342話
叶は、さらに手首を傷つける。
痛む足を無理やり動かして、私はその攻撃を避ける。
「アイラ様!」
「アイラ!」
シバルとバーバルの心配した声が響く。
私はなんとか立ち上がる。
「大丈夫だから…」
そう口にしたけど、二度の攻撃をもらった足からは血が流れている。
先ほどの心配の声も、アイラ自身が避けた先で足が少し耐えれなくて転んだからだった。
回復魔法を唱えることができれば、状況が変わるのはアイラもわかっている。
でも、回復魔法には欠点がある。
それは、集中しないといけないということだった。
アイラ自身、戦闘中に器用に魔法をこなせるというタイプではない。
多くの魔力と、棒術によってなんとかこれまでこなしてきただけだった。
ここで、私が回復魔法で回復に専念しようとしたところで、その間に誰が叶の相手をするのかというとシバルしかいない。
叶から放たれる数度のスキルで、どんな攻撃なのかはわかっていた。
叶の攻撃は、多数に放てるというものだった。
今はヤミに攻撃がいっていないけれど、シバルが相手をしてくれることを考えると、後ろにいるヤミにも攻撃が向かっていくというのは確実だった。
そうなったときに、ヤミが前のように暴走したら、今の私たちで止められるのかわからない。
だから、この傷は治さない。
治せない。
私は叶の手を見ながら口にする。
「すごい血ね」
「アイラこそ、大丈夫?」
「私は大丈夫だよ」
「ふらついていたのに?」
「それは、ほら…休憩をちゃんとしてないからね」
「叶も大丈夫だよ。慣れてるもん」
そう言って叶は笑う。
自分を傷つけることに慣れている。
その言葉にアイラはどんな意味があるのかわからない。
でも、慣れていることを考えると、前からしていたことなのだと考えてしまう。
なんでそんなことをしてしまうのか?
アイラにはわからない。
それでも、それが間違っていることくらいはわかっている。
「自分を傷つけて、相手を傷つけて…本当にいいの?」
「何が言いたいの、アイラ?」
「私は、叶がそうなって傷ついているのも、それをやることによって、私を傷つけるのも嫌」
「そんなこと、叶に言われても、意味わからないよ」
「だったら、私が全部治すから」
「治す?叶が自分でつけた傷も?」
「当たり前でしょ?スキルを使うからって、自分を傷つけていい理由にはならないしね」
「アイラは何を言ってるの?スキルは関係あるよ。叶たちは勇者なんだもん。魔王を倒すためには、スキルを使っていかないといけないんだよ。だから仕方なくなんてないよ。叶は使いたくて使っているんだよ」
「使いたくて使っているね…」
叶の表情を見ていると、そうは思わない。
何かを我慢しているように思えて仕方ない。
その我慢する方法を探しているうちに、自分を傷つけることでしか、それができなかったのではないのかと思ってしまう。
いつの間にか、アイラはヤミを戦わせないようにするために叶と戦うということから、叶をなんとかするために叶と戦うという目的に変わっていた。
だからこそ、アイラは思う。
私がやるべきことは決まってる。
「叶はかわいそうだよ?」
「アイラは何を言ってるの?叶をバカにしているの?」
叶は、私のわかりやすい挑発に乗った。
怪我をして、血を流すことによって、冷静になれた。
自分の中でスキルが発動しているのがわかる。
ケッペキスキル。
私が今、叶のしていることを認められないから…
自分を傷つけることによって、叶はスキルを使っている。
そして、叶自身感情が揺れ動いている。
だから、私のわかりやすい挑発に乗ってしまう。
このまま、叶には自分をさらけ出してもらわないといけない。
それによって、私が傷つくことになろうとも仕方ない。
ケッペキスキルが発動して、自分の中で決めたことをちゃんと正さないと自分自身がまた嫌いになってしまうことがわかっているから…
だから…
「バカにしている?そんなことは言ってないでしょ?もしかして叶は自意識過剰なの?」
「自意識過剰?叶が?そんなわけない!」
その言葉とともに、叶はまた手首を傷つける。
私はそれに合わせて叶に向かって歩き出す。
切り刻む何かは向かってきて、少し前にいた場所を傷つける。
叶の周りには、まだバリアがある。
だから、基本的に叶がしてくる攻撃というのは、地面から出す何かで傷をつけるというもので、手首を切ることでどれくらいのスキルが発動しているのかわからないけれど、来る場所がわかっている今なら避けることは簡単だった。
私はゆっくりと叶に歩き出す。
「ね?自信過剰だったでしょ?」
そんな私の確証に似た言葉に、叶は再度怒りをあらわにする。
「叶は叶は、絶対にそんなことない!」
そして、叶は再度手首を切る。
今までよりも深く。
それによってもたらされるスキルによって、叶を囲んでいたバリアは壊されてしまう。
「ね!自信過剰じゃないよ。叶はできるんだから!」
叶は私にそう叫ぶ。
ここでバリアを張りなおす。
普通の戦い方であれば、全員がそれをするだろう。
でも、アイラはわかっている。
またバリアを張ったところで、叶は破壊してしまうということを…
それも、また大きな傷を自分につけてしまうことによって。
だからこそアイラは唱える。
「我の手に、ただ誰かを守りきるための聖なる力を作れ、セイクリッドジャベリン」
輝く槍を手にしっかりと握る。
その輝きに、叶は目を細める。
「叶!私が全部治すから!」
「叶は、そんなこと望んでない!」
絶叫に聞こえる叶の言葉を聞きながらも、アイラは叶に向かって行くのだった。




