40話
「思ったより時間がかかったわね」
「初めてのモンスターだったし、こんなものじゃないのか?」
「はい。むしろ、あれだけ相性が悪い相手にもかかわらず、ほとんど無傷で終わったのです。よかったと思うしかありません」
それでも、カエルにここまで苦戦するとは俺も思っていなかった。
ああいう相手は基本的に舌だけを気にしていればなんとかなる相手だと思っていたからだ。
だからこそ、無駄に疲れたのだと思う。
どうやら、それは俺だけではなかったらしい。
「それはそうだけどさー。さすがに私もそれなりに魔力を使っちゃったから疲れた…」
「確かにな、俺も疲れたしな」
「そうよね」
「ああ…」
俺たちは、あのガマガエルから魔石を回収すると少し休むことにした。
ついでに滝の近くにいき水も汲む、今日はどうなるかわからないけど、料理とかで使えればいいしな。
そんなことを考える。
依頼を達成できたことに安堵しながらも、朝用意していた飲み物をのむ。
「そういえば、ここって岩山のどのあたりなんだ?」
「えっと、シバル?」
「はい。地図はこれですかね」
アイラに声をかけられて、シバルは地図を取り出すと俺たちに見せてくれた。
地図に書かれている内容が完璧に読めるというわけではないが、イラストつきで書かれているからか、なんとなく理解をできたところによると、岩山の中間辺りのようだ。
森と隣あっている岩山というのが、なんとなくシュールだ。
こんなめちゃくちゃな地形はゲームでしかありえないように思ってしまうが、異世界ではそうではないのかもしれない。
バーバルが入っていった森から、岩山のほうに向かって水が流れるようになっているみたいで、俺は考える。
「これはあれなのか、隣にあるのは森というか、山じゃないのか?」
「どうなんですかね…緩やかな登りの傾斜になっていることは確かですが、それで森が山に分類されるかはわかりません」
「確かにな…」
「それで、ただし。私たちはこれからどうするの?」
「そうだな。とりあえず、バーバルと森の入り口で出会えたなら一緒に帰るのもありだと思うが…あっちの依頼がどうなったかなんて、俺たちにはわからないしな」
「そうね」
「ただし、それでもこの場所に長くとどまるということはよくないと思いますよ」
「そうだな」
シバルのその言葉に俺は同意した。
というのも、この場所はモンスターがいたのだ。
そして、この場所の厄介なモンスターを俺たちが討伐したということになれば、もしかしたら他の弱いモンスターやその他が来るかもしれないからだ。
さすがにモンスターと一日に何度も戦うなんてことをしてしまうと疲れるだけなので、安全だと思われる開けた道のあたりに出たい。
そのことを考えた俺は立ち上がるという。
「それじゃ、まずは森の入り口まで行って、バーバルがいなかったら、そのまま帰るとするか」
「そうですね」
俺たちはそう決めて、滝をあとにした。
岩山の入り口に戻ることができた俺は空を見る。
これである程度時間がわかるからだ。
時間がなんとなくわかる限りでは、討伐に時間は少しかかったが、それでも日があるうちにはある程度町に近づくことができるだろう。
昨日のことを思えば、急げばギリギリで町のすぐ近くまでいけるかもしれない。
そうなれば、町の明かりを頼りに帰れるな。
そんなことを思ってバーバルとわかれた森の入り口までやってきたが、そこには誰もいない。
「やっぱりいないか」
「これまでが、出会いすぎただけだと思うけどね」
「そうかもだけどな…」
「ただしは何か気になるのですか?」
シバルにそう言われて、俺は一瞬バーバルの顔を思い出しながらも、勘違いだったら思って首を振る。
「いや、別に…」
「そうですか。それじゃボクたちも行きましょうか」
「そうね。お互いに依頼内容は知っていたってわけじゃないしね」
「ああ…そうだな」
そうして俺たちは町に戻るべく、森の入り口をあとにして町に向かうための広い道に向かって歩いていた。
あとは広い道に出て、それを辿れば町に帰れるものだと俺は思っていた。
いや、シバルとアイラも思っていただろう。
でも、そうはならなかった。
「どうなってるんだ?」
「わかりません。でも…先程から同じ場所を歩いている感じがします」
「本当にね。理由はわからないけど、そうなってる気がするわね」
「そうだよな…」
そうなのだ。
森の入り口から帰る方向に向かって歩いているはずなのに、歩くとなぜか森の入り口に戻ってしまう。
こういうのはなんとなくだが、魔法だと思ってしまう。
ゲームでもイベントをこなさないと、あれだ…
そちらには移動できませんという言葉とともに、見えない壁や、行けるはずなのに、勝手に引き返すことになるのだ。
ゲームの中では幾度となく見た気がする。
あとは、間違った道を通った際には再度最初からやり直されるなんてこともある。
攻略サイトを見ないでこれになると、イラっとしたのは言うまでもない。
といっても、このままでは町に帰ることができないので、俺は二人に質問することにする。
「どうする?」
「ただしはどうだと思う?」
「そうだな。誘われてる気がするな」
「ボクが先行して様子を見てきましょうか?」
そう言葉にしながらも、俺とシバルが見ているのは森だ。
当たり前のことだけど、何かあるんだろう。
このまま誘いには…
さすがにリスクが高すぎるな。
俺はシバルのその言葉を却下する。
「いや、それはダメだ。どうなってるかわからない場所に一人で行くのはさすがに危険すぎる」
「そうよ。行くならみんなでに決まってるでしょ」
「そうですね。わかりました」
「ああ…」
かといって、全員でこのまま森に入るということも何が起こるかわからないのでダメだろう。
だからとここにずっといるということもできないだろう。
なにか行動を起こさないといけないのは確実だが、一番手っ取り早いのはこれを発動している何かを突き止めて、解除することだろう。
魔法か…
再度思うが、こういうときにバーバルがいてくれればと、いない人のことを頼りにするのもさすがに違うだろう。
くそ、いい案がないのだろうか?
俺が悩んでいると頭に声が響く。
【お困りごと?】
「(そうだよ)」
【それなら、いいことを教えてあげる。その森にはたくさんの罠が仕掛けてあるわね。それも人を捕えるためのものばかりね】
「(ということは捕まえられようとしてるってことだな?)」
【そうなるわね】
「(なるほどな。ちなみにどうやったらこれはかわせるんだ?)」
【それは自分で考えなさいよ】
「(そこは丸投げ?)」
【全部あたしが教えたら意味ないでしょ】
「(そうかもしれないけどな)」
【まあ、頑張りなさい】
「(あ、おい…)」
俺はそう言葉を発したが、自称神から返事が返ってくることはなかった。
どうすればいいかとか教えてほしいんだけど…
もしくは攻略サイトでも見れるようにしてほしいものだ。
この世界に来て、ちゃんと頼れるのは自称神しかいないのだけど、そんな神が投げやりなのはほんとになんとかしてほしい。
そう思いながらも、とりあえず今できる最善策を考えてみる。
歩いても行ける場所は森と、後はさっきまで依頼で行っていた岩山くらいだ。
そういえば、岩山か…
あれって確か森と繋がっていたような気がしたな。
「シバル、アイラ。ちょっといいか?」
「どうしたのですかただし?」
「気になったことがあってな」
「何か打開策がわかったの?」
「もしかしたらだけどな」
そうして俺は岩山の地図を広げる。
「これは岩山ですか?」
「ああ…さっき俺が言ってたことを覚えているか?」
「なんだったっけ?」
「アイラ様…」
「ま、まあ…すぐに違う話題に変わったしな。わからなくても仕方ないかもな。」
「ごめんね。私も初めての場所だから、どうしても他のことが気になっちゃって…」
なんだろうか、アイラは大好きな冒険に出かけるとなるとポンコツになるな。
まあ、だからシバルが一緒にいるからという気もするが…
「ただしの言うことがボクはなんとなくわかる」
「シバルはわかるのか?」
「はい。森と岩山が繋がっているから、岩山のほうから森に入るってことですね」
俺はすぐに横にいたシバルの頭を二度ほどなでる。
「さすがだ!もしもそれができたらここを閉じ込めたやつを少しは欺けるかもしれないしな」
「そうですね。このまま森に入るとしても、正面から入るのはさすがに無謀すぎますからね」
「ああ…それじゃさっきの場所に行くか!」
二人がうなずくのを見て、俺たちは岩山に向かう。
岩山に入っても、また元の場所に戻されるかもしれないという不安はあったが、どうやらそんなことはなく、普通に奥へと歩を進めることができた。
うまく行ったらよかったと思ったことだけど、こうなってくると俺はすでにこの魔法がバーバルに関係したものではないかと思っていた。
俺たちに違和感なく魔法を発動させたとすれば、岩山でモンスターを討伐しているときが一番俺たちには気づかれにくいだろうからだ。
でもどうして俺たちを魔法で閉じ込めたのだろうか…
それに自称神が言うには、森にはそんな俺たちを捕えるための罠がいくつも設置されているらしい。
岩山を通って森に入るというのは、罠を少しでもかわすためにも必要なことだ。
あとは罠を無効化するというやり方は、よくある雑な方法は使えるのだろうか?
うーん…
やってみるか。
俺たちは岩山を通ると、先ほどと同じ道を通って滝がある場所までやってきた。
まずは岩山を登らないといけないのか…
あまり深くは考えていなかったが、当たり前のように滝は断崖絶壁で、その横ですらも足場はあるがこれまでみたことがないくらいには急なところだ。
この世界にきてから体力を使うことばかりだな…
それでも、あのまま無策で森に入って行くっていうのも、捕えられに行くようなものだしな。
この中で全員見た目は同じくらいに見えるが、心の中では俺が一番年寄りだろう。
そんなことを考えて現実逃避を行いながらも、俺は滝の上にきていた。
「つ、疲れた…」
「大丈夫?」
「なんで二人は平気なんだ?」
「ボクは鍛えてるからね」
「私は、ほら…冒険者に憧れてたからね」
「そ、そうか…」
冒険者に憧れているからだけで、岩山をあんなにすいすいと登れるのだろうか?
俺にはできそうにないな。
まあいいか、まずはこれからのことだ。
俺は受け取っていた地図を広げた。
そこに二人も寄ってくる。
森と岩山に張られた魔法のせいかはわからないが、他にモンスターがいないので、こういう時間がとれていた。
「やっぱり地図の通りではあるな」
「そうですね。滝の後ろといいますか、水は森からこちらに流れてきているようですね」
「なあ、そこで考えてることがあるんだがいいか?」
「何?」
「なんでしょうか?」
「簡単にいえば、水がないとってやつだよ」
「なるほど」
「ただし、どういうこと?」
シバルは俺の言いたいことを理解したのか、すぐにうなずく。
「あれだよ。人は生きていくために水が必要になるんだよ」
「そうなの?」
「シバルはわかってるだろ?」
「はい。確か、何も食べずなら七日、何も飲まずなら三日しかもたないという話しですね」
「そうだ。もし、この魔法を使ったやつがどんなやつなのかがわからない以上なんともいえないけど、何かあったときに水辺の近くにいることで逃げるときに役に立つかなってな」
「なるほどね。いざとなったら川の流れにのればいいってことね」
「そ、そうだな」
アイラが目をキラキラと輝かせていってくる。
確かに逃げるときに川に逃げ込むなんて話は、小説なんかで見たことがあるが、実際にできるのかと言われたら無理だろう。
そもそもここ何年も泳ぐこともしていなかった俺が泳げるかも心配だ。
どうやら川に飛び込むというのは、シバルもさすがに驚いたようで体を震わせながらも、「泳げないのに…」と呟いているのが聞こえた。
ここでこんなことをしていてもどうにもならないことがわかっていたので、俺は言う。
「まずは森に入るか?」
「はい」
「ええ!夜までには戻りたいしね」
「そうだな」
そうなのだ、俺たちは岩山に入るときにもってきた荷物を置いてきていた。
帰るときに一度回収したものの、また岩山に入ることになってしまったので、置いてくるほうが身軽になるからということもある。
今回は滝の上まで上がらないといけないということもあって余計にそうしたほうがいいという判断だった。
だからこそ、夜までに帰らないと何も食べるものがないという状況になってしまう。
そうならないためにも、早めに終わらせないとな。
俺たちはうなずきあうと、森に入ったのだった。




