43話
「ただし」
「アイラ様」
「だって、ただしが!」
「わかっています。でも、このままでは助けに行くこともできません」
シバルに怒られて、私は気づく。
今は襲われている途中だったよね。
この場をなんとかしない限りはただしを助けることもできないよね。
息を吸って気合を入れて、川に向いていた体の向きを、前に向ける。
「シバル、いける?」
「任せてください」
私たちは気合をいれると、再度戦闘に臨もうとしたときだった。
陽炎のようなものが見えたと思うと、一瞬のうちに目の前に、人の形をした敵がいた。
相手の姿が見えないことでなんとなく予想はしていたが、予想通りだった。
「やっぱり、サキュバス」
「ふーん、アビたちのこと知ってるんだ?」
「服装をみなさい、あれは修道女なのよ。だから、ルビたちのことも知っているってわけね」
「そうなの?」
「ええ、あいつらはルビたちに一番狙われやすい人たちだからね」
「ということは…」
「ええ、今日は美味しいものがいただけるわね」
まずいことになったというのは、こういうときに使う言葉なのかもしれない。
私たちの天敵というべき相手のサキュバスに出会うなんて、受ける依頼を間違えたかな。
これには、さすがのシバルも驚きを隠せないよね。
「アイラ様、これは…」
「ええ、本当に…バーバルが何度も出会ったときからいろいろとおかしいとは思ったけどね」
「はい。でも、これでここまでの魔法と、そして幻影の辻褄があいましたね」
「本当にね。ただしを助けに行きたいけど、幻影を見た瞬間から嫌な予感はあったけど…」
「そうですね」
「でも、私の異名を知らないで簡単に美味しいものがいただけるというのも、おかしな話よね」
「アイラ様、もしかして」
「ええ、ただしもいないことだし、やっちゃうわね」
確かに修道女としては天敵だ。
そんな天敵に対抗するために何もしてこなかったというわけじゃない。
それに私がそんな中で聖女として選ばれたのにはしっかりとした理由がある。
「シバル!」
「はい」
シバルは私の言葉で、剣で近くの木の枝を切った。
聖女になるために必要になるものは、確かに修道女魔法という、修道女のみが使える専用の魔法と、そしてこれから使う棒術だった。
その二つで学園トップにたったので私は聖女になった。
そんな私に異名があるのは、私自身がすでにサキュバスを討伐したことがあるから、ここで戦うという選択になる。
それに、シバルもいるしね。
「その構え、もしかしなくても」
「わかるの?」
「有名な話ですからね」
「どういう風に有名なのかな?」
「それはあなたが一番わかっているのでしょう?」
「確かに、そうね」
私はその言葉とともに地面を蹴って前に進む。
棒術とは、普通であれば自分からいくものではないと、教えてもらった人には言われた。
確かに女性の力で、モンスターの中でも一部しかいない上位種である、魔族と呼ばれる種類にあたるサキュバスと戦うことは難しい。
でも大丈夫。
私には修道女魔法があるから…
なんで私が、高ランクの修道女魔法を使えるのか、教えてあげる!
「そんな真っ直ぐ突っ込んでくるなんて、さっきの威勢のよさはまがい物?」
「本当ね。どんな異名かなんて興味もないわね。」
「アビ!」
「わかってる、ルビ。幻影よ」
「ちっ」
ここで幻影に入られる前に、攻撃を当てたかったけれど、たどり着く前に幻影に入ってしまった。
まあ、それでもやることは変わらない。
「ふふふ、どこから攻撃かくるかわからないまま、やられるといいわ」
「そうね」
「シバル、頼むわね」
「はい」
私たちは背中合わせになる。
「そんなことをしてルビとアビの攻撃は防げないことを思い知らせてあげる」
「それはどうかしらね。シバルごめんね」
「いえ、いつも守ってもらってばかりでは悪いですから」
「任せるわね」
「はい」
私は戦闘に集中する。
これまでは戦うときは力を抑えていたというのは、本当だ。
それには大きな理由がある。
私がこうして棒術を駆使して戦うことになったときには、修道女魔法は強力になることはなるけれど、逆に魔法をうまく使えなくなってしまう。
どんな風に使えなくなるのかというと、普通だったら全方位にバリアが張られるというのに、戦いに集中しすぎて、自分が守ってほしいと思う場所にしかバリアが発動しない。
そのおかげか、普通よりはバリアの強度が上がるというメリットは確かにあるけど…
本来だったら全部を守れるのを守れなくなるのは、ちょっとないよね。
でも、今ならシバルしかいないし、シバルなら自分の身は自分で守れる。
だから私はやれることをする。
「ふ!」
「な!」
「驚いた?」
「偶然でしょう?」
「何度でもやってみればわかるわよ」
サキュバスが驚いているのには理由がある。
それは私が、攻撃を完璧に防いだから…
だってしょうがないじゃない。
なんとなくわかるんだもの。
幻影として、確かに目では見えないのかもしれない。
けれど、息遣いなんかや空気の流れでどことなく、そこにいるとわかる。
それを口にすると、あなたは戦士としても強くなれそう、なんてことを昔言われたことが頭をよぎる。
いや、戦いに集中だよね。
私はサキュバスが使っているであろう武器を弾いた感触でなんとなく予想する。
「今のは鞭かな?」
「へえ、アビの武器を今のでわかっちゃうんだ」
「じゃあ次はルビの武器を当ててみなさい」
「わかったけど、そういうのはよくないわね」
「「!」」
また、サキュバスの二人が驚くのが伝わってくる。
今のも幻影で見えないところからの、アビと呼ばれるサキュバスの攻撃だ。
鞭だからこその、空気をきるような音が響く。
それで、話ながらも、私に攻撃をしてきているのがわかったということだった。
簡単にいえば、ルビというサキュバスに攻撃をさせるふりをして、もう一度アビに攻撃をさせたというものだ。
普通であれば簡単には防げないような攻撃を私は完璧に防いでみせた。
そこでようやくというべきか、相手のサキュバスから笑いが消える。
空気が変わるのがわかる。
「まずいかも」
「そう思うのなら、アビたちを本気にさせたのが、間違いだったんだよ」
「そうね。ルビとアビで本気の遊びを見せてあげましょう」
その言葉とともに、攻撃がくる。
一つは鞭。
あとは何?
!
「我の前に絶対に通さない聖なる壁を作りたまえ、ホーリーバリア」
「アイラ様!」
「くう」
バリンという音とともに、私が張ったホーリーバリアが割れる。
ある程度ここという予想した場所に発動したからこそ、強度はそれなりにあったはずなのに一撃で壊された。
ということは、完全に私の予想よりもかなり強い攻撃だということ!
「へえ、初見で防げるなんてすごいのね」
「どんな攻撃か、わからないけど場所くらいはわかるからね」
「すごいけど、防げるのはどうやら一撃だけみたいね」
「たたみかけるわよ」
「はい、アビ」
「く、我の前に絶対に通さない聖なる壁を作りたまえ、ホーリーバリア」
「ほらほら」
「これでおしまいよ」
「アイラ様!」
「何よ、これ…」
「ふふふ、私がなんで棒術をつかってるか、わかっていないのね」
私は鞭の攻撃を普通であれば点では防げない攻撃を突きである点で防いだ。
こういうことができるから、無駄に才能があると言われてたんだよね。
棒術は、あの勇者に出会う前からでしか使っていなかったから、なまっているものばかりだと思っていたのに…
使い始めるとなかなかになまっていない。
「シバル!」
「さすがです、アイラ様。任せてください」
「何を任せるの?」
「魔法剣!」
シバルのその声とともに、これまで全く戦闘に参加してこなかった理由が相手にもわかるだろう。
魔法剣。
一部の騎士しかできない技で、本来であれば剣術と魔法を組み合わせるはずの技だったけれど、前の聖騎士長はそうやって使っていたが、シバルはまだ決まった魔法を使えないということもあり、魔力をただ剣に乗せているという状態だ。
だから魔法剣。
これを使うためにはかなり集中しないといけないけれど、シバルの魔法剣にはそれを超える能力がある。
一振りだけはなんでも切れる剣かあ…
いつ見ても格好いいな。
「何よ、これ!」
「アビ!」
「きゃあああああああ」
そして、相手の絶叫とともに、鞭を持った手が吹き飛んだ。
「痛い、痛い…」
「アビ、アビ…」
アビと呼ばれるサキュバスの腕がシバルの攻撃によって吹き飛ぶ。
それによってもう一人のサキュバスが斬られた相手に寄ってくるが、これでこの戦いは終わりだろう。
私とシバルはお互いに武器を構える。
ただしに迷惑をかける前に終わらせられたことで、私はただ、安堵した。
「これで」
「はい」
「「とどめ(です)」」
振り下ろした私たちの攻撃は何かに完全に防がれた。
「はあ…」
「アイラ様、あれは…」
「ごめん、シバル。私たち死んだかも」
それほどのプレッシャーを感じた。
おかしいと思った。
サキュバスというのは群れる修正がない魔族だ。
そんな魔族が二人で一緒にいたのだから、もっと警戒するべきだったはずなのに、それをしなかった。
それがこういうことってわけね。
「アビ、ごめんね。一緒になろう」
「ルビ、アビと元に戻ろう」
「「二人は一つに」」
その言葉とともに、アビとルビと呼ばれた二つのサキュバスが一つになった。
感じたことのないプレッシャー。
本当にもう…
冒険というものは確かに、困難を乗り越えてこそという言葉を聞いたことがあったけど、これは…
「違うかな」
「アイラ様」
『ふふふ、夢魔殺しなんて異名はあなたには重かったのよ。土よ、相手を礫となって敵を貫け、アースグラベル』
土魔法。
魔法を使えるってことを考えると、本当に強い魔族なのだろう。
だからこそ、ここで私の冒険は終わりそう…
土の礫、それはこちらに向かって飛んできて、土の壁に弾かれた。
「え…」
「ふ…俺の登場ってことだな」
そこに現れたのは、おかしな恰好をする男だ。
前と同じおかしい男…
ヘンタイな恰好、言動、立ち振る舞い。
それでもその男は頼りになる背中をしていた。
「ここは俺に任せて先にいけ」
そして、そんなことを言うのだった。




