372話
二人が言った言葉を理解はできなかった。
意味がわからなかったからだ。
「えっと、どういうことなの?」
訳が分からなくて、そう聞く。
魔王という存在がどういうものなのかというのは、わかっている。
この世界を終わらせる存在のはずだったものであり、ヤミがその役割を担っていた。
でも、急にヤミの中から魔王というものがなくなり、それがただしに移っているということだった。
ただしがどういう考えでそれをやったのかもわからない。
それに、そんな簡単に魔王という存在が入れ替わることに驚く。
だからこそ聞いたというのに、スターとヤミは驚きが勝っているのか、何も言わない。
その変わりとなのだろうけれど、魔王になった本人であるただしが答える。
「どういうことって言われてもなあ。俺がなりたかったからなっただけだけどな」
「そんなこと、意味がなかったら、ただしはしないんじゃないの?」
「まあ、確かに意味はあるな」
「それが、なんなのかを聞いてるんだけど」
「そうだよな、言わないといけないよな…」
ただしはそう言って言葉を少し濁らせる。
その反応を見て、私は少し理解する。
これはよくない反応だということを…
それでも、それがなんなのかはちゃんと聞かないといけないというのは理解していた。
「ねえ、ただし…ちゃんと答えてよ」
「そうだな。アイラたちにやってもらわないといけないことだしな」
「どういう意味なの?」
「あれだ…魔王になった俺を倒してくれ!」
「はあああああああああああ?」
思わず私は叫んでしまう。
それほどまでに予想していなかったことだったし、意味がわからなかった。
どうしてただしを倒さないといけないのか…
理由が本当にわからなかった。
「どうしてそうなるのよ」
「いやー…俺が魔王になっちゃったし、仕方ないと思わないか?」
「思わない。そもそもどうして魔王になったの?」
「なりたかったからじゃないのか?」
「どうして疑問形なのよ」
「だってなあ、こうなることが一番いいと俺は思ったからな」
「どうしてそれが一番いいことになるって言うのよ」
「そんなこと、わかるだろ?ヤミを倒すことはできないからな」
ただしにそう言われて、ハッとする。
確かにそうだった。
もし、魔王を倒すことができれば、この世界からただしは解放されるのだから…
でも、それでただしが魔王になる理由がわからない。
だって…
「ただしが神になれば、いいだけじゃないの?」
「確かに、簡単に俺が神になれたなら、それでもよかったのかもな」
「どういうこと?」
「いやー、なれなかったんだよ、神様ってやつにな」
「どういうこと?」
「わかるだろ?パンツを被った神が本当にいると思うか?」
「それは、いないと思うけど」
「そうだろ、そうだろ…さすがに品格がないって、言われたらどうしようもなくてな」
「あははは、確かにそう言われたら、そうかもだけど」
「そこで否定されないっていうのも少し寂しいけどな」
「仕方ないでしょ、これまでの行いが悪かったんだから…」
「まあ、それは否定しないな」
「でも、それがどうして魔王になることに繋がるのよ」
「それはな…」
そう言ってただしは言葉を濁すが、すぐに話しを始める。
「俺がこの世界の住人じゃないからだな」
「だからただしが消えるって言うの?」
「消える?何を言ってるんだ?神界から戻ったときには、そんなことすらも覚えていないかもしれないんだぞ?」
ただしはそう言葉にする。
そこで、私はようやく思い出した。
これまでの勇者がどうなったのかというのを…
消えていった勇者のことを私たちは、この神界に来ることで思い出してはいたけれど、一時的なことだとは理解していた。
ここに来る前には、忘れていたのだから…
そして、神界を離れると、また忘れるということはわかっていた。
確かにただしとはいつかは離れるかもしれないというのは、頭のどこかで理解はしていたはずだった。
だけど、こんなタイミングでそうなるとは思っていなかった。
「え、あ、それは…」
だから何も言えなかった。
そんな私を押しのけるようにして、シバルとバーバルがやってくる。
「ただし、話しは聞こえてましたよ」
「うふふ、聞こえてたわよ」
「おお、勢いがすごいな」
「当たり前です。ただしのことがボクは好きですからね。最後になるのであれば、もっと気持ちをぶつけないといけませんからね」
「わたくしも、こうなることがわかっていたのなら、初めてをさしあげればよかったですね」
「ボ、ボクも!」
シバルとバーバルはそんなことを言う。
私は勢いが強い二人を見ることしかできない。
本当は言いたいことがたくさんあるはずなのに、言葉はでなくなる。
ただ、ただしといられる時間があまりないということだけはわかるのだった。




