295話
戦いは一方的だった。
目の前にはスカートを埃でも払うかのようにしているメイさんが膝をついているイルを見ている。
完全にメイさんの優勢だということはわかる。
どうしてこうなったのか、戦いの最初から簡単に思い出す。
俺は戦うために前に出ようとしたが、それをメイさんが手で制した。
「ラグナロクのことのけじめはわたしがつけないといけませんから」
「そういうことなら、いいけど、いいのか?」
「もちろんです。魔王を倒すことで願いを叶えてもらう。そのことを知っているのは、ラグナロクでも、わたしとピエロだけだったのですから、それを知ったのはどうしてか…だいたいの予想がわたしにだってついていますから」
メイさんはそう言ってイルを見る。
イルは、そんなメイさんを見ても、自信に満ちているのか、表情は余裕そうだ。
メイさんはすっと構えを取る。
立ち方が少し変わった程度なのだろうが、それだけで違うということがわかる。
メイドスキルが発動したということなのだろう。
「行きますよ!」
「大丈夫ですよ!」
イルがそう言うと、メイさんがイルに向かっていく。
手には何も持ってはいないが、苦無でも握っているかのように両手を胸の前で構えている。
何もないと思っていると、メイさんが口を開く。
「水よ、我の手に相手を切り裂く剣を作りたまえ、ウォーターブレイド」
「へえ、それがメイドの技というわけですね」
「ええ、受けてみる覚悟があるわよね」
「いえ、僕は僕のやり方をするだけですから」
「そうですか、まずはこれをなんとかしてみなさい!」
余裕そうなイルに向かって、メイさんはその苦無のようになった水の剣たちを投げる。
ひゅっと音がしそうな勢いで飛んでいった水の苦無たちはイルが作りだしたゲートに吸い込まれて消える。
攻撃が簡単に防がれてしまい、メイさんは向かっていくのをやめて、考える。
「なるほど、エルと同じスキルですね」
「はい。かなり便利なものですからね、このスキルは」
「わかっています」
メイさんはゲートというスキルがどれくらいすごいものなのかわかっている。
だって、これまでの計画のほとんどがそのスキルがあるのとないのとでは、全く違った結果になっていただろうからだ。
でも、強力が故の弱点もエルと違って、簡単な弱点があるということもメイさんはすぐに気が付く。
だから、いつものようにメイさんはどこからともなくジョウロのようなものを取り出すと魔法を唱える。
「水よ、湧き出る水によってあまたの炎を消化せよ、ウォータークエンチ」
その言葉によって、ジョウロから大量の水があふれ出す。
イルは再度ゲートを開いてその攻撃も防ごうとするが、それを上回る勢いでジョウロから水が出る。
それによって、ゲートごとイルは大量の水によって流されるようになる。
なんとか完全に流されるということは防ぐことができたが、それだけだった。
さすがはメイドスキルによって強化された魔法だった。
これによって、メイさんはイルを跪かせることができたのだ。
「どうですか?まだ行いますか?」
その言葉には迫力があった。
そう言われるのも仕方ない。
最初の攻撃は確かに防ぐことができていた。
でも、イルは自分で言っていた。
自分のスキルはガクシュウスキルであり、学習したスキルを使うものだということ。
そして、そのスキルは弱くなった状態でしか使えないというものだった。
先ほどのゲートのときも、今回のゲートのときも同じだったが、ゲートを出現させられる個数というのが、一つだけという時点で、戦闘に使うのは難しいというのがわかる。
ああいう転移系のスキルを戦闘で使うには、基本的に必要になるのは展開できる個数か、もしくは大きさだろう。
先ほどのメイさんが行った水を大量に出す魔法も、自分の周りの地面にかなりの大きなゲートを発動してしまえば、なんとかなっている可能性があったからだ。
だというのに、ゲートの大きさはわわらない。
ということは、イルが使うスキルはかなり弱くなっているということだ。
そんな状態のスキルしか使えないイルと再度戦っても意味はないのだと、メイさんは言ったのだが、それを聞いてもイルは笑うだけだった。
何か嫌な予感は確かにしていた。
そこに後ろから、エメが近づいてくる。
「ただしさん!」
「どうしたエメ?」
「よくないことが起こりそうです」
「そんな気は俺もしてる」
「だからこれを!」
エメにあるものを渡されて、俺はそれを装着しておいた。
ただ、だからといって、俺がここで二人の戦いに割って入るというのも違う気がして二人のことを見ることしかできない。
そんな中で、イルは笑いだす。
そして、違和感は正体を現した。
「はは、はははははは!」
「イル?」
「うん、どうしたどうした?」
「え?あなたは誰ですか?」
「いや、我か?我のことか?」
「そうです。イルのことをどこにやったというのですか?」
「どこにやったと言われても、これはこいつが望んだことだというのにな」
「どういうことですか!」
「あー、そこのところの説明は面倒くさいしな、天才の我を倒すことができれば答えてやってもいいぞ」
「何を言って!」
「わからないのなら、そこまでだな!」
「え?」
メイさんは急なことで反応ができていなかった。
俺はすぐに動いていた。
そして、相手の攻撃をなんとか受け止める。
「へえ、いい反応だな。天才の我に合わせるとは」
「だったら、どうしたっていうんだよ、神様さんよ」
「いや、急に変わるとどうなるのかを見れて、我は楽しいからな」
「ただしさん、これは…」
「俺も、一度だけ経験がある、これはイルの体を神様の誰かが使っているものとしか…」
「よくわかってるじゃないか!」
男はそう言って、攻撃をやめて距離を取る。
「ただしさん、大丈夫ですか?」
「ああ、エメ。これありがとうな」
「それは、もうただしさんのためですからね」
それを見て近づいてきたエメに声をかけられて、言葉を返す。
ただ、メイさんは困惑しているようで、俺に声をかける。
「ただしさん、これはどういうことですか?」
「ああ、簡単なことですよ。神様の誰かに体を乗っ取られた、それだけのことです」
「そんなことが起こるんですか?」
「起こる。俺は一度その現場に出会ったことがあるからな」
そう、あの雷の勇者のときにだ。
でも、驚くは、今回のイルに関してはいえば、イル自身が勇者ではないというところだ。
どういうことなんだ?
「まあ、疑問に思うことはわかるよ。我だってな、あんなことが起こるとは思ってもみなかったんだ」
「あんなこと?」
「そうそう。天才の我でも予測できなかったよ。召喚した勇者が自害するなんてね」
「まじかよ」
「いや、そのおかげで、新しいやつを見つけることができたからよかったというべきだけどね」
「どういうことだよ」
「いや、これについては天才の我でも予想外のことが起こったんだよ」
「そうなのかよ」
「そうそう。まあ、せっかくの下界なんだ。ちょっとは楽しませてもらうかな」
そう言ってイルの姿になった神は体を動かす。
そして、次の瞬間には俺の目の前で再度拳を振り上げていた。
「あぶねえな」
「簡単に防ぐんだから、さすがだよ」
「これくらいできないと、お前たちに対抗できないからな」
「確かにそうだね。じゃあ、さっさとこの体の全力を出しちゃおうかな」
「そうしろよ」
「そうさせてもらうよ」
男はそう言うと、ゆっくりと手を広げて奇妙な動きをする。
細かく横にステップをするのを見て、余計に何をしているのか疑問になるが、強くなるための儀式だというのだろうか?
わけがわからないでいると、そのまま男は声を上げる。
「ぽわう!」
そして、異変は起こる。
先ほどまでの男とは違って髪が逆立ち…
あれだ。
「神の髪の毛が上を向いたな」
そんなダジャレを言ってしまうような状態になったのだった。




