや、何も思わないというよりは、あんな両親をもったレメのことをかわいそうな目で見る。
「何よ、何か言いなさいよ」
「えっと、何か言ってほしいのか?」
「何も言ってほしくないわよ。余計に恥ずかしくなるもの」
「だったら言わなくていいだろ?」
「そうだけど、イラっとするのよ」
「いや、俺にイラっとされてもな」
「しょうがないでしょ。それにその顔がイラっとするのよ」
「だってな、見てみろよ」
「何を?」
そう言って、レメは全員を見渡す。
アイラ、シバル、バーバルが全員微妙な表情で見ていた。
まあ、両親…
しかもこの国の偉い人が、目の前で喧嘩をしていたらなあ…
それもどちらが先にレメのことを抱きしめるかなんて、正直かなりどうでもいいことでとなると、さすがに笑わずにはいられないし、どういう表情していいのかわからない。
「そ、そんな目で見ないでよ」
「いいじゃない。愛されてるんだから」
「そうですよ。両親は大事にしないといけませんよ」
アイラとシバルに優しい顔でそう言われて、レメはすぐに顔を抑える。
あー、これは恥ずかしぬってやつだ。
ゲームで見たことあるな。
さすがに何も言えなくなってしまったレメにさらに追い打ちをかけるようにして、声をかけるなんてことができるはずもなく、俺たちはどうするべきなのかと思っていると、メイド服に身を包んだ女性がこちらに一礼する。
「すみません、お父さんとお母さんが…」
「いえ、それはいいんですが、えっとあなたは?」
「わたしは、メイ・リベルタス。レメのお姉ちゃんになりますね」
「あ、そうなんですね…って、んん?」
「どうかされましたか?」
「いや、ちょっと、いろいろ今の状況がおかしいことになってるなって思いまして…」
「といいますと…」
「どうして、メイさんとおよびしますけど、メイさんはレメのお姉さんなのにメイド服姿になっているんですか?」
「それは、わたしがあなたたちがわたしの可愛いレメちゃんに酷いことをしていないのかチェックするためですね」
「なるほど…」
「見た限りでは、変なことはしていないようですがね…」
いや、怖い怖い怖い…
急に目が座っているよ。
完全に殺る気がある目だったよ。
というか、レメはこれだけ愛されている家族がいるのに、どうして一人で冒険者なんかを?
俺は疑問に思っていると、レメは顔から手を離して、顔を真っ赤にしながら怒る。
「ちょっと、パパもママもお姉ちゃんも、どうしてそういう感じなの?」
「それは、わたしたちはレメが心配で…」
「そうだぞ、お父さんだってレメが心配しすぎて、仕事も手がつかないくらいだったしな」
「お、お母さんなんて、食事も喉を通らないくらいだったんだから」
「なに?お父さんなんか、夜も眠れな…」
「あなたねえ、嘘言わないでよ」
「はあ?母さんこそ、ご飯しっかり食べてたじゃないか!」
「何よ?」
「何だ?」
また、ものすごくどうでもいいことで喧嘩が始まりそうになっている。
もう、どういう顔で二人を見ていいのかわからないでいると、レメが大きな声で言う。
「もう、全員嫌い!」
その言葉の後に、レメは王の間を飛び出していった。
気持ちはよくわかる。
あれだ、俺が現実世界でいうのなら、参観日で手を振ったり、授業が終わった瞬間にしっかりと授業を受けていたからと抱きしめてくる親だ。
子供という年齢でいえば、俺たちも恥ずかしくもありながらも、それ以外の感情もあるが…
俺たちは見た目的にも大体高校生くらいだし、レメの…
偽名だからヒメと書かれていたが、そこには一つ年上の十七と記されていたので、その年齢であの親から溺愛されるのはキツイものがあるだろう。
それも、友達というか知り合いの前で…
俺なら、喧嘩を始めた時点で他人だと言い張る自信がある。
それくらいには衝撃的なレメとの親との邂逅は…
レメが辱めをただ受けるという展開で終わった。