65話
【起きなさい、起きなさいよ!】
頭の中に声が響く。
うるさい自称神が騒ぎだしたようだ。
しょうがない、目を開けるか…
暗いだと…?
そこで俺は今更ながらに自分があの黒服たちに連行されたのだということに気づいた。
魔法石を渡しただけで見逃してくれると、それとなく思っていたけど、現実はそこまで甘くないということか…
「(起きたぞ)」
【それならいいけど、無駄に心配させないでよね】
「(しょうがないだろ、ああしないと、ヒメが連行されていたからな)」
【そうね。そうなったら、あんたなんてボロ雑巾のようになって終わっていたわね】
「(いや、ひどいな。否定はできないけどな…)」
あのとき、ヒメを昏倒させて、あの小屋に隠すように寝かせてきた。
魔法石を見つけたことと、あきらかに単体で出てきた俺ということもあって、さすがの黒服の男たちもあれ以上探すことがなかったのだろう。
そこまでわかっているなら、やることは簡単だな。
ここから逃げるだけだな…
「(ま、目隠してされてて何も見えないけどな)」
【はあ…そういう想定はしてなかったの?】
「(ほら、こういうときって大抵目隠しなんてされることはなく、あるじゃん。こう鎖とかを腕とか足にされるくらいだと思ってたんだけどな…)」
【そうなの?考えが甘いわね】
「(それは否定できないな…)」
【このまま死なれたら、あたしとしても困るから、今の場所くらいは教えておいてあげるわよ】
「(まじか…俺ってそんなに窮地なのか?)」
【そうじゃないわよ。でも、すぐにそうなるかもしれないから、教えておいてあげるってだけよ】
「(なるほどな。聞こう)」
【なんで、ちょっと偉そうなのかはわからないけど、教えておいてあげると、今は領主の館の地下室よ】
「(なるほどな)」
【それじゃ、教えたわよ。あとは頑張ることね】
「(へいへい。もっと助言とかくれてもいいと思うけどな)」
【何を?あたしは言ってるわよ】
「(いや、毎回絡んでくるときは、女を襲えとしか言われてないぞ)」
【そんなことないわよ。失礼ね】
「(なんだと…)」
【とりあえず、頑張りなさい】
「(あ、おい!)」
【…】
どうやら、また自称神は俺のことを無視することに決めたらしい。
さすがにな、こっちからは話しかけても姿すらもちゃんと見えないのに、無視されるとさすがにキツイんだけど…
とりあえず、考えることは、ここからどうやって出るかってことだな。
こんなことなら、もっと町を探索しておけばよかった。
だって、領主の館なんて、どこにあるのか把握していないからな。
わかってるのはギルドと、魔法石が落ちていた公園くらいだもんな。
どうにか周りが見れるようになれば、この状況も変えれると思うんだけどな。
そんなことを思った願いが通じたのだろう、頭にかぶせられていたものがとられる。
「あかる…」
急に光がきて、思わず口にする。
目が慣れてきたときに見えたのは、一人は知っている顔で、後は知らない顔ぶりばかりだ。
「誰だ?」
思わず口にすると、黒服の男の中でもリーダー的存在だった男がこちらに近づく。
「あれだ、領主様と頭役ってやつだな」
「なるほどな」
領主の男は、どことなくというか、かなり太っていてかなり見た目が悪い。
こういうことを言うのは悪いことなのかもしれないが、かなり不潔に見える。
後のもう一人は確かにコネをうまく使いそうなやつだ。
今も手をコネコネと動かしているが、あの動きをやっているのを初めて見た。
「それで?俺はこれからどうなるんだ?」
「それなんだがな…おい!」
その言葉で一人の男が水晶とともに現れる。
なんだ?
黒いローブを被ってるし、魔法使いなのか?
訝しげに男を見ていると、男は俺に水晶を当てると何かをブツブツと言葉にした。
「…いや、何も起きないのかい…」
「そ、そんなバカな!」
「どうしたのだ?」
「いえ、それなんですが、この男には魔力が一切ないのです」
「な、なんだと!」
「ど、どういう状況?」
急にパニックになりだした周りに、俺はついていけない。
本当に意味がわからない。
そう思っていたとき、また黒服の男が話しかけてくる。
「いや、お前がおかしいってことだ」
「おかしいというのがわからないんだが…」
「ま、今更魔法石がお前には使えないってことがわかったから、説明してやるけど。あれだ、魔力がない人間はこれまで見たことないってことだな」
「はあ、でも全員が魔法使ってないと思うんだけど」
そうなのだ。
確かに俺は、転生してきた人間なので、魔法は使えないし、魔力も感じたこともない。
だから魔力がないというのも理解できる。
でも、これまで見てきた人も、別に全員が魔法を使っている感じではなかった。
ヒメも、魔法を使っていなかったように思ったしな。
俺がわけがわからないという顔をしていると、男は言う。
「まあ、普通ならだれでも少しは魔力があるんだが…」
「俺にはそれがなかったと…」
「そういうことだ。おかげで、計画は台無しだが、仕方ないことだしな、それじゃあな」
男と話していたときに、気づけば領主たちは何かをブツブツと言いながらも部屋を出ようとしていた。
男もついていかないといけないのだろう。
すぐに部屋を出ていく。
また一人取り残された。
仕方ない。
「(スター?)」
【…】
「(神様?)」
【ボリボリ…なに?】
「(おま、何か食べてるのか?)」
【仕方ないでしょ、監視するときにはこういうお菓子を食べながらするくらいでちょうどいいのよ】
「(なんだと…)」
【うん?何か文句いった?】
「(いえ、何も…)」
【それで?どうして話しかけてきたの?あたしは頑張りなさいって言ったわよ】
「(そうだけどな。さっきの話が気になってな)」
【魔力がないってこと?】
「(そうだよ。どういうことなんだ?)」
【そのままの意味よ。理解できない。まあないと思ってた世界で育ったんだから仕方ないことでしょ?】
「(確かにそうだけど。もしあったらを想像してだな)」
【想像するのはいいと思うわよ。でも、今回ばかりはよかったじゃない?】
「(そうだな)」
確かにそうだった。
魔力がないということは…
魔法を完全に使えないということ。
そう、魔法石すら使えないのだ。
だから、よかったといえばよかった。
後はここから出るにはどうするかだな。
「最初から繋ぐなら、目隠しなんてしておいてほしくなかったがな…」
【仕方ないでしょ、ヘンタイなんだから】
「ま、そうだな」
繋がれた部屋で、俺は一人どうしたものかと考えていた。
エックスのような形の板に磔にされているのだが、動いても特にとれるというものではないらしい。
見張りがいるというわけでもないので、この状況さえなんとかできれば、抜け出すことができる。
そんなときだった。
「ふむ、こんなところにも部屋があるな」
「そうみたいですね。ここはピエロにお任せください」
「いや、ワシがやる。少し体がなまっても仕方ないからな」
「そうですか」
そんな声があちらから聞こえたと思うと、扉が斬れた。
おお、なんかすごいことをやるやつがいるんだな…
のんきに、そう思っていたが、すぐに一人の顔を見てげえっと声が出そうになる。
「ピエロか…」
「おやおや、あなたはたしか…」
「なんでえ、知り合いか?ってあのときの坊主じゃないか」
そこにいたのは最近出会った二人…
一人は、俺たちから魔法石を奪った相手のピエロで、もう一人は公園で助けてくれた侍の見た目をした男だ。
どういう知り合いなのかはわからないが、二人は一緒にいるということは仲間ということで間違いはないのだろう。
そんな二人は、部屋をキョロキョロと観察する。
何かを探しているのか?
俺が疑問に思っていると、ピエロが俺の足元に向かって何かを投げる。
「石?」
「ええ、魔法石に見せられていた石ですね」
「どういうことだ?」
「そうですね。ピエロは、タネも仕掛けもあり、ああいうことができると教えましたよね」
「そうだな。それと何か関係があるのか?」
「はい。魔法石とこちらが思ったものがこうなっていたということですねえ」
「あー、そういうことか…」
俺は、そこまで言われて理解した。
確かヒメのスキルは変装。
なるほどな、魔法石に似せた石をピエロに盗ませたってところかな。
ということはだ…
俺がかなり、いらないことをしてしまったってことだな。
そんな俺の考えを知らず、二人はさらに話をする。
「ここに来たのも、魔法石をもらうためだったが、どうやらあなたが持っていたということかな?」
「どうしてわかるんですか?」
「それはタネも仕掛けもありますので…と言いたいところですが、すぐに話を聞いたからでございます」
「どんな?」
「領主が魔法石を手に入れたという内容のものですねえ」
「なるほどな」
俺がいらないことをやったことで、逆に面倒なことになっているということだろう。
まあ、まさか魔法石をヒメが隠しもっているなんて思わなかったから、仕方ない。
今頃、ヒメたちどうしているのかな…
そんなことをふと考えていたときだった。
「侵入者がいるぞ」
「なに!やれ」
そんな言葉が聞こえてくる。
「ばれてしまいましたか…」
「まあ、仕方ないことですよ。ワシらは捕えられているであろう、人から魔法石を盗るつもりできたのですからな」
「そうですが、どうやらすでに領主がもっているということは」
「ワシらがなんとか奪い返さないといけないということですな」
そう言いながらも、侍は構えを、ピエロはポケットから何かを取り出すと、それをグッと握り、広げたところで増やすを繰り返す。
おお、マジック…
間抜けなことを考えながらそれを見ていると、ピエロはそれを投げた。
破壊して、今はもうない扉の付近まで転がっていくと、それはパンパンと音を鳴らして、さらには煙も少しずつでてくる。
なるほど、攪乱用か…
感心しながら、それを見ているときだった。
キンという高い音が鳴ったと思うと、すぐに手の拘束具が取れて、顔面から床にたたきつけられそうになる。
「ふむ、普通に切れるの」
「あ、ありがとう」
「いいってことよ。ま、生きてここから出れたら礼でもしてくれ」
その言葉を残して、二人が部屋から出ていくのがわかる。
俺は慌てて足の鎖も外すと、煙に紛れるようにして部屋を出たのだった。




