253話
「なんで、そうなるのじゃ!」
「イタ、叩くなよ。目を覚ましたばっかりだぞ」
「だったら、おぬしはもう少しまともなことを言うのじゃ」
「仕方ないだろ、俺だって真剣なんだ」
「真剣なやつが開口一番にパンツをくれなんてことを言うわけがないのじゃ」
「仕方ないだろ、俺には必要なものなんだからな」
真剣に言ったというのに、ヤミは俺のことを叩くばかりだった。
こんなに真剣に言っているというのに、ダメだというのだろうか?
俺はそう考えながらも、ヤミを真剣な表情で見つめる。
「まじでほしいのじゃ?」
「そう言ってるだろ?」
何かを感じてくれたのだろう、ヤミはため息をつきながらも諦めたように言う。
「仕方ないのじゃ、今からやるしかないということじゃな」
「ふ、助かる」
「起きてすぐにパンツを欲しがるおぬしにそんな感謝を伝えられても困るのじゃ」
「感謝しないといけないことだからな」
「もう少し普通のことで感謝してほしいのじゃ。ほれ、脱ぐからの後ろを向いておれ…」
「わかった」
俺はヤミと話すのをやめて、前を見る。
そこには、苦手というべきか、恐怖の元凶であるお姉ちゃんがいる。
顔を見るだけで体が少し震えるのがわかる。
だけど、このままじゃいけないことをわかっている俺はしっかりとお姉ちゃんをみる。
すると、そちらから飛んできたのは一枚の布だった。
俺はそれを手に取る。
「これは…」
「決まってるでしょ、お姉ちゃんのパンツだよ」
「それは見たらわかるけど、なんで俺に渡したんだ?」
「だって、お姉ちゃんがのけ者にされるなんて嫌だもん」
「だからって、こんなものを俺はもらっても困るだけなんだけどな」
「お姉ちゃんのじゃダメっていうの?」
「さすがに俺だって人を選ぶからな」
「ふーん、お姉ちゃんのはダメなんだ?」
ダメに決まっている。
そう言葉にしたいけれど、さすがに言えなかった。
言ってしまえば、何かが起こりそうだったからだ。
でも、お姉ちゃんのパンツを見たところで、俺は何も興奮しない。
逆にあのときの嫌に甘美で、どこか吸い込まれそうになってしまうのを思いだしてしまう。
そんなときだった、俺の頭の上にぬくもりを感じた。
「お?」
「ほれ、しっかりするのじゃ」
「これは…」
「おぬしが欲しがっていたものじゃ。わかるじゃろ?」
「ということは、これが…」
ヤミが先ほどまで履いていたパンツだということなのか…
俺は堪能するようにして、頭に被せられたそれを感じ取る。
わかっていたけど、やっぱりヤミのパンツは普通と違う。
あんな見た目ながらも、履いているパンツはなぜか紐のものが多い。
だから、ヘンタイとして顔が隠れるヘンタイ仮面なるものとしては面積が少ないが、逆にいえばそれがヘンタイと思えてしまうものなのか?
よーく、考えるんだ。
俺はゆっくりと息を吸う。
なるほど、さっきまで戦っていたから汗が染みこんでこれは…
しっかりと匂いを確認していたときだった、頭を叩かれる。
「何を感じておるのじゃ」
「いや、特に何かあるわけじゃないからな」
「絶対違うじゃろ。おぬしは絶対に味わっておるじゃろ」
「仕方ないだろ、ヘンタイスキルを発動するためには必要なことなんだからな」
「ヘンタイスキルだというのなら、被ったときにいつもなら発動しておるじゃろ」
「そうならないから、ヤミにパンツをもらったんだろ?」
「なんじゃ、それじゃ被っておるのに、発動しておらんのか?」
「ああ…」
そう、堪能している。
普通であれば、脱ぎたてのパンツを被っただけで俺はヘンタイスキルを発動しているだろう。
でも、体に強化された感覚はなかった。
これは、ヘンタイスキルが発動していないということなのだろう。
理由はわかっている。
元凶はこちらを見る。
「そんな恰好をするのなら、お姉ちゃんのパンツを使ってすればいいのに」
「使ったところで、俺の触手が動かないからな」
「へえ、そうなんだ?」
「わらわのやつでも動いておらんようじゃが」
「今のところはだろ?」
「ふーん、お姉ちゃんのパンツでは絶対にダメなのに、その人ならいいんだ」
「まだ、わからないけどな」
「だったら、まだお姉ちゃんにも可能性はあるんだ」
「ないと俺は思いたいけどな」
「でも、可能性があるなら、お姉ちゃんは今からそれを手に入れるからね」
「力尽くってことか?」
「ふふ、お姉ちゃんがするんじゃないからね」
「どういうことだ?」
「大丈夫。お姉ちゃんの愛を受け取ったみんながね。正君のことをお姉ちゃんに連れていってくれるだけだよ」
お姉ちゃんはそういうと、手を前にやる。
後ろから、シリョウスキルで操られた人たちが、こちらに向かってくる。
ヘンタイスキルを発動していない俺では、数を相手にするのはキツイだろう。
わかっているからこそ、もどかしい。
ヘンタイスキルを発動していない俺だと、この世界で戦うことすら難しいということを…
拳を握りしめて対抗しようとするが、無意味なのはわかっている。
そんなときに俺の目の前に入ってくるのは、ヤミだった。
着ているワンピースがふわりとなびく。
「ドラゴンネイル」
「「「我の前に壁を、バリア」」」
「ちっ、なのじゃ」
「正君と、お姉ちゃんのことなのに邪魔はよくないよ」
「どの口が言うのじゃ」
「お姉ちゃんのは、スキルでみんなが勝手にやってくれてることだもん」
「くう、なんじゃ…おぬしらのところでは屁理屈がうまいやつばかりなのかじゃ」
ヤミが飽きれたように言ったことを耳で聞きながらも、俺は見えた。
いや、見えてしまった。
絶対領域の内側というものを…
俺にパンツを渡したことによって、ヤミは当たり前のことだけれど何も履いてはいない。
だからだろう、中が見えてしまった。
大事なところはあまり見えていないが、見えていないからこそ、それが逆に興奮するといえばいいのだろうか?
男心をくすぐる何かがある。
「そういうことか…」
ようやく理解した。
俺がヘンタイスキルを発動できていない理由が…
だから俺は、上着を脱ぎ棄てた。




