32話
俺たちはギルドから出て、この後のことを考えていた。
といっても、先ほどの依頼を受けたのだから、まずはいろいろなものの調達になるだろうと思っていた。
「アイラさーん」
「ジル?私何か忘れ物でもした?」
俺たちが買い物に向かおうとしたのだけど、そのとき突然ジルさんが登場したのに少しびっくりする。
それはどうやら俺だけではなく、アイラも同じようで、何か忘れ物でもしたのだろうと思っていた。
だけれど、続く言葉でそれが違うものだということがわかる。
「実は、商会の方から、もし何か入り用があれば助けるということを言ってほしいということを伝え忘れていました」
「そうなんだ?それは?」
「えっとですね、町の入り口であったゴブリン討伐の時に順番を待っていた商会の人たちだということですよ」
「そうなんだ」
「あははは…まあ、町の検問で並んでいる人がそれなりに多かったみたいなので、どの人なのかはわかりませんよね」
「そうね。」
「こちらが、その商会が書かれた場所になります」
「ありがとう」
そこでジルから一枚の地図みたいなものをもらう。
文字が読めない俺でも地図であればなんとなくわかるというものだ。
赤い丸で書かれたのが、このギルドで、そこから矢印が伸びており、青丸で先ほどの会話で出てきたであろう、商会が記されていた。
「えっと、マルク商会ですか」
「シバルは知っているの?」
「はい、騎士のときに何度か代表者に会ったことがあります」
「さすがシバルさんですね。若き騎士と言われていましたからね」
「ええ、だからこそ、ボクはアイラ様に出会ったときに、この人と行動するって決めましたからね」
「ちょっと、シバル…嬉しいんだけど、ちょっと重いわよ」
「す、すみません」
そして、女性たちが笑う。
こ、これがガールズトークというものなのか?
男の俺が全く会話に入ることができない。
す、すごい。
俺はのんきにもそんなことを考えていたが、そこでふと気づく。
「ジルさん。その服装って」
「あ、気づきましたか?」
「うん?あれ?受付でいつも着ている服じゃないじゃない?」
「そうです。私服ですね。うちも少し商会に用がありまして、案内と一緒に行こうかなと」
「いいわね。こういうものは人が多いほうが楽しいものね」
「はい」
シバルが元気よくうなずいたところで、俺たちは歩きだす。
先頭はシバルとアイラの二人が、後ろに俺とジルさんが続く。
すぐにジルさんがちょっと意地悪な顔で話かけてくる。
「それで、お二人とはどこまでいったんですか?」
「どこまでとは?」
「一緒にいたのですから、少しくらい手を出したのかと…違いますか」
「手ですか?まあ、握ったりはしましたよ」
「いえ、そういうことを言ってるんじゃなくてですね」
「え?」
俺が訳も分からず困惑していると…
【そこは、男と女として手を出したのかを聞いているのよ。そう、やったのかを聞いているのよ】
自称神から、そんなことを言われる。
いやいや、手をだしたかと言われただけなんだから、手を握ったかということじゃないのか?
【くう、これだから童貞は、言い回しというものがわからないからダメなのよ】
黙れ、黙れい。
というか、俺は別に話していないよな。
どうして俺が考えていることがわかるんだ?
【童貞。顔を見れば考えてることわかる】
なんだ、その検索ワードみたいな言い方は…
自称神の言葉にイライラと少ししていたところで、ジルさんが横にいることを思い出す。
「えっと…」
「まあ、そうですね。毎晩やりまくりです」
「あ…さすがにうちも顔を見れば、それが嘘だってことくらいはわかりますよ」
「くう…」
「まあ、記憶がなくなる前がどうなのかで変わりますからね」
「は、はい」
なんだろうか…
このあからさまに気を使ったフォローがつらいと思ったのはいつぶりだろうか?
だって、仕方ないじゃないか。
こちとらしっかりと童貞をこじらせ中だというのにさ…
「まあ、二人のことを見れば、これからってことなのかな?」
だからだろう。
考えごとをしていたところで、ジルさんが何かをボソッと言ったことを聞きとれなかった。
何か大事なことを言っていたような気がするけど、俺が聞こえなかったということはまだ、聞いてはいけなかったことなのだろうと、勝手に解釈をしておく。
これぞ、俺もよく読む小説に出てくる主人公が使っている。
そう難聴スキルというものだ。
そんなことがありながらも、俺たちは歩いていく。
そうして着いた商会は、なんといえばいいのだろうか?
しっかりとしていた。
「ギルドより綺麗だ」
「そ、それは…どうしてもお役所仕事みたいなものなんだから、しっかりとした商売をしている商会と比べれれば、立派じゃなかったりするからね」
「そうだよね」
「まあ、うちの役目もここまでだから、またギルドでね、皆さん」
「ありがとう、ジル」
「ありがとうございます」
手を振って離れていくジルさんを見ながらも、俺は初めての商会を前にして戸惑っていた。
というのもだ。
扉がないのだ。
レンガ作りだということもあるが、どうやって入るのだろうか気になる。
そう思っていると、レンガの壁が半回転して中から人が出てきた。
なんだろうか、忍者屋敷みたいなギミックが必要なのか気になってしまう。
頭をひねっていると、アイラが教えてくれた。
「ギルドと入口の感じが違うことに驚いてる?」
「まあ…」
「これは、中にある商品を外からなるべく見られないようにするための処置ね。あとは馬車などで強引にドアを破壊されるのを防ぐ役割もあるわね」
「な、なるほど…」
そう言われれば、確かに効果があるかもしれない。
でも、なんというか、原始的な…
「でも、アイラは商会に来たことがなかったんじゃないのか?」
「一度くらいは行ったことはあるわよ。」
「そうなのか?」
俺はシバルの方を見て聞くと、シバルはどことなく気まずそうだ。
あー、あれかもしれない。
そういうときを夢見て、調べたのだろう。
そのなんともいえない雰囲気を吹き飛ばすように、アイラがその扉へと手をかける。
「それじゃ、入るわよ」
先頭にたったアイラが壁を押す。
俺も続いて近くに行く。
ゆっくりと壁が回転して、俺たちはそのまま外からでは何もわからなかった、壁の内側である商会へと足を踏み入れた。
レンガ造りで、ということから勝手に室内は暗いものだと思っていたが、どうやら壁の上あたりには、窓のようなものがついており、それで室内は明るい。
そして、一番に思うのは広いということだ。
入ると、ギルドと同じように受付があるのだが、それが三つに分かれている。
「これは?」
「そうですね。ただしは初めてですからね。ボクから説明すると、真ん中が総合受付。右手がものを買うための受付。左手がものを売るための受付ですね」
「なるほど」
「ただし、だから私たちが今から向かうのはどこかわかるわよね」
「ああ、総合受付ということだな?」
「そうよ」
意気揚々と俺たちは、総合受付へと足を進めた。
「あの…」
「あ、アイラ様」
「え!」
アイラが早速という感じで、受付に話をしに行くと、少しざわつく。
それも仕方ないことだ。
気づかないようにしていたが、ここに来る道中でも実はひそひそと噂というべきか、こんなことがあったんだよねというような言葉をいくつか耳にした。
それでも、さすがは大手商会の受付嬢ということなのだろう…
すぐに姿勢を正す。
「すみません。少し応接間で対応をさせていただきますので、そちらにお待ちいただいてよろしいでしょうか?」
「わかりました」
「それでは案内します」
そして、案内を受けたのだけれど、そこに行く途中で、俺は受付嬢に足を踏まれる。
元社畜の俺は、それを何を思ったのか、お、この感じ満員電車でそれとなく味わってきたなと少し感慨深げに思ってしまうだけで、それが嫌がらせ行為だということに俺は気づいていなかったのだ。
ただ、その後にある代表者と会うときに、それをすぐに理解させられたのだ。




