377話
何か長い夢を見ていた気がする。
朝起きて、いつもと変わらない部屋でそんなことを考える。
見ていた夢がどんなものなのか、わからなかったけれど、思い出すことがないということは、重要なことではなかったのだろうと考えた俺は、いつものように用意を始める。
会社に行くための準備だ。
いつものように行う。
目につく位置に置いていたカレンダーに目を向けると、もう少しで三十歳を迎えることがわかる。
それも、童貞でだ。
「これで、一つ魔法使いにでもなれたらいいんだがな…」
そんなあり得るはずもないことを考えながらも、いつものように、用意を済ませた。
「じゃあ、いくか!」
行きたくはないものの、行かないことにはお金をもらえない。
お金がないということは、今の世界では生きていけないということがわかっている俺は、仕事に行くしかない。
代わり映えがしない毎日だけど、仕方ないことだ。
そもそも、普通に過ごせていれば、それが一番いいのかもしれない。
そんなことを考えながらも、俺はいつものように会社に向かって道を歩く。
毎日のように同じ時間帯に歩いていると、見る顔ぶれも同じものだった。
挨拶をしてくれる人、そうじゃない人、忙しそうにしている人、暇そうにしている人。
ほとんどが毎日同じような感じだ。
当たり前のことで、そんなにすぐに日常が変わったりはしないからだ。
だから、代わり映えしない日常というものは、普通であり、自分の中で変化があるタイミングといえば、先ほどもあった、童貞で三十歳を迎えることになんとなく楽しみを覚えていることくらいだ。
といっても、それで何か変わるのかと言われても、変わらないのだろう。
まあ、現実というものはそういうものだ。
普通じゃない何かが起こるわけが…
「は?」
思わず俺は口にそう声を出してしまう。
どうしてなのか?
それは、見えていた景色が一瞬ではあったが違って見えたからだった。
コンクリートでできた建物ではなく、レンガや石で作ったような家たち…
近代的な産物じゃなくて、昔の物語や、いつも読む本に出てくるような景色だった。
「妄想で考えていたことが、現実で一瞬見えたのか?」
ただ、それは仕事で疲れているせいで、なったことだろうと考えることにした。
だって、あり得ないことだからだ。
海外旅行すらもしたことがない俺には、その景色を見たことも、ネットではあるかもしれないが、それにしては妙に懐かしいと感じてしまったからだった。
そんな感情が起こることはあり得ない。
だって、海外に行ったことなどないのだから…
俺は、少しの間その場に立ち止まっていた。
いつもと違うことが起きたからだ。
そう…
だから、いつもと違うことが起きる。
その日は朝から、風がそれなりに強く吹いていた。
だから、視線をいつも通る道に戻したときに、前にた女性のスカートがまくりあがるのが見えてしまったのだ。
予想外のこと。
三十歳目前といえども、いつもなんとなく考えるそれ…
スカートがめくりあがるような風が吹くことがあるのだろうか?
あったら、漫画みたいだな。
そんな俺の考えが通じたかのように、ほんの一瞬ではあったが、スカートの中に履いていたパンツが見えてしまったのだ。
いつの間にか俺は、興奮していた。
いや、興奮を通りこしていた。
その瞬間だった、頭に激痛が走る。
そして、体に力がみなぎってくるというのも感じた。
「はは…まじかよ、これってヘンタイスキル…」
感じた力に、俺は驚きを隠せない。
でも、それは俺の体に馴染んでいた。
魔法使いになるほんの少し前だというのに、体に巻き起こる力は、ヘンタイのそれという。
「ま、これも俺に魔力がなかったせいなのか、おかげなのか…そういうことだよな」
そして、俺はいつものように向かうはずだった仕事へとは向かうことはなく。
頷くと、あることをする。
そう、タイツをコンビニで買うと頭にかぶるのだった。




