292話
「火よ、その炎を火柱にして相手を燃やせ、ファイアータワー」
その言葉とともに、イルの周りに炎が渦巻く。
まずは熱によって、相手を弱らせるためのものだ。
ただ、それはすぐに消える。
当たり前のことで、イルは魔法を無効化した。
魔法は消える。
ただ、それはマゴスで会った、勇者が使っていた無効化とは違っていた。
バーバルはイルが魔法を消した後のことを見ていた。
それだけで、どうやって消されたのかがわかる。
「そうなのね。両手を使わないと魔法を消すことができないみたいね」
「そこに気づくとは、僕も戦況的に厳しい戦いになりそうですね」
「ふふふ、厳しくはしませんよ」
バーバルはそう言って、魔力を高める。
イルはそれを見て、慌ててブンシンスキルを発動する。
ただ、バーバルはそれを見て、楽しそうに魔法を放つ。
「火よ、相手を焼き尽くす炎となせ、ファイアー、ファイアー、ファイアー、ファイアー」
四つの炎が飛んでいく。
再度一人増やして三人になったイルは、三つをなんとか無効化して、最後の一つをうまく躱す。
「ふふふ、四つならそうなるのね。じゃあ五つでいくわね。火よ、相手を焼き尽くす炎となせ、ファイアー、ファイアー、ファイアー、ファイアー、ファイアー」
「何発炎を飛ばせるんだ?」
驚きをもってイルは言うが、バーバルは楽しそうに笑うだけでその炎はイルに向かって飛んでいく。
向かってくる五つの炎にイルは、両手を広げる。
五つの炎だ。
今の状況では三人しかいないイルでは、先ほどと同じように、三つの炎は消すことができても今度は二つの炎をなんとかしないといけない。
バーバルが言うように、イルのムコウカスキルを使うためには両手を使わないといけない。
だから完璧に攻撃を防ぐことはできない。
そうなると、イルはどうするのか?
やることは決まっていた。
「ブンシンスキル…」
辛い表情を見せながらも、イルは分身を六人まで増やす。
五つの炎をしっかりと五人で防ぐことに成功すると、一人はバーバルに向かっていく。
「はああああああ」
このまま突っ込むことができれば、イルは行動を起こすことができただろう。
ただ、そんなイルを見ても、バーバルはいたずらっ子を見るように微笑んでいる。
「ダメよ。勝手にそんなことをしたら、もっといじめたくなるんだから」
「何を…」
言ってるんだ?
そんなことをイルは言おうとした。
ただ、そのタイミングで地面が爆ぜる。
「く…どういうことですか…」
「ふふふ、いろいろアイテムをもらっておいてよかったということかしらね」
「意味が僕にはわかりませんね」
「そうなのね。だったら、もっと味わってみる?」
「嫌ですね」
そう言いながら、イルは距離を取る。
イルでさえもわからなかった攻撃手段。
気づいたときには何かが起こっていたそれは、バーバルが置いていたアイテムのおかげだった。
マゴスで、ジーニアスがメイニアと共同で作ることにしたもの。
それをバーバルが持つことになった。
そのアイテムを使うには大量の魔力が必要になるからというものだった。
魔力箱を小型化したもの。
アイテム名を魔力玉と呼ばれるものだ。
効果としては、魔力を込めることで先ほどのように炎魔法を籠めれば爆発して、風魔法を籠めれば竜巻を起こし、水魔法を籠めれば水が噴水のようにあふれ出し、土魔法では突起した岩がその場に出現するというものだ。
ただ、これはバーバルが使えばこの効果になるというだけで、普通の人が使う程度では、魔力が足りなくて子供だまし程度の力しかない。
だから、バーバル専用のアイテムだった。
マゴスから出る際に大量に持たせてもらったので、一つ使った程度ではなくなることはない。
「ふふふ、どんな風にせめて差し上げましょうか」
「なるほど、僕が知らないことも、まだまだたくさんあるということですか…」
「そうみたいね。だから、もっとしてあげる」
「そういうのを僕は好みませんからね」
「そうなの?」
バーバルの言葉にイルはやれやれと腕を交互にやる。
イルの考えでは、ここでは軽く相手をするつもりだった。
少しでも、ザンやジークが三人のことを削ってくれるだろうという期待をしていたというのに、全くだったからだ。
それとも、イルのスキルでわからないものだから余計になのだろうか?
「仕方ありませんね。こちらでも、僕の半分の本気を出しましょうか」
「半分ですか?」
「はい、もう半分はあなた方のよく知っている方の場所にいますからね」
その言葉を言うと、イルは分身を一つの体に収める。
分散していた力を一つに集める。
それがブンサンスキルの…
イルが持っているスキルの使い方の一つなのだからだった。
すぐに一つの体になる。
先ほどとは違う力強さを感じたところでアイラは言う。
「バーバル!」
「仕方ないのかしら」
「ここからは力を合わせてということですね」
「そういうこと!」
「そう簡単にはやられるわけにはいきませんよ。僕がやっていることはね」
お互いに構えると、戦闘が始まった。




