272話
「まずは情報収集だよな」
「それがいいですね。でも、もう少しで夜になりますから、明日になりますね」
「だよな」
あのあと、リベルタスの中心地へ向かう途中で、俺たちはこの後どうするのかを話たのだが、結局は一度ゆっくりと休むことになった。
「じゃあ、今夜もただしが何かを作ってくれるの?」
「そうだな。いろいろ食材はあるしな、作るか」
「わらわの分は多めに作るのじゃ」
「ああ、ここまで頑張ってくれたからな、それは任せろ」
そして、俺はいつものように調理をしてみんなに振る舞う。
夜は明日のこともあり、アイラがバリアを張って寝ることにした。
普通のモンスターくらいであれば通ることができないバリアがあれば、最小の負担で朝まで見張りをできるだろう。
そのことを全員がわかっているからこそ、俺たちはゆっくりと休むことができた。
ただ、それは俺以外はということになってしまったが…
俺だけが男ということもあるが、俺だけは荷台ではなく、火を起こしてしたので、それの近くで休んでいたのだが、少しウトウトとしていたときに、ふわっと体が浮き上がる感覚が起こる。
よくある、ベッドなどから寝ぼけて落ちたような、そんな感覚を味わう。
ただ、今は普通に地面で寝ていたはずだった。
だからこんな感覚になることはおかしいことだと思っていたところだった。
「イって…」
「あ、ごめんなさい。少し急すぎましたか?」
「いや、ちょっと驚いただけだ」
「それならよろしかったです」
声ですぐに俺は何が起こったのかがわかった。
すぐに顔を上げると、仮面を外し、改造メイド服を着た彼女が立っていた。
「メイさんこそ、こんな夜中に俺を呼んでどうしたんですか?」
「ふふ、メイドとして…ラグナロクの党首としてただしさんと話をしたくて」
「そういうことですか」
俺は姿勢を正すと、目の前に置かれていた椅子に腰かけた。
彼女、メイさんはそれを見てから口を開く。
「こうやって、お話をするのはいついらいでしょうか?」
「リベルタスで会ったとき以来じゃないですか?」
「そうですね。あのときは、エンドとしてもう少し畏まった話し方をしてしまいましたからね」
「今のほうがいいと思いますよ」
「男性にそう言ってもらえるのでしたら、この方がいいのでしょうね」
「そうですね」
俺たちはそう言って二人で笑いあう。
部屋に少し笑い声が響いた後に、部屋の扉が開いた。
「エンド様。お茶いれてきました…って、おまヘンタイ野郎じゃないか!」
「お!エル、久しぶりだな」
部屋に入ってくるなり元気に怒りだしたエルは、すぐに声を荒げる。
「久しぶりだなじゃないからな。あたいに何をしたのか忘れたのか?」
「こら、エル。あまり騒いではダメですよ」
「あ、えっと、すみません」
ただ、すぐにメイに窘められて、大人しくはなるが、お茶を出す際にも俺のものだけは勢いよく机に置かれた。
反動で少し中身がこぼれた気もしたが、俺はなるべく気にしないようにして口をつけた。
「おお、うまい」
「それはよかったです。わたしが厳選したものですので、そう言ってもらえるのは嬉しいことです」
「そうなのか、さすがっていうところだな」
「いれたのはあたいだけどな」
「エル…」
「ああ?」
「器用だな」
「お前絶対になめてるだろ!」
「こら!」
「う、すみません」
少し煽るだけで反応するエルに楽しくなってからかってみるが、簡単に引っかかり、最後にはメイさんに怒られてしゅんとするという、ありがちな展開を楽しみながらも、俺は本題に入ることにした。
少し姿勢を正して、メイさんの目をしっかりと見た状態で口にする。
「それで、ここに連れてこられた本題はなんですか?」
「そうですね。夜も遅いことですし、早めに本題に入りましょうか」
「そうしてくれると助かる」
「正直なところは素晴らしいことですね。そして、その正直なただしさんにお願いがありまして」
「なんだ?」
「わたしのやりたいことに協力してくれませんか?」
「やりたいこと?前みたいな、魔王であるヤミを殺してということなら、俺は協力できないぞ」
「いえ、わたしのやりたいことは神に一泡吹かせたい。それだけです」
「どういうことだ?」
俺がそう聞くと、メイさんは椅子からゆっくりと立ち上がる。
「ただしさんはおかしいと思いませんか?」
「何が?」
「こんな世界に連れて来られて、急に戦わされて」
「まあ、確かに最初は疑問に思ったけどな」
「でしょう。この世界に勇者を連れてきたのも、勝手にただしさんのような人を転生させたのも、すべては神様がやった迷惑行為なのです」
メイさんはそう力強く言う。
迷惑行為。
確かに、この世界に住んでいる人からすればそう思うのは仕方ないことだった。
俺は、まあ別としても他の勇者はかなりの強さだし、俺もまあいろいろあって勇者と戦うことにはなったが、その勇者たちが一つになって俺と戦うことになってしまっていれば、やられるなんてことが当たり前になっていただろう。
だから確かに、神様の迷惑行為といえばそうなのだろうけれど…
「別に俺は気にしてないからな…」
「どうしてですか?わたしと一緒に神をなんとかしようと思いませんか?」
「じゃあ、神様を倒したところで、メイさんはどうしたいんだ?」
「それは、簡単なことです。わたしたちが自由な世界を創るんです」
「自由な世界か…」
「はい。そのためにわたしはこの世界から神様を無くすんです!」
「意味あるのか、それ?」
「え…?」
「あ、いや…」
俺はついつい思ったことを口にしていた。
メイさんは驚いたように俺のことを見ている。
でも、俺は神様を殺したところで、それが意味のないことだと考えていた。
「理由を教えてもらってもいいでしょうか?」
「簡単なことだ。神がいてもいなくても、神様を信仰する人はいる」
「それは…」
「それに、神様のせいにしているようでは、未来は変わらないからな」
俺がそう言うと、メイさんは唇を噛む。
まるで、何かに耐えるかのようにだ。
ただ、すぐに笑顔を俺に向けると言う。
「それでは、ただしさんはわたしたちと相容れないということでいいんですね?」
「そうなりそうだな」
「そうですか…」
どこか残念そうにメイさんはそう言って、俺に向かってお辞儀をする。
「今日は急にお呼びして申し訳ありませんでした」
「いいってことだ。俺も綺麗な女性と話すのはいいことだからな」
「ふふ、さすがはただしさんというところですね」
「そうだろ?」
俺は笑ってそう言う。
話が終わったところで、エルが前に出てくる。
「話は終わったんだろ、だったら後はあたいが帰すだけだな」
「おお、ありがとうな」
「ちっ、本当に何も変わらないのがイラっとするな、あんたは…」
「いや、こう見えてもいろいろあったんだぞ?」
「そうなら、もう少し大人しくしようとは思わないのか?」
「今でも結構大人しいと思ってるけどな」
「く…あんたと話をしていると、あたいがおかしくなさそうだよ」
「そういうことを言われると、さすがに俺も傷つくんだが…」
「ふ、うるさい。さっさと帰れ!」
その言葉とともに、エルはゲートを開く。
俺はゆっくりとそれをくぐった。
そこから感じる気配を感じながら…
※
ただしを送ってすぐにエルはただしが座っていた椅子に座るとエンドに話かける。
「エンド…メイって呼んだ方がいいんだっけ?」
「ふふ、どちらでもいいわよ」
「じゃあ、エンドで…あんたは何がしたかったの?」
「何がしたかったかと申しますと、ただしさんを仲間に入れたかったんですよ」
「ほんとうか?どことなく嘘に聞こえたぞ」
「どうだと思いますか?」
「そんなの、あたいにわかるはずがないだろ?」
「そうでしょうか?」
「まあ、あたいも目的のためにあんたと一緒にいるからな、そこまではお互いのことは知らなくてもいいだろ?」
「ふふ、そうですね」
「じゃあ、あたいはそろそろ寝るからな」
「はい、おやすみなさい」
エルはその言葉を聞くと、エンドの部屋から出ていく。
エンドは、その姿を見ながらも笑顔はどこか陰りを見せていた。




