44話
川に流され始めた俺は身を任せていた。
まあ、実際は泳げないから、身を任せるしかないというのが本当のところだ。
本当に昔であれば泳げたのかもしれないけれど、そんなことができたのは遠い昔の話だ。
よくある、水の中で目を開けるなんて行為をする人がいるが、泳げない人間にはまず無理だ。
物語の中でよくやっている人は物語の中だけなのだ、現実はこんなものだろう。
というか、水の中であんなことをできるのは特殊な訓練をしている人だけだと思うんだけど…
【さっさと、ガムシャラに泳ぎなさい】
「がひゃぐひゃ」
【そんなところで喋ると、溺れるわよ】
いやいやいや…
話しかけてきたのはそっちだろうと言いたい。
でも俺だって普通に水の中で自由に動けていれば、どうにかなっていたかもしれない。
あれだ、そういうスキルが欲しかった。
という、もらえるはずもない願望を思ってみる。
それくらには追い込まれているということだろう。
そして何かが見えた気がした。
走馬灯になってしまうのだろうか?
それでも俺は見えたのだ、下着⁉
力が湧いてくるだと…
俺が一瞬見えただけでも、力が湧いてくる。
だからだろう、俺の中でヘンタイスキルが発動していたのだ。
泳げないからこそ、俺は地面を、水を蹴る。
ばしゃっと音がして、水面から飛び出た。
「出れたー!」
そうして、俺は川の外へと出ることができた。
そこでようやく目をしっかりと開けて見た景色は、滝の一歩手前だった。
「あぶねえ、もう少しで落ちるところだったのか…」
【落ちても大丈夫よ、ヘンタイスキルさえ発動すればね】
「いや、それってヘンタイスキルが発動しなかったら終わりってことだろ?」
【そうともいうわね】
「そんな他人事でいいのか?」
【だって、今はあたしに何かできることはないからね】
「それはそうかもだけどな」
だからといって、話しかけるだけ話しかけるなんてことで済まそうとするのもどうかとおもうのだが、そうじゃないのか?
いや、神には俺を助けることができないのだから仕方ないな。
アイテムくらいはいくつかもらったりしたけどな。
とりあえず、ここからどうするかを決めないとな。
「なあ、ここからどうすればいいと思う?」
【どうするって?どうするの?】
「それがわからないから、神であるお前に聞いてるんだろ…」
【どうしたらいいかわからないなら、好きにすればいいんじゃない?】
「いやいや、俺は転生してここにいる。だったらそれなりにお前の言うことを聞く必要があるんじゃないのか?」
【最初から言ってるでしょ、そんなものはないわよ。勝手にそういうのはくるかもだけど】
「だったらもっと従順な違うやつをまた送ればいいんじゃないのか?」
【それができたら苦労しないわよ】
「そうかい」
【それでどうするの?】
「どうするかなんてことは、わかってるだろ」
【助けに行くってことね】
「当たり前ってやつだな」
俺は歩きだす。
でも、俺は気づく。
このまま川沿いを進んでいって、あの場所にまた行けるのだろうか?
罠があるだろうし、そもそもどこから現れたかわからない相手がいる場所に辿り着けるかも不安だ。
【何を迷ってるのよ】
「いや、あの出てきたやつらのことだよ」
【あー、サキュバスね】
「サキュバス?ああいうのって、もっとあれじゃないのか?」
【もしかして、露出が少ないってことを言いたいの?】
「いや…まあな」
【さすがにモンスターとして出てくるんだから、そんなわけないでしょ…】
「そうなのか?」
【そうね。でも、童貞のあなたには、あれくらいの刺激がちょうどいいでしょ?でも、倒されればそういうシーンを見られるかもしれないけど】
「なん…だと…」
【でも、すぐに死ぬわよ】
「まじか…」
童貞じゃなくなって死ぬ。
そんなことになってしまえば、もう俺は今後転生しても魔法を絶対使えないということなのか?
それじゃ、やられるわけにはいかないな。
【何か、よくないことを考えているってことは顔を見ればわかるわね】
「そんな悪いことじゃないんだがな…」
【それじゃあ、最低なことね…】
「最低なことって…俺が童貞なのかそうじゃなくなるのかのかなり重要なことなんだぞ」
【あのね、童貞じゃなくなっても死んじゃったら、それで終わりなのよ…】
「そうなんだよな…そこがキツイところだ」
【それに、行為を一回したところで、素人童貞って言われて終わりよ】
「ぐはっ!…その言葉は俺に大ダメージを与えたぞ…」
【もういい加減に行きなさいよ】
「だからな、サキュバスのことをもう少し教えてくれてからでもよくないか?」
【はあ…仕方ないわね】
「頼む」
かなり話はそれたが、聞き出すことができそうだ。
そう思っていたときだった。
「火よ、相手を焼き尽くす炎となせ、ファイアー」
その言葉とともに炎が俺に向かってとんでくる。
俺は横跳びでそれをかわす。
そこで、そこにいるであろう人に対して声をかけた。
「なるほど、予想はしていたがバーバルか?って誰?」
「なんだ?我のことか?」
「いや、お前には聞いていない」
炎系の魔法が飛んできたので、バーバルが来たと思ったがどうやら違ったらしい。
俺の勝手な予想ではバーバルが主犯なのではと思っていたがそうではないようだ。
目の前にいるイケメンな男は翼をばさりと広げる。
「我のことを馬鹿にするとは、ここで死んでもらう」
「いや、死にたくないんだが…」
「うるさい、我の糧になってもらう」
「男と戦う気はないぞ」
「は、それは我もだ」
そんな言葉とともに、男は腰に下げていた剣を振りかぶる。
ただ剣筋はお粗末なものだった。
避けてくださいといっているようなものだ。
「弱…」
「弱いというな。我はようやく女をいたぶって、魔法を手に入れたのだからな。火よ、相手を焼き尽くす炎となせ、ファイアー」
その言葉とともに再度炎が飛んでくるが、今回は不意打ちでもなんでもないので、簡単に避ける。
なんだろう…
ゴブリンの方が強くないか?
そう思ったのは、自称神も同じようだった。
【相手はインキュバスなんだろうけど】
「弱いよな」
【ええ…やっぱり強いところをもっていかれたのよ】
「弱いというな。ほら、見ろ」
俺はただ神と話していただけだというのに、インキュバスは怒って何かを取り出す。
それは女性用の下着だった。
それを見せびらかすようにするという。
「どうだ、どうだ!我はこの女を辱めることでまぶへえ…」
「あ、つい」
俺は気づいたときには殴り飛ばしていた。
いや、だって仕方ないじゃないか…
俺はヘンタイスキルの使い手なのだから、あんなものを見れば強く発動するというもの…
そして、一撃で下着を奪い取ると被る。
「我の下着」
「いや、お前のじゃないだろ」
「ぐわあああああ…」
そして、強化されたヘンタイスキルで俺は殴る。
ただ耐久は高いのか、それでも意識をギリギリ保っているようだ。
「返せ…」
「嫌だね、もう俺のだ!いくぞ、カイセイ流、一の拳、トルネードスター」
「ぐわああああああああああああ」
【いや、あなたのものでもないわね】
そんな自称神のツッコミが響く中で、インキュバスを倒した。
それまでのモンスターとは違い、霧散するように消え、そこには魔石だけが残った。
俺はそれを回収しながらも思った。
なんだろう、これまでで一番弱かったな。
【ふん、あなたが強くなったってことね】
「そうかもな」
【それで、ヘンタイになったわけだし、いけるの?】
「おい、俺は別にヘンタイじゃない。これはスキルを使うために仕方ないことだ」
【どうだか】
見えるわけはないが、絶対ジト目で俺のことを見ているだろうなと想像しながらも、俺はあることを閃いていた。
というべきか、ヘンタイスキルがそれをすることで何かができると潜在的に教えてくれているようだ。
【ねえ、何をしようとしているの?】
「ふ…決まっているだろ…新しい装備のやり方だ」
俺は被っていた下着…
まあ、パンツになるが、それでも十分だったが、いつもならここでブラジャーを頭にのせる。
これが前回の最強だった。
でも今回は違うのだ。
ブラジャーを目の位置に装着する。
顔がにやけるのが止まらない。
「予想通りだな」
俺はそれによって見えない罠が全部見えた。
新しいヘンタイスキル。
まあ、ヘンタイ眼とでもしておこうか…
俺は見えるのを確認しながら、森を駆け抜けた。
そんなときだった、前方から人がいるのが見える。
アイラとシバルはすぐにどちらかわかる。
そのアイラに向けて、何か邪悪な女のようなやつが魔法を詠唱していた。
『土よ、相手を礫となって敵を貫け、アースグラベル』
聞いたことはないが、名前からなんとなく土の魔法だということはわかる。
土の魔法を防ぐときにはよく物語で、なんとか返しとか言いながら土をひっくり返していたな…
よしやろう。
俺は成功するかもわからないその技を、一発で行った。
さすがはヘンタイスキル。
不可能だと思われることでも可能にしてしまうということだ。
土の壁によって防いだ俺は、二人に言う。
「ふ…俺の登場ってことだな」
それでもアイラはポカーンとしている。
あれ、間違えた?
【バカね。この子たちはあなたが流されたからと、森には幻影で入ることができなかったから、そもそも誰かが助けに来ることを不思議に思ってるのよ】
「(なるほどな)」
【わかった?】
「(ああ…セリフを間違えたってことだな)」
今更ながらに、俺は流されてしまっていたことを思い出した。
まあ、いつも通り服はさっきのインキュバスの残ったやつを着たから俺だとはバレていないことを前提として言う言葉は…
そうだな。
俺が言いたかったことだな。
「ここは俺に任せて先にいけ」
そう口にした。
いや、格好いいぜ。
転生したら、一度は言いたい言葉の上位に入るそれを口にした俺はヘンタイの恰好で相手に向き直ったのだった。




