35話
出発をしたものの、すぐに戦闘が起こるというものではない。
まあ、当たり前だ。
整備された道をただ歩いていくだけで、モンスターなんかが出てくれば、さすがにちょっとこの世界がゲームじゃないのかと疑ってしまう。
ゲームだったらどこを歩いていても、セーフティーゾーン?
みたいなモンスターが出てこない場所のみ、戦闘にならないのだから…
それでも警戒はしないといけないのが、現実のつらいところでもあるけれど。
今は特に違うことに対しても警戒をしないといけないかもしれないけど。
「アイラちゃんだっけ、これから仲良くしましょうね」
「誰が気安く名前を呼んでいいって言ったの?」
「ダメなの?さっきの条件以外のことはオッケーだと思ったのに」
「そんなことはありません。私は話したくありません」
「あ、アイラ様、さすがに…」
「ふん!」
「あらあら、嫌われちゃったわね」
「すみません、すみません」
「謝らなくていいのよ」
「そうよ、シバル。こんな人に謝るだけ損するんだから」
なんだろうか…
さすがのシバルでも少し可哀想だと思ってしまうくらいには、関係がギスギスしている。
だからといっても、俺が助けに入るということはしたくないのだ。
そんなことを考えていると、また頭に声が聞こえる。
【何か、面白い展開になっているわね】
「(さすがに、この状況を楽しめるなんてことはできねえよ)」
【なんで?いいじゃない】
「よくはないだろ…」
【どうして?こういうギスギスしたやりあいは好物なのよ】
「(お前の、好みは知らねえよ!)」
【なによ…それで、ここからどうするの?】
「(知らなくて見てたのか?)」
【当たり前でしょ、あたしだって、ずっとあなたを見ているわけじゃないんだからね】
「(確かに、それはそうだな)」
【わかればいいのよ】
「(それはわかったよ)」
【わかったところで、そろそろ突撃しなさいよ】
「(それはできないって…)」
【できないの?だったら、ここでパーティーが崩壊してもいいの?】
「(そ、それは…)」
こんないがみ合いでパーティーが崩壊するのかと疑問には思うが、こういうときに敵に襲われたりすればそれもあるかもしれない。
連携が取れないというのはキツイことだろう。
今はヘンタイスキルも使えないし…
それになんだかんだで、転生してからヘンタイになりながらも楽しくやってきたのだ。
そこにいたのは、アイラとシバルだ。
バーバルが加わったといえど、こんなことでいがみ合っているのは確かに嫌だという思いはある。
仕方ないか…
「アイラ!」
「何よ?」
「そんなに仲良くできないのなら夜ご飯はなしだぞ」
「な…そ、そんなことが脅しになると思ているの?」
動揺していないといいたいのだろうけれど、明らかにおかしいのがわかる。
これは、もう少し押せばいけるな!
「どうだろうな?でも、今日作るのは、シチューというやつだ。ちゃんと食材を買うときに作り方を教わっておいたから、作れると思うんだが…いらないのか?」
「いるわよ。私の大好物なんだから」
「だったら、そんないがみ合っていないでさ…それに、そんなカリカリしているとご飯も美味しく食べられなくなるぞ」
「それは、そうなんだけど…」
「バーバルさんも、そんなにからかうように言わないでくださいよ」
「あーん、ごめんなさいね。アイラちゃんが可愛くってね」
「私、からかわれていただけ?」
「ふふふ、そんなに落ち込まなくても大丈夫よ。」
「くう…大人の余裕というものなのね。羨ましい」
「大人というけど、わたくしもこう見えて、同じ年齢だと思うわよ、アイラちゃん」
「な、なんだと…」
アイラは、愕然とした表情でバーバルの体を見ている。
確かにグラマラスな体系をしているのだ。
特に胸の大きさを比べるように、自分の胸を触り、そしてバーバルの方を見て、項垂れる。
なんだろうか…
この一瞬で女性として敗北したのだろうか?
「大丈夫です、アイラ様は負けてません!イタ…」
そして余計なことを言ってしまったシバルは頭を殴られていた。
それを見て、バーバルは納得したようにうなずくと言う。
「大丈夫よ。大きくなるためにいろいろ気を付けることをしっかりしていればね」
「そんなこと…」
「あるはずがないって思う?」
「えーっと…」
アイラがバーバルの胸を見て、生唾を飲み込むのがわかる。
バーバルの表情が優しくなっているのを見て、安心したのだろう。
アイラは先ほどまでのことは何だったのだろうかと思うくらいには、素早く切り替えると…
「その情報を教えて!」
「いいわよ!」
そして仲直りをすると、俺たちは先ほどまでとはうってかわり、会話が弾んでいた。
一緒に並んで歩いているし…
これはなんというか、かなりさっぱりしているというか、切り替えが早すぎるというべきか、これが女性というものなのか?
わからないけれど、それでも楽しそうにしているところを見るによかったと思えた。
そうして、時間がすぎていき、日が暮れようとしていたときに、事件は起こる。
「おうおう、なんだ、すごい上物ばかりじゃないか!」
「これは本当に高値で売れそうだな」
そんなことを言いながら現れたのは、見た目でそうだとわかる盗賊だった。
かなり下品な顔でこちら…
まあ、俺は頭数には入っていないだろうが。
それでも、こういうことがあると、改めて異世界に来たんだなということがわかり、嬉しく思う。
ただ、一つ。
こういう盗賊の見た目をしたやつは何故、モヒカンのような頭をしているやつが一人は確実にいるのかが、疑問ではあったが…
ちなみに盗賊は全部で十人。
あきらかに、人数を考えると不利だろう。
でも大丈夫!
なんていったって、アイラがいるのだから…
そんなことを知らない、盗賊たちは気持ち悪い顔をしながらもこちらに向かってくる。
おい、モヒカン頭よ。
どうしてお前はナイフをわざわざ舐める。
余計に気持ち悪いと思うだろう。
うちのお姫様がな。
そうなったら終わりなんだよ、てめえらがな!
ただ、じりじりとこちらに近寄ってくる盗賊どもに、先に相対しようとしているのはシバルだ。
しっかりと剣を構えている。
バーバルも杖を構えている。
俺は手ぶらで相手を見据えている。
あのときの約束をしたはずだった、バーバルを前にして、戦闘をするというのもないようだ。
ついさっきまでいがみ合っていたのが、仲良くなったからだろう。
そんなことをしみじみと思っていたときだった。
「おいおい、お嬢ちゃんたちが戦おうとしているのに、そこの男は見てるだけか?」
「どうせ、女に守ってもらうだけの対したやつではないですぜ」
「くくく、そうだな」
「野郎ども、さっさと犯すぞ!」
『おおーーーー』
そんな声とともに盗賊たちは突っ込んでくる。
俺は隣に感じる脅威にビビりながらも。盗賊たちがどうなるのかを見届けることにする。
そして、俺が現在最も脅威を感じる相手である、アイラが言う。
「あなたたち、気持ち悪い」
「ははは!そんな気持ち悪いやつにこの後、どうされるか、わかるだろう?」
「ううん、わからない。我の前に絶対に通さない聖なる壁を作りたまえ、ホーリーバリア」
その言葉とともにいつものように壁が出来上がる。
それもケッペキスキルが発動しているのか、バリアが硬く思える。
すると一人のハゲ頭…
スキンヘッドの男がホーリーバリアの前に立つ。
「へー、これはホーリーバリアか。でも、ワシにかかればな。ふん!」
そんな言葉とともに、一人の男が壁を殴るが、ガキンという音が鳴り弾かれる。
破れると格好つけたはいいものの破れないバリア。
当たり前といえば当たり前だろう。
ケッペキスキルで強化されているのだからだ。
それに驚いたような表情をする、ハゲ男。
すると、もう一人男が前に出てくる。
今度はモヒカンか…
「ほほう、ハゲの攻撃を弾くとはな」
「頭、このホーリーバリア。普通よりも、熟練度が高いのか壊すことができませんぜ」
「だが、攻撃を防ぐだけでこちらがやられることはねえ。バリアがなくなるまで、待っていればいいだけだ」
「その通りですね。さすがです頭」
やいのやいのと囃し立てられる頭と呼ばれている、モヒカン。
それを一番に囃し立てているのは、ハゲと呼ばれたスキンヘッドの男。
というか、スキンヘッドの男はホーリーバリアを普通に破れるのか、すげえな。
ただ、それに対して、おもにアイラは気持ち悪いもの見ていたところから、目をそらす。
それを見て、シバルもアイラの近くによった。
そしてアイラは俺に向かって言う。
「そうそうみんなには言っておくけど、しっかりとした魔力を込め続けてるから、あと二日はこのままバリアは持つわよ」
「なんだと」
「だから、ただしには料理を作ってもらわないとね」
「ああ…」
そこで、俺は改めてアイラが規格外なことを知り、さらには聖女になった理由がこういうところにもあったことがわかった。
バーバルもこれには驚いていたようで、さすがに数秒間は動きを止めた後。
俺の顔を見て、苦笑すると四人で集まったのだった。
「それじゃ、まずは火を起こさないとね」
「わたくしに任せてください。まずは薪を並べましょう」
そう言うと、俺たちは薪を並べる。
ここまで薪を運んできたのはシバルで、一番思いものを持っているのにもかかわらず、ここまで息をきらしていないのはさすがだろう。
俺は料理で使う食材とアイテムをもってはいるが、それでもさっきの変なやつらに出会うまではみんなの会話に入ることもなく息を切らしていたというのにな。
まあ、それはいいとしておこう。
普通であれば、ここでやることは火起こしのアイテムを使って火を起こすのだが、バーバルが任せておけということなどで見守ることにする。
すると、バーバルは杖を薪に向けると口を開く。
「火よ、相手を焼き尽くす炎となせ、ファイアー」
その言葉とともに、杖から火が出る。
間近で見る魔法に感動を覚えながらも、俺も魔法が使えたらどれほどよかっただろうかと思う。
まあ、転生する前に三十歳まで生きて、童貞を貫けなかった俺が悪いので仕方ないだろう。
そんなことを思いながら、火がおこせたので、俺は背負っていた荷物から、食材と鍋そして包丁などを取り出す。
こういうときに転生する前に一人暮らしをしていた経験が生きてくるとはとしみじみ思う。
「よし、それじゃ」
「うん、やるわよー」
料理が始めると、それに興味があるアイラが手伝ってくれることになった。
そうして俺たちは料理を行おうと思っていたときだった。
「おら、何をのんきにご飯作ろうとしてんだ!」
「食材だけで、美味しいものが作られることがわかりますよ、頭…」
「それを言うな。ハゲなんとかならないのか?」
「それが、ワシらも空腹で、そろそろねぐらに戻らないとさすがに力がでませんぜ」
「くそ、覚えてろよ」
料理をし始めたところで、盗賊たちはみな腹を抑え始めたなと思うと、お腹を押さえながら踵を返して帰っていった。
まあ、壊れないバリアの前で待つというのもキツイし、そんなただ待つだけの状態で時間がたって空腹を感じたときに少しでも美味しいにおいがしたら、俺でもお腹がすいて、覚えてやがれと言い出す自信はあるな。
ちなみに作るものはシチューだ。
お肉は生肉では環境次第で持たないので、ベーコンなどの加工肉を使い、後はジャガイモやニンジンなどを入れる。
まあ、みたいなものなので、名前は違うが…
そうして、煮込むとできる。
それに合わせるのは、フランスパンのようなものだ。
これも日持ちするものを選んだ。
「えっと、このパンはわたくしが知る限りでは固くて焼かないと食べにくいと思うのですが…」
「あー、それね」
そのパンを見て、驚いたように言うバーバルに、わかると俺はうなずく。
ちなみにシバルとアイラも同じような反応だった。
確かにこの世界ではこのかなり硬いパンは不人気のようだ。
絶対に焼かないと食べたいと思えないほどには硬いとお店の人に言われた。
まあ、今は焚火をしているので、そこで焼けばお店の人が言っていたように、焼いて食べるということができる。
でも今回はそうしない。
なぜかというと、焼けるまでの時間待てないということだ。
焚火で焼こうとすれば、それなりに時間がかかってしまうはずだ。
試したことがないからわからないけど…
それでも今回は違う食べ方をしたくてこのパンを使う。
というのも、ここは異世界なので、食生活というのが違うのだ。
それは仕方ないとしても、誰も試さなかったことがあった。
それが、パンをこのシチューに浸すというものだ。
俺はふっと、笑うと三人が見守る中でパンをシチューに浸す。
しっかりと浸るように、パンをスプーンで押さえつけると、数回でしっかりとシチューをパンが吸ったようだ。
それを俺はほおばった。
「うまい!」
予想はしていたといえども、このフランスパンに似たパンは、シチューのような料理と一緒に食べると美味しい。
三人は驚きながらも、俺と同じように食べる。
「美味しい」
「これは」
「本当に美味ね」
三人ともが美味しかったようで、その後は全員が止まることもなくシチューと硬いパンを食べる。
そうこの異世界で見たことがなかった食べかた。
混ぜるというものを俺はした。
この世界では、出されたものはそのまま食べないといけないことになっていたのだ。
それが作ってくれた人に感謝するとともに、当たり前のことだと言っていたが、俺はこの世界の人間ではないので、美味しい食べ方ができるのならそれが一番だと思っていたのだ。
硬いパンがあることとと、シチューが作れることでそれを確信していた。
パンもどことなく、フランスパンに似ていたということもあるのだろうけれど…
そんなことで、満足した俺たちは野宿の準備を再度整えると交代で眠ることにした。




