36話
監視をするといっても特にやることがあるということではない。
というのも、それまでに盗賊がやってきたということもあるが、それによってアイラがホーリーバリアを張ってくれたので、それが破れない限りは何も起きないのが現状なのだ。
俺が見ても、強度がありそうなバリアなので、そうそう破れるものではないだろう。
今からやる監視といっても、周りに危ないことがないのかだけを確認するだけになりそうだ。
まあ、まずはということで社畜時代にもかなりの徹夜を経験したことがある俺が一番最初の監視役になることになった。
それに、このパーティーで唯一の男なので、名乗り出たということもある。
それでも、現状困ったことがあった。
「暇だ…」
そんな俺の独り言に誰も反応しないというわけではなかった。
【だったら、女性の一人でも襲いなさいよ】
そんないつもの声が頭の中に聞こえてくる。
ただ、いつものように無茶苦茶なことを言ってくるのだけはなんとかならないのか?
ここで返事しないと、また不貞腐れて肝心のところでいろいろ聞けないのもあれだしな…
ここは返事を返すしかないか…
俺は諦め半分、呆れ半分で返事を返す。
「できると思っているのか?」
【できていたら、今頃童貞じゃないわね】
「それは正論だから何にも言えないけどさ…」
【だったら襲うのよ!】
「何?お前はパーティーを壊滅させたいのか?」
【だって、あたしは神様よ。多少のことはなんとかできるわよ】
「本当に?」
【たぶん】
「お前、絶対にやったら面白そうだから、とりあえず言ってみただけになってるだろ」
【どうでしょうね】
「まあ、暇だから話くらいには付き合うけどさ」
「暇なの?」
「お、おう」
急に自称神の声ではなく、頭じゃなく近くから話しかけられて俺はビクッと体をのけぞらせる。
自称神と会話をしていたので、それを聞かれていなかったのかと内心ひやひやとしていた俺は、内容を聞かれていないのかを確認するために聞いてみることにする。
「さっきまでの話しって」
「聞いてないわよ。というか、私も暇だとなんとなく思ってること口に出しちゃうこともあるしね。本当はね、こういうときって早めに寝たかったんだけどさ、なんだか初めての野宿ってことを考えると寝れなくてね。」
近くに来ていたのはアイラで、俺が不自然に独り言を喋っていたとは思わなかったようだ。
確かに俺も社畜時代には、現実逃避をしたくて独り言をブツブツ言いながらも仕事をこなしていたのはいい思い出になるのだろうか?
自分で自分のことに対して疑問に思いながらも、アイラと時間をつぶすのも悪くないなと感じて会話を始める。
「なるほどな」
「ちゃんとした寝具がない場所で初めて寝ようとしたけど、なかなか寝れないわね」
「いや、そうとう疲れているならまだしも、普通の状態ですぐに寝れたら俺もビックリするからな」
「確かにそうね。ただしは寝れそうなの?」
「まあ、たぶんな」
そう言いながらも、泥のように眠っていた昔のことを思い出して、少し悲しくなる。
それを聞いたアイラは何か納得したように遠くを見つめるという。
「そっか…まあ、記憶喪失っていうだけで、それまでいろいろなとこで旅なんかをしてたら、体でその感覚を覚えているみたいなことはよくあるもんね」
「どうなんだろうな…でも、寝ようと思えば寝れることは事実だな」
「そうなんだ。それじゃ、寝れない私の話に、もう少し付き合ってもらおうかな」
「はいよ、隣でもどうぞ」
「ありがとう」
そう言って俺はアイラに座っていた木の隣を進める。
アイラは、隣に腰かけると、俺は飲み物を手渡した。
「これは?」
「コーヒーだ」
「へえ…にがあ…」
「まあ、最近発売された飲み物らしいからな」
「それなのに、ただしは普通に飲めてるんだね。」
「苦いのはそこまで嫌いではないしな」
俺はそう言ったが、嘘だ。
俺も初めて飲んだときには苦いと思ったものだ。
お酒とコーヒーに関しては、初めて飲んだときには、こんなものを好んで飲むやつがいるのかと疑問に思ったものだ。
社畜時代によく飲んでいたので、それで現在は好んでというよりも、徹夜をするのなら飲むようになったというところだろう。
そんなことを思いながらも二人でのんびりとした時間を過ごす。
お互いに口を開かないまま時間が過ぎていき、気づけばアイラに見られていた。
「どうした?」
「別にー。そういえば、バーバルとはどこで出会ったのかなと思って」
「それはだな。今日の朝だよ」
「それが初めて?」
「そうだよ」
「本当に?それにしては仲良さそうにしていたけど」
「それに関しては俺もビックリするくらいのことなんだから、仕方ないだろ」
「確かにねえ。最初から少し馴れ馴れしいとは思っていたもんね」
「ああ、それは俺も思ってた」
でも、その馴れ馴れしさがどことなく無理をしているのではないかと思ってしまったのだ。
なんとなく感覚でしかないが、そんな気がしてしまうのだ。
といっても、俺たちはまだまだ出会って間もないのだ。
お互いのことがわからなくても当たり前なのかもしれない。
アイラも同じ気持ちだったのだろう。
「でも、ちゃんと話してみると仲良くなれそうね」
「そうだな」
俺たちは互いにそう思いながら、再度のんびりとコーヒーを飲んだ。
その後はお互いに無言で火を見ていたと俺は思っていたが、隣に体重がかかるのがわかる。
どうやらアイラが寝てしまったようだ。
やはり聖女という言葉が似合うように、整った顔が近くにあると、さすがに緊張してしまう。
【ほら、ちゅー、ちゅー】
まあ、この無駄に囃し立てる自称神がいなかったら、本当にいい雰囲気だったのにな。
そんなことを思いながらも、俺は自称神の言葉を無視しながらシバルの隣にアイラを寝かせた。
野宿といってもさすがに普通では難しいことはわかっていたので、マットを用意して地面の上に敷いてみんなは寝ている。
上にも薄いものではあるが、布団のようなものもかけている。
これは俺が料理に使う器具を運ぶために保護の役割で巻いていたものなので、こういう使い方もできることにみな驚いていた。
そうして夜は更けていく。
時間がすぎ、交代のタイミングになったが、俺は次に交代すると言っていたシバルを起こすことはしなかった。
こういうときは年長者が活躍してもいいだろうと思う。
そんなことを思ってのんびりと焚火を眺めていると、自称神のスターが話しかけてくる。
【それで、この後はどうするのよ】
「どうするって言われても、特にやることはないと思うが…」
【何を言っているのよ。そろそろ次のアイテムを確保しなさいよ】
「次のアイテム?」
【決まってるじゃない。ほかの女性の下着よ】
「いやいやいやいや…今も普通にアイラの下着を持ったままなんだぞ、そんなにたくさんの下着を盗れるか!」
【でも、多く持っていて困ることはないでしょ?】
「普通に困るからな。なんで、ヘンタイとばれるリスクが増えるようなことをしないといけないんだよ」
【だって、面白くないもの】
「面白さで、女性の下着を盗ませようとするな」
【だったら、あの魔法使いの女性の胸に顔をうずめてきなさいよ】
「いや、なんでだよ。できるわけないだろ」
【やりなさい。そして巨乳の感覚というのをあたしに味合わせなさい】
「いやだよ」
なんだろうか…
俺よりも自称神の方がヘンタイだと思うのだが、俺のこの考えは間違っているのだろうか?
【今、あたしの方がヘンタイだと思ったでしょ】
「ソンナコトナイヨ…」
【片言になっている時点でわかっているのよ。】
「ソンナコトナイヨ」
【まあいいわ…でも下着は予備で持っておくことにこしたことはないわよ】
「どうしてだ?」
【はあ…じゃあ、あなたはどうしてストッキングをたくさん常備しているの?】
「それは…」
【何かあったときに必要になると思ったからでしょ】
「確かにな」
【今すぐにとは、まだ言えないけど、それでもあることにこしたことはないわよ。それにたくさん身に着けることでヘンタイ度は増すと思うしね】
「…」
【このまま見守っていても、眠る時間がなくなるだけだしあたしは寝るわ。寝不足は美貌の大敵だものね。ま、無理はしないようにね】
「へいへい」
自称神であるスターも睡魔には勝てないということなのだろうか、眠気を我慢したような声が聞こえたと思うと、声が聞こえなくなる。
この世界には時計とかがないので時間はなんとなくしかわからないが、それでも結構時間がたったのだろう。
なんだろう。
こういうときに時計を開発でもすれば、それを使った魔法。
あれだ、時間魔法を使えるようになるなんてことができたのかもしれないが、そもそも前世というか、一週間もたっていない前の記憶では、俺は別に時計職人ではなかったな。
ま…
そんな自分に都合よく世界が動くことはないか…
今もヘンタイスキルという名の、転生して一番欲しくないスキルをもってしまってるしな。
そんなことを考えながらも夜は更けて、時間は立つ。
その後は誰も起きることもなく、俺も誰かを起こすということはなく、朝を迎えようとしていた。
ただ、朝日が昇るほんの少し前、すでに何かが始まろうとしていたのを気づくことはなかった。




