290話
「どうして、ただしさんはそうなるんですか?」
「いや、なんとなくそれがいいかなって思ってな」
「ダメですよ。もし、わたしが視た未来の通りなら、ただしさんはメイさんの言葉を聞くだけの操り人形になってしまうんですから!」
「エメの言いたいことはわかる。ただ、さっきの流れからして、俺はちょっとエッチないい思いができるってことだろ?」
「そうなんですけど…でも、ただしさんはそれでいいんですか?望まない形でそんなことを経験しても!」
「わかる。エメの言いたいことは…でもな、俺だってこのままじゃいけないんだよ」
「それは、でも…」
「男としての威厳が、理性が…俺を俺を…」
聞いてしまえばというやつだ。
そう、エメの話しを聞く前では、こんな気持ちにはならなかったのかもしれないが、どんなことが待っているのかというのを、なんとなく聞いてしまった後では、望んでしまってもいいと思うだろう。
童貞卒業というものを…
マゴスでそこを克服した俺には、そこに向かうための欠点などないのだから!
俺は笑う。
「ははは!だから、俺にはその行為が必要なんだ!」
「操られてもいいんですか?」
「ああ…それでエッチなことができてしまうというのなら、仕方ないことだ」
「そんなこと、そんなこと…」
エメは辛そうな表情をして顔をそらす。
ただ、俺は決めたことなんだ。
そんな顔をされようとも決めたことは仕方ないことなんだ。
俺はしっかりと決心を決めて、両手を広げて再度メイさんに言う。
「さあ、俺のことを奴隷にでもしてくれ!」
「え、嫌ですよ…」
「は?」
予想外の言葉に、俺は思考が一度止まる。
それぐらいには、予想していなかった言葉だった。
どうしてそういう言葉になる?
理由がわからない。
俺は戸惑いながら、メイさんに聞く。
「どういうことですか?俺は決心したというのに…」
「ごめんなさい、普通にそこまで言われることだと思っていませんでしたから…」
「どうしてだ?俺は真面目に言っているというのに!」
「それがダメだということを、ただしさんはわかりませんか?」
「いや、でもな。こういうことは強気に言う方がいいってどこかで耳にしたんだ」
そう、元の世界でほんの少し聞いた言葉だ。
草食系の男はダメだと、肉食系とは言えなくても積極的な男性のほうがいいと…
だというのに、断られるのはどういうことなのだろうか?
わからない展開に戸惑いしかない俺に対して、メイさんは呆れたように言う。
「そうですね。まず強気にでることは、必要なことだとは思います」
「だったら!」
「そうですね。それは、時と場合を選ぶということを考えて使用できるならと、わたしは考えています」
「まじか…」
俺はそう言われて、絶望してしまう。
だって、俺が少しはもっていた知識が全部無駄だと言われているように感じてしまったからだ。
もしかして、俺が見に着けた知識というのが、童貞がよくある勘違いで身に着けてしまうものだというのだろうか?
いや、そんなことはないはずだ。
俺の知識は間違っていないはずだ。
そうだ、このタイミングでメイさんだけに言ってしまうから俺は間違っているんだ。
ここはエメにも声をかけるのが正解じゃないのか?
男として、積極的になることは必要なことなのだから…
「大丈夫だ。エメのことだって俺は待っているからな」
「ただしさん?」
「いや、何かおかしかったか?」
「間違っています。ただしさんのすべてが!」
「どうして急に不機嫌になるんだよ!」
「すべてが間違っているからです。メイさんもそう思われますよね?」
「はい。わたしとしても、これほど世間…いえ、女性を知らないとは思いませんでしたから…」
「そうですね。わたしもそれは感じています」
エメとメイさんにそう言われて、俺は崩れ落ちそうになる。
いや、すでに膝はついていたが…
だって仕方ないことなのだ。
俺の女性としての知識はネットだったり雑誌だったりの他人任せのものだったからだ。
それも、あのお姉ちゃんのせいかはわからないが、女性そのものを避けていたこともあって、知識というものが偏っているというのと、自分でもよくわからないというのが正直なところだった。
どうすれば正解なのかがわからない以上は、何かを言うと言うのも、違う気がする。
だからといって、何も話さないというのも違うのはわかっている。
「じゃあ、どうすればよかったって言うんだよ!」
「それは…」
「えっと…」
「いや、どうして二人とも目を逸らすんだよ!」
ただ、俺は完全に見捨てられてしまうという状況に陥ってしまった。
本当にどうしたら正解なのかがわからない。
混沌とする状況に、ゲートが開く。
なかなか決着がつかないから、エルが見に来たというのだろうか?
俺はそう呑気に思っていた。
いや、全員がそう思っていただろう。
だってエメが驚いていなかったから…
エメが未来で視たことが起こる。
俺たちはそう思っていた。
でも、忘れていた、魔力をどうにかしてしまえば未来というのは意味のなさないものだということを…
ゲートから出てくる手がエルのものではないと気づいた瞬間に俺はエメの元へ走っていた。
「く…」
「いい反応ですね」
なんとか突き飛ばすことで躱すことに成功させたが、俺は腕に攻撃をかすめていた。
血が流れるのをカラ元気でなんとかして、相手を見た。
「違和感の正体がわかった」
「そうですか?でも、できるなら攻撃を受ける前が良かったですよね」
「確かにそうだな。イル」
そこにいる男に、俺は声をかけた。
いた男はイル。
その男は不敵に笑っていた。




