344話
「叶ちゃん…お姉ちゃんのせいでごめんなさい」
「そんなこと、そんなことない。悪いのは叶だよ…」
「ううん、お姉ちゃんが悪いんだよ。お姉ちゃんが正君のことをあんなことをしなかったら、叶ちゃんがこんなことになっていなかったんだから」
「ううん、叶がね…何もできなかったのが悪いの」
叶と彼女は、二人でそう謝りあう。
二人にしかわからない世界が確かにそこにあった。
その姿を見て安心した私は、ゆっくりと近づいていき魔法を唱える。
「我の周りを聖なる光にて癒しを与え給え、ホーリーヒール」
回復の魔法によって三人は回復する。
なんとかなったっていえばいいのかな?
回復魔法を唱えているアイラの方へと、シバルは怪我をしたバーバルと一緒に向かう。
だからこそ、全員が油断していた。
忘れていた、この場にクロがいるということを…
気づいたときにはすでに遅かった。
「な、なんじゃ?」
ヤミの戸惑う声が聞こえたと思うと、そこには誰もいなくなっていた。
「ヤミ!」
私は慌ててヤミがいた場所に声をかける。
叶が落ち着いたことによって、完全に私たちは油断していた。
何が起こったのかは、すぐに理解した。
ヤミがクロによってどこかに連れていかれたのだ。
でも、ヤミがどこに連れていかれたのかわからない以上は、私たちは動くことはできない。
「どうしたら?」
私がそう口にしたところで、彼女が言う。
「大丈夫。正君がいるから…」
その言葉で、なんとなく納得してしまう。
ただしがいる。
任せておけば、確かに大丈夫だろう。
私は頷く。
「それじゃ、私たちは何をするの?」
「お姉ちゃんがやらないといけないことがあるの…それを手伝ってくれない?」
彼女はそう言いながら叶の頭を優しくなでる。
「何をやるのか聞いてからね」
私はそう言って、回復を急ぐのだった。
※
「何をするのじゃ!」
「何をするって、俺はただこのゲームをクリアするためにここにいるだけだ」
「ゲームじゃと?」
「ああ?知らないのか?ゲームだよ、ゲーム。これまではアイテムを駆使して戦っていたのによ。魔法を使えるようになってから、余計に楽しくなったよな!」
「楽しいじゃと?」
「当たり前だろ?こんな、俺が考えた野望のようなものを満たしてくれる世界を望んでたんだからな」
クロはそう言って笑う。
そんな姿を見て、ヤミは大丈夫なのかと不安になってしまう。
ヤミは、自分が魔王だということをわかっている。
クロに倒されてしまうと、クロが神様とやらによって願い事が叶えられてしまう。
そして、その願いはきっとよくないものだということくらいは、今の発言からヤミはわかっている。
ただ、逃げるということも難しいということもわかっていた。
クロが使っている何かというのがわからないからだった。
ヤミをここに連れてきた何かといい、先ほどまでの使っていたであろう何かも、それがわからない以上は脅威だった。
実のところは、そのすべてがアーティファクトによるものだったが、ヤミたちはアーティファクトをほとんど集めることなどせずに冒険をしていたせいで、そんな便利なものがあるとは考えていなかった。
なんとか隙を見つけて逃げようとするヤミと、楽しそうに今後のことを口にするクロ。
「ああ、本当に楽しみだな。何を望むのがいいかな?俺は何を望むのがいいのか…考えるだけでわくわくが止まらないっていうのはこういうことか!」
「なんじゃ、そんなに楽しいことがあるのじゃな?」
「当たり前だろ?俺はさあ、楽しくて楽しくて仕方ないんだよ。確かに、もっと多くの奴らと遊びたかったけどな。そこは願いが叶えば、簡単にできるだろうからな」
「本当にそうなのかの?」
「なんだ?何が言いたい?」
「おぬしは、ただしと戦いたいなどと言っておったのじゃなかったのか?」
「確かにそうだな。それについては、心残りが確かにあるな」
クロはそう言って、悩むような仕草をする。
そして、少しクロはヤミから離れた。
ただしという存在がクロには、かなり固執する相手なのだということがわかったヤミは、さらに言葉を続ける。
「ただしと戦うのじゃったら、まだこのゲームとやらを終わらせるわけにはいかないのじゃないのかの」
「確かにそうだな…」
ヤミが言った言葉で、クロはすぐに納得する。
ここまで扱いやすい相手だと思っていなかったヤミは驚きながらも、このままいけばなんとかなるかもしれないと思い始めていた。
ただしよりもかなり扱いやすいクロであれば、このままいけばうまくいく。
ヤミはそう思っていた。
でも、クロは何かを思いついたのか急に手をポンと叩く。
「ああ、そうか…願い事にそれを追加すればいいんだ」
「どういうことなのじゃ?」
「いやー、魔王っていいことを言うよな」
「何がじゃ」
「いや、ほらただしをさ、俺の願いに追加して連れて行ってもらえばいいってことだよな」
「なんじゃと…」
「いやー、いい考えが浮かんだよ。ありがとう!」
クロは笑顔でそんなことを言う。
ヤミは思う、まずいことになったのじゃと…
こうなった以上は、ヤミは覚悟を決めるしかなかった。
クロは笑って言う。
「さあ、ゲームを終わらせようか!」
ただ、クロはその言葉とともに、吹っ飛んでいたのだった。




