330話
わけがわからないことに、俺は戸惑う。
急に目の前にいた人が消えたのだ。
戸惑わない方がおかしいというものだった。
「消えた?」
俺は思わずそう口にするが、そこに勇者の姿はない。
本当に急にいなくなった。
ただ、戸惑う俺に対して、他のメンバーは疑問にも思っていないようで、雷と一緒にいた女性二人も疑問には思っていない。
俺は思わず詰め寄っていた。
「おい、あんたらはどうして普通なんだ?」
「えっと、何がでしょうか?」
「急にどうしたのよ、ただし?」
アイラたちには俺が急に詰め寄ったと思われたのだろう。
慌てて止められたが、俺にはその意味がわからなかった。
さっきまで話をしていたはずの人がいないのだ。
ただ、俺以外の人がそれすらも疑問に思っていない?
少し冷静になりながらも、状況をなんとか整理する。
雷の勇者である雷とはほんの少し前まで話をしていた。
本当に目の前にいたはずだったのに、今はいない。
まるで最初からいなかったかのように、俺以外の人たちはそれも気にしなくなっている。
急に詰め寄ったことで、アイラは心配したように俺のことを見てくるということを考えても、さっきやった俺の行為が、他の人から見ても普通ではなかったのだろうというのはわかる。
ということは、俺以外の人から急にその記憶が消えたということは間違いないのだろう。
どうして俺だけ影響を受けていない?
そう考えて出る答えは、魔力がないということくらいしか思いつかない。
「えっと、もう行っても大丈夫でしょうか?」
雷と一緒にいた二人がそう言う。
「ああ…えっと、これからはどうするんだ?」
俺は戸惑いながらも、そう聞いた。
彼女たちは不思議そうにしながらも、笑顔で答える。
「えっと、二人で孤児院でもやろうかと思っています」
「ちょっと、ただし、さっき聞いたことでしょ?」
「ああ、そうだったな…」
アイラにそう言われて、俺はなんとかそう答える。
先ほどまで雷が彼女たちとやりたいと言っていたことだった。
それが引き継がれていることを考えると、やはり雷がいたことは間違いないのだということはわかる。
でも、それじゃあ雷が消えてしまった理由がわからなかった。
こんがらがった頭をなんとかしようとするが、うまくいかない。
そんなときだった、腕を引っ張られる。
「ヤミ…」
「どうかしたのかじゃ?」
「いや、それは…」
「なんじゃ、それは悪かったのじゃ、今から取りに行くのじゃ」
俺は雷が消えたことを言おうとしたときに、ヤミは重ねるようにして、そう言葉にする。
そして、ゆっくりと後ろに引っ張られる。
「なにを…」
「よいからついてくるのじゃ」
「大丈夫?」
「大丈夫なのじゃ、次の予定を決めておいてほしいのじゃ」
アイラからの言葉もそう言ってヤミはかわす。
俺はそのままヤミに引っ張られるようにして、ヤミが休んでいた部屋に連れて来られた。
部屋の外で聞き耳をたてられていないことを確認しながらヤミは口を開く。
「わらわも、雷の勇者が消えたのを見たのじゃ」
「それは、まじかよ!」
「そうじゃ…だが、落ち着くのじゃ」
「ああ、すまない…」
ヤミにそう言われて、俺はなんとか落ち着く、
あのタイミングで雷が消えたのを知っているのが俺だけじゃないというだけで、どこか安心した。
でも、そこで疑問はあった。
「どうして、ヤミと俺だけにわかったんだ?」
「わらわもそれについてはわからないのじゃ」
「そうなのか?でも、それならどうして取り乱したりしなかったんだ?」
「そうじゃな、驚きすぎて、何もできなかったというべきじゃな」
「そういうもんか」
「そうじゃ…むしろ、こういうものはおぬしくらいしかわからないものじゃと思っておったのじゃ」
「どういうことだ?」
「どういうことと言われてもじゃな、おぬしが自分で言っておったのじゃぞ。魔力がないから、おぬしは特別なのじゃと…後は、神とやらに転生させられた存在じゃともな」
「ああ、確かにな…」
ヤミに当たり前のように言われて、確かにと思ってしまう。
この世界で変わった存在というのは完璧に俺で間違いないだろう、
でも、そうなるとヤミが俺と同じように勇者が消えたことをわかっているのには意味があると考えると、どうしてそうなるんだ?
多くの違和感を雷と話すことで感じたはずだ。
それを思い出すと自ずと答えが出てくるはずだ。
かなりの違和感を感じたのは、欲望を持ち続けるということ、そして魔王であるヤミも同じく言葉を話せるということ…
まあ、魔王というよりも、魔族以上の強いモンスターも言葉が使えるやつらが多かったはずなので、そこは少ししか関係していない?
いや、違う。
魔族たちが言葉をしゃべれるのは、俺たちのようなやつらと戦ったときに、心を折る際に使うためで、覚えたものだとも言っていたように思う。
それに対して、魔王であるヤミは、生まれてから誰かに習うわけでもなく言葉を使えていたはずだ。
そう考えると、話せること自体が重要なのではないかと思ってしまう。
意味があるとすればそうだ。
勇者と話しをすることが…
「そういうことなのか?」
「なんじゃ、何かわかったのじゃな?」
「ああ…でも、これを確かめるためにも勇者に会いに行かないといけない」
「なんじゃ、会う前に何がわかったのか教えてほしいのじゃ」
「あれだ、勇者たちをこの世界から解放するかもしれない方法だ」
「なんじゃと!」
そう、俺が気づいたことを実行できれば、勇者たちがそうなるのではないのかと気づいたのだった。




