304話
ゴオっと音が鳴って、黒いドラゴンが飛んでいく。
多くの人が目撃したそれは、魔王が復活したということを表していた。
ただ、飛んでいるドラゴンになってしまったヤミ事態は、そんなことを全く考えられていなかった。
どうしてなのじゃ、どうしてわらわはあのときにあんなことを…
考えても答えはでることはないけれど、考えてしまう。
ヤミとしても、気づけばああなってしまったというのが正しかった。
イルが最後の悪あがきとして、行ったことは最後の魔力の塊をヤミに返したというべきか、それだけだった。
いつもであれば、魔力の塊は手に持ち、しっかりとヤミ自身は自分と同化させるようにして行う。
ただ、今回はそうではなかった。
無意識のうちに体の中に力が流れ込み、気づけば魔力を解放しないといけないとどこかで考えてしまっていた。
そして、魔力を帯びたその手で何かをしようとしたのを、ただしがその身で受けたということになる。
体の感じがいつもと違うというのは、今でも感じていた。
魔力を解放したくて仕方ない。
おかしい。
ヤミはそう思いながらも空を飛ぶ。
そんなタイミングで、空から雷が落ちる。
「ギャギャ」
「これで、落ちたか?」
「ギャギャアアアアアアアアアアアアアアアア」
「まじかよ、なんていう咆哮だ」
勇者は、そう驚いて言う。
雷の勇者は、リベルタスで何が起こっているのかを再度調べていた。
気になったということもあったが、ダメだった自分のことをまもとに戻してくれた存在だと思っていたからだった。
ある程度の調べものが終わり、ただしにこのことを伝えるために、リベルタスの中を探していたときに、慌てたように人々が言ったのだ。
ドラゴンが空を飛んでいると…
雷の勇者がその空の方向を見ると、確かにドラゴンが飛んでいた。
それも漆黒の色をしたドラゴンだった。
雷の勇者は仲間たちに声をかけると、一人で先行する。
覚えた雷魔法を駆使することで追いつけるだろうと思ったからだった。
その予想通りに、リベルタスから離れた位置でなんとか追いつくことができた。
雷魔法を唱えて落とすことは成功したが…
ここからどうしていいのかわからない。
咆哮を聞いたときには、気づけば体が震えていた。
「なるほど、こいつが魔王って存在か」
体はまだ早いと言っている。
でも、雷の勇者はここで倒さないといけないと考えていた。
だって、このタイミングで倒すことで願いが叶うのだから…
雷の勇者が望むことは一つだった。
あのときからやり直したいというものだった。
この世界に来て、自暴自棄になって強さだけを誇示をしていたときに、出会ったただしという存在。
雷の勇者が運転の不注意によって轢いてしまった存在。
それを知った後でも、普通に接してくれた、ある意味ではありえない存在だ。
だからこそ、雷の勇者が望むのは、ただしを轢くあの事故を自分の単独事故に変えてほしいというものだ。
俺が、俺のミスによって傷をつけるのは何も構わない。
でも、ただしはそうじゃない。
だから、ここで魔王を倒して、その願いというものを叶えてもらおうと考えるのが、今思っている願いだった。
一人でやれない。
そんなこと、今は関係ない。
雷の勇者は剣を構えた。
「雷よ、我の武器にその力を宿せ、サンダーウエポン」
雷の力を、剣に宿す。
そして、ドラゴンに向かっていく。
ドラゴンのヤミは、目の前にいる男が中から見えていた。
剣に雷を宿すところも見えている。
そして、自分の中にある魔力がそれに呼応するかのように高まるのを…
吐き出さないとダメだ。
体がそう言っているのを、抑え込もうと必死になるが、すぐに自分の意志とは関係ないかのように咆哮を放つ。
「ギャギャアアアアアアアアアアアアアアアア」
そして、右手を振るう。
ドラゴンクロウ。
完全なドラゴンになったことによって、その爪の威力は計り知れない。
雷の勇者は、爪が見えていた。
雷を宿した剣によって防御をしようとして、すぐに諦めて回避する。
常に発動をしていた速度を上げる魔法によって、なんとか回避をすぐにできたが、それでも全く防御ができない攻撃に驚く。
そして、体が本能的に無理だと思った理由がわかった気がした。
「キツイ戦い。でも、あの人はこんなことをたくさんやってきたんだ」
雷の勇者は再度そう自分に言い聞かせる。
だからといって、近づいて攻撃をするというのも心臓がもつわけがないというのもわかっていた。
すぐに魔法での攻撃に切り替える。
「雷よ、相手を倒す稲妻となせ、サンダー」
魔法によって雷を作り出す。
それは、ドラゴンに向かって飛んでいく。
「ギャギャアアアアアアアアアアアアアアアア」
ただ、ドラゴンは咆哮する。
魔力がこもった咆哮。
それだけで、雷の魔法は消えてしまう。
「まじかよ。魔力だけで、魔法を相殺するなんて」
これまでいた敵でもそんなことをしてくるような相手はいなかった。
魔法は魔法で防ぐもの、そう思っていたけれど、圧倒的な魔力であれば魔法など発動することがなくても、魔法を防ぐことができるのだということがわかってしまう。
だとすれば、防ぐことができないほどの魔法を放つしかない。
雷の勇者はそう思ったところで、魔力を高める。
カミナリスキル。
それは確かに雷魔法を使えるようになるというものではあったが、それだけの効果じゃなかった。
魔力すらも雷を帯びることができるようになったのだ。
魔力に雷を宿すとどうなるのか?
それは、魔法の速度を高めるということができる。
「雷よ、相手を倒す稲妻となせ、サンダー」
雷が、ドラゴンに向かって飛んでいく。
最初のものとは違い、雷はかなりの速度になっている。
まるでレーザーのようなそれは、自然と威力も増している。
ただ、その雷はガキンという音とともに、ドラゴンの皮膚によって弾かれる。
「まじかよ」
雷の勇者は驚く。
カミナリスキルで強化された雷魔法を、弾かれるとは思っていなかったからだ。
ただ、まだ貫ける要素を残している魔法もあった。
雷の勇者は距離を取って、魔法を唱える。
「雷よ、敵を貫く槍となせ、サンダージャベリン」
雷の槍を作りだした雷の勇者はそれを構えてドラゴンに向かって投げる。
雷を纏い、稲妻のように飛んでいく。
今度こそは攻撃が通る。
そう思っていた。
ただ、ドラゴンは翼を広げる。
そして、体を覆うように前に向ける。
ガキン。
再度そんな音とともに、翼によって防がれてしまう。
「硬すぎる…」
カミナリスキルを乗せた雷魔法ですら、簡単にはじいてしまうドラゴンに驚きながらも、どうしたらいいのかを考えようとしたときだった。
ドラゴンから多くの魔力を感じた。
ヤミは体の中にある魔力を解放したくて仕方なくなる。
それは、雷の勇者から放たれる魔法によるものだった。
強い魔法を放たれて体に当たるたびに体からは魔力があふれてくる。
元からあったものがようやく戻ってきたのだ、それを解放したくてしたくて仕方ないのかもしれないが、我慢をしようとした。
でも、我慢するほどに体から溢れる。
そして、口から溢れてしまうのだった。
ドラゴンブレス。
魔力が完全に戻ったヤミだからこそできるそれは、口から放たれた。
「まじかよ!」
口から魔力の塊が吐き出されると感じたときには、雷によって加速していた雷の勇者だったが、口から出された魔力の多さに驚く。
まさに、物語で読んだことがあるような見た目。
ドラゴンが吐いた魔力の塊は避けることは可能なものだった。
ただ、もし避けたとして、このブレスは消えるまで周りを巻き込んでしまうということがわかってしまう。
「震えるの、止まれよ」
雷の勇者はそう言い聞かせる。
ドラゴンブレスと言っても、速度は速いというわけではない。
雷を操るものとして、これくらいであれば遅いとむしろ感じる方だ。
でも、その濃密な魔力の塊が迫るというだけで、体が震えてしまうのは仕方なかった。
「もう、逃げるのは終わりだろ?」
雷の勇者はそう自分に言い聞かせて、魔法を唱えるのだった。




