61話
「た、ただし、隣いいですか?」
「バーバルか?いいけどどうかしたのか?」
「す、少し…」
隣に感じた気配は、どうやらバーバルのものだった。
何かを言う前に、隣に腰を下ろしたバーバルと、俺は二人で炎を見つめる。
お互いに炎を見つめあう。
こういうときは男であり、年齢も年上の俺から話題を振って、何か話したいことを言いやすくするべきなのだろうか?
そんなことを考えていたが、どうやらその必要はなく、バーバルが口を開いた。
「わたくしのせいで、すみませんでした」
「どうしたんだ急に?」
「急にではありません。わたくしがあの山で捕まっていたのを助けていただいたときから、ずっと考えていました」
「そうなのか?」
「はい。わたくしの懺悔を聞いてくれませんか?」
「ふ、そういうのは元聖女である、アイラに言うことじゃないのか?」
「そうですね。でも、なんとなくただしに聞いておいてほしいのです」
「そうか」
俺は、バーバルが話しをしやすいようにと、飲み物をいれる。
「あ、ありがとうございます。」
「いや…別に気にするな」
「はい。それではわたくしのことを少し聞いてください」
「わかった」
お互いに飲み物を一口飲み、のどを潤すと炎を見つめながらも、バーバルは話を始めた。
「わたくしはどうすれば正解だったと思いますか?」
「どうすればというのは?」
「わたくしの元いたパーティーメンバーに何をできたと思いますか?」
「それは…」
「わたくしは、ただ逃げているだけなんです」
「どういう意味だ?」
「そうですね、わたくしはわたくしは…」
バーバルが静かに涙を流し始めた。
俺は隣に座りながらも、何かをすることもなくそこにいる。
こういうときどうすればいいのかわからない。
童貞だから?
ずきりと頭が痛む。
童貞だから何もできないのか?
こういうときに何をしたらいいのかわからないのか?
そんな考えが頭の中をグルグルと回る。
隣でバーバルが泣いて、気づけば時間が過ぎる。
ぱきっという焚火の火が弾ける音が聞こえたとき、バーバルが再度口を開いた。
「正直、ただしがお尋ね者になってホッとしているんです」
「どうしてだ?」
「わたくしが組んだパーティーメンバ―の人たちが拠点にしていたのが、最初戻ろうと話をしていた場所だからです」
「そうなのか?」
「はい。だからこそ、下手に戻りたくないというのが正直なところでした」
「そうか…」
俺は、その言葉に納得した。
俺だって、もし自分のパーティーの中で誰かが死ぬという状況になったときには、その後にどうしていいかわからなくなるだろう。
かといって、その後にやれることも決まっているはずだ。
「それじゃ、もう戻らないのか?」
「そうですね、どうしたらいいと思いますか?」
「そうだな…今はどうせ、俺の潔白をなんとかしないことには戻ることもできないしな」
「そうですよね」
「ああ…そうなると、やることはまず勇者をなんとかしないとな」
「そうですね」
「まあ、心配するなよ。俺もバーバルを助けて一緒に冒険するとなったからには、何かをしてやれるとは思うしな」
「例えばなんですか?」
「そうだな…町に戻ったときに一緒に墓でも作ってやるかな」
「そうですね。それは、大切なことですね」
「ああ、だからパーティーから抜けたいなんてことはいうなよな」
「!」
「どうした?」
「わかっていたのですか?」
「まあ。なんとなくだけどな」
「そうですか…」
そう言いながらも、実は適当でもなんとなくでもなかった。
それはまあ、軽く前に話は戻ることになるが、アイラから聞いていたことだったから…
戦いが終わった後に、素性がばれるわけにはいかないから、すぐに離れた俺とは違い、バーバルを救出したりしたアイラとシバルには、そこにいたであろう人たちの痕跡を見つけていたのだ。
その人たちが、すでにこの世にいないこともわかっていた。
そして、そういう経験をした人は、自分が不幸であると思い、それが今後も自分の身に降りかかるから、パーティーを抜けたいと言い出すのだと教えてくれた。
まあ、それを聞いて、確かにそういうことってよくあるよな。
なんてことを考えてしまうくらいには、テンプレの内容だった。
よく、ゲームでもそういう呪いがかかっているからとすぐにパーティーを抜けようとする人物がいるくらいだ。
そういう人には確かに、そういった呪いがあるスキルや何かがあるという設定になっているが、バーバルにはそういうものがないということはわかっていた。
そう、もしあるとすればそれは、俺が転生したせいで引き寄せているものであって、バーバルが悪いわけではないはずだ。
だから、何かあれば俺がヘンタイスキルを使って守らないといけないのだ。
俺は深く息を吸うと立ち上がる。
「バーバルがいないとさ、俺たちのパーティーで遠距離攻撃できるやつが誰もいないんだよな」
「確かにそうですけど…」
「だからさ、そうやって自分のせいだって思うなら俺たちがピンチの時は魔法で攻撃して守ってくれるだろ?」
「!」
「な?」
「そうですね、お任せください」
そう言うと、バーバルは俺の隣に立ち上がった。
そして二人で少し笑いあう。
すぐに大きな声を出すと寝ているやつらを起こしてしまうことを思い出した俺たちは静かになり、そしてバーバルはふわっとあくびをすると、伸びをする。
「話に付き合ってもらってありがとうございます」
「いや、気にするな」
俺はそう言うと、再度座りなおして、火を見る。
バーバルはそんな俺に向かって何かを言ったような気がするが、薪が弾けるぱきっという音で何を言ったのかは聞こえることはなかった。
やっぱり、みんないろいろとあるよな…
そんなことを思っているとき、頭の中にはいつものように声が聞こえてくる。
【何を感動的な話をしていたのよ】
「(ああ?いいことだろ?)」
【ああいうときに、抱きしめたりしないからダメなのよ】
「(うるせえな…俺だって…)」
【俺だって?】
「(な、なんでもねえよ)」
俺は自称神に言われて、ハッとする。
だって、俺にはそんな資格がないと思うからだ。
まあ、それにだ…
「(現実では三十も近い、精神年齢のやつがこの見た目だと十六やそこらの少女を抱きしめるなんてことはできるわけないだろ)」
【はあ、本当にヘタレね】
「(うるせえよ、別にヘタレでもいいからな)」
【確かにそうね、だから…】
「(うん?何かを言ったか?)」
【別に何も言ってないわよ、あたしは寝るからお休み!】
「(ど、どうしたんだ急に?まあ、別にいいけどな。お休み)」
喋りかけてきたと思ったら急に会話を終わらせるとは…
本当にわけがわからないな。
俺はそう思いながらも、見張りを続けるのだった。
※
「起きてる?」
「はい、アイラ様」
「ヒメも起きてるわよね」
「そうですね」
私たちは、三人でただしの方に向かったバーバルを見ていた。
少しして聞こえる嗚咽。
泣いているということが、わかった。
「やっぱり、ああいうことがあると、なるわよね」
「そうですね」
「ああいうこと?」
「そうね。私たちの口から言うのは違うと思うから、聞くのなら、本人から聞きなさい」
「ふーん、そういうことね」
「わかるの?」
「こう見えても、いろいろ経験しているのよ」
「そうなんだ」
そう言って遠くを見るヒメを見て、私は確かにと納得してしまった。
何かを隠してはいるのだろうけれど、それはお互い様だから何も言えない、それでもどこか凛としたたたずまいは、いろいろな経験をしていたのだろうということを否が応にでも感じさせた。
「それで?戻ってきたら何か声かけるの?」
そんなヒメから、私たちにそんな言葉をなげかけてくるが、私は頭を振った。
「そんなことするわけないでしょ、ああ見えても、ただしがなんとかしてくれるわよ」
「ですね」
私とシバルがここまでやってこれたのも、ただしがいたからだ。
そんなことを思っていると、ヒメが私たちの方を見て、ニヤニヤと笑っている。
「何?」
「ううん、すごい信頼をよせてるんだなって思ってね」
「そ、そんなことないわよ!」
「そうですよ。それにボクたちはまだ会ってから日が立っていませんから!」
「そうなんだ。ふーん…」
顔が熱くなるのを感じながらも、そう反論した。
自分が今、どんな表情をしているのかはわからないけれど、それでもヒメはニヤニヤ笑いをやめないのを見て、なんとなく感じ取りながらも、バーバルがこちらに歩いてくる気配を感じて私たちは再度嘘寝をしてやり過ごす。
ただ、さっき顔が熱くなったことを思い出して、あまり寝れなかったのは言うまでもなかった。