320話
「ぐは…」
「ただし?」
「いや、ちょっと説明を端折りすぎただけだ。次の一発は待ってくれ…」
思わず口から出た言葉は、どうやらアイラの機嫌を損ねたらしく、勢いのいいパンチを腹にもらってしまった。
確かに言葉足らずだったことはわかるが、すぐに殴られるとはさすがの俺も思わなかったために、もろにアイラの拳をもらってしまった。
なんとか呼吸を整えた俺は、どうしてそう思ったのかを言葉にする。
「かなり言葉足らずだったのは理解したけど、俺だって考えなしに言ったわけじゃないからな」
「なんとなくそれはわかるけど、だからってなんでも言っていいわけじゃないのもわかってるわよね?」
「それくらいはさすがにわかってる。でも、今回のは結構まじめに思ってることなんだ」
「ヤミに脱げって言うのが?」
「まあな…なんとなく、これまでヤミが暴走していなかったのがなんでなのかがわかった感じがしてな」
「それと脱ぐことが関係してるってことなんだ」
「ああ、ヤミにはスキルがあるんじゃないかと思ってな」
「まさか、そんなことがあるんですか?」
「なんとなくだけどな、どうして驚くんだ?」
この言葉に一番驚いたのは、シバルだった。
シバルの反応に俺は戸惑いながらも理由を聞くと、バーバルの方からその答えは返ってくる。
「ただし…シバルが疑問に思っていることわね。スキルのことよ」
「どういう意味だ?」
「ふふふ、ただし、簡単なことよ。普通はスキルがないものがスキルを持ってるって言えばわかるのかしらね」
「もしかして、魔族にスキルがないということなのか?」
「ふふふ、そういうことよ」
「でも、魔族やモンスターだって、特殊な魔法を使ったりしてきていたぞ」
そうなのだ。
スキルを持っていないというのなら、あれはなんだったのかと思ってしまう。
いや、そこで思い出す。
「そうか、魔石…」
「ふふふ、そうよ。魔石があるから、魔族は魔石によって特別な魔法が使えていたのよ」
「なるほどな」
魔族は魔石がスキルの代わりを担っていたと考えると、ヤミにも特別な何かが備わっていると考えるのが普通だ。
魔力の塊がそれだとするのなら、今は特別な魔法が使えると少し思うけれど、問題はそこじゃない。
魔力の塊が戻るときの暴走を制御した何かがあるはずで、俺はそれがスキルなのではと思ったのだ。
ということはだ…
「魔王であるヤミは人ってことなのか?」
「なんでそうなるのじゃ」
「いや、だってな…」
ヤミはさすがにありえないと言葉にするが、俺は考える。
これまで出会ってきたモンスターや魔族とヤミが全く違うというところがあるとすれば…
「見た目か?」
「何か気づいたの?」
「なんとなく思ったことだけどな」
「思ったこと?」
「ああ、魔族やモンスターとヤミの違いだ」
「違い?」
「そうだ。アイラはヤミを見て、魔王だって最初からわかったか?」
「それは…全く思わなかったけど…」
俺の質問に、アイラは当然のようにそう答える。
そう、俺も最初にヤミを見たときは、ただの少女だと思ったのだ。
「待ってくださいただし…」
「どうした?」
「見た目で魔王だとわからなかったことが、気になるところということですよね」
「ああ、そうだ」
「そうなると、ヤミさんが少女の見た目をしていたからスキルを持っていたと考えるのですか?」
「いや、そういうわけじゃない」
「どういうことですか?」
「最初からヤミ自体がおかしいって今更ながらに思ってな」
「どういうことですか?」
「なんじゃ、わらわはおかしかったのかの?」
言われたヤミも驚いているようだ。
でも、おかしいという点は多くあった。
それなのに、ヤミが魔王だということを聞いたせいで、その違和感というものに全く気付いていなかった。
「まずだ。ヤミ自身が魔王だと自分のことを知っていたということがおかしいってことは俺が前にも言ったことがあったよな」
「はい。それは聞きました」
「うん、聞いたときはびっくりしたけど、ドラゴンの姿になることで、私たちも納得したしね」
「ふふふ、確かにドラゴンの姿になったときは驚いたわよね。そういえば、ドラゴンみたいなものとは一度戦ったことがあったわね」
バーバルが考えながらそう言ったところで、俺はそういえばと思い出す。
ドラゴンと言っていいのかはわからないけど、ピエロたちと初めて会ったときに戦った相手というか眠らせた相手は水龍だった。
最初から最後まで、姿はしっかりと龍の姿だった。
でも、ヤミはドラゴンの姿になるまではその存在が魔族、またはモンスターという存在だということがわからなかった。
だったら…
「ヤミは人だったのが魔王になったってことなのか?」
「どういうこと?」
「いや、おかしいだろ?ヤミの見た目は完全な少女だった。それにだ…」
「なんじゃ、わらわのことをそんなに見て…」
「ヤミはどうして魔王になったのか、そのことも全く覚えていなかっただろ?」
「確かに、わらわは目覚めたときにはわらわが魔王だということ、力を取り戻さないといけないことくらいしか覚えていなかったのじゃ」
「そこが、魔王として最初からなっていたのか、そうじゃなかったのかの違いだと思うんだよな」
「そういうことですね」
「どういうことなのよ、シバル」
「はい、アイラ様。ただしが言いたいのは、どこかにいた少女に魔王としての使命を一任したということなのではないでしょうか?」
「そうなの?だったら、さっきのただしが言ってた、ヤミが人だったというのも本当のことだというの?」
「そうなるかもしれません」
「なんなのじゃ、それじゃ、わらわはどういう存在だというのじゃ」
ヤミの悲痛な叫びに俺は思っていたことを言った。
「神様が間違って作った魔王ってことなのかもしれないな」
「わらわの存在が間違っていたとでもいうのか?」
そのヤミの質問にアイラたちは何も言わない。
だからこそ俺は言うのだった。
「そんなことはない」
そう確信をもって…




