252話
「ドラゴンネイル」
「お願いね」
「「「我の前に壁を、バリア」」」
ヤミは攻撃を放つが、すぐにそれは死霊たちに防がれる。
最初から厄介なものを持った相手だとヤミは感じていたが、ここまでとは思わなかった。
死んだものを操るスキル。
ただ、それだけのものと思っていたけれど、それは間違いだった。
「魔法を使えるとは、厄介じゃ」
「そうなのかな?お姉ちゃんがちゃんと愛してあげている結果なのよ。それに…」
「我の前に壁を、バリア」
「なんじゃ?」
急に、先ほどバリアを張った死霊の一人に再度魔法を唱えさせる。
意味はないけれど、何かを見せられたことに満足したのか、女性は笑っている。
その意味をヤミはすぐに理解した。
「まさか、スキルまで再現できるというのじゃ…」
「そうだよ。お姉ちゃんを愛してくれている証拠だよね。ちゃんと契約してお姉ちゃんと一緒にいられるようにしてあげているからかな?」
「狂っておるのじゃ」
「うーん?そんなことをお姉ちゃんに言われても、酷いよ?」
彼女は楽しそうにそう言う。
ただ、それがどれだけおかしいことなのかを女性は気づいていない。
「なるほどじゃ。これは、あやつがおかしくなっても仕方ないのじゃ」
「お姉ちゃんに、そういう酷いこと言わないでよね」
「ドラゴンネイル」
「次は、こっちね」
「「「火よ、相手を焼き尽くす炎となせ、ファイアー」」」
今度は火の魔法を、魔法使いの死霊たちが放つ。
ただ、修道女魔法と違い、攻撃系の魔法である普通魔法のファイアーはヤミのドラゴンネイルを防げない。
一撃でも入る。
ヤミはそう思っていた。
でも、そうはならない。
ドラゴンネイルは、確かに相手に届いた。
でも、死霊に守られるようにして、彼女は無傷だった。
「危ないな。ちゃんと守ってくれないと、お姉ちゃんが困っちゃうな」
「酷いことをするのじゃ」
「何を言ってるの?お姉ちゃんが愛してあげているのに、ちゃんと役割を果たせないこの子たちが悪いんだよ」
「だからと言って、使い捨てなのもどうかと思うのじゃ」
「使い捨て?お姉ちゃんはそんなことはしないよ。ちゃんと、やってくれている子にはいっぱいの愛をあげてるんだから」
彼女はそう言って笑う。
愛する。
彼女はそう言っているけれど、それはかなり歪んだ愛。
そのことについては、少しこうやって話しながら、戦っただけでわかってしまう。
このまま戦っても消耗するだけというのをヤミは感じていた。
ただしが起きてくるのを待つという手もあったが、ヤミはそれを選択する気はなかった。
簡単なことだった。
せっかく起きたというのに、悩みの元凶が目の前にいたとなると、再度よくないことが起きると思っていたからだ。
「やるしかないのじゃ」
「えっと、かなりやる気な感じなのかな?」
「仕方ないじゃろ、わらわだって別にやるのは面倒なんじゃが」
「そう思うなら、お姉ちゃんに少年を渡してくれたらいいのに」
「そういうわけにはいかんのじゃ」
「どうして?お姉ちゃんなら、いっぱい、いっぱい愛してあげる自信があるのに」
彼女は両手を広げると、貼り付けたような笑顔でそう言った。
それが歪んでいるというのに、彼女は気づいていない。
ヤミは、そんなのじゃから嫌なのじゃろという言葉を飲み込む。
彼女には何を言っても無駄だということをなんとなく理解していたからだった。
といっても、彼女がもつ死霊がどれほどの数なのかがわからない以上、このまま戦うという選択肢もあまりよくないということはヤミ自信もわかっていた。
だから、できることは最強の攻撃をすることだった。
ドラゴンネイルは、今の魔力で数をこなせるドラゴンとしての攻撃。
これよりも強い攻撃となると、翼を広げて行うドラゴンストームかドラゴンテイル。
といっても、この二つに関しては、空を飛んでいる方が威力も上がるものであり、勢いをつけることで威力が増すものだ。
現状地上で行えるものと考えると難しいものがあった。
一つを覗いては…
「やるしかないのじゃ」
「すごいやる気。お姉ちゃんも感じる、魔力をすんごく」
ドラゴンブレス。
魔力を練って放つ弾丸。
かなりの威力をもつということをヤミはわかっている。
だけど、それを放つことをすぐには決められなかった。
防がれても、外しても、一発撃てば今のヤミ自身の魔力量ではほとんどなくなってしまうからだった。
完全な諸刃の剣といった代物だった。
だけど、躊躇している暇はない。
一番ダメなことというのは、ヤミとただし両方が連れていかれることだからだ。
「しょうがないのじゃ」
ヤミはそう言葉にして魔力をためる。
ドラゴンブレスを放つために…
そのときだった、一つの影が体を起こした。
※
そんなことが起こっているとは露程も思わなかった俺は、まだうんうんとうなって考えていた。
どうすれば、いいのか?
ただ、考えたところでヘンタイスキルが発動するわけでも、体の中に芽生えた不安が消えたわけでもなかった。
何も変化がない俺に、もう一人の俺もさすがにあきれる。
「こんなところで呑気にやってていいのか?」
「いや、ダメだよな」
「そのわりには、落ち着いてるな?」
「それは…確かに…」
そう、俺は落ち着いていた。
自分のよくないもの、汚点をパーティーメンバーであるみんなに知られてしまった。
普通であれば、気持ち悪がられたりするはずだったが、そこに待っていたのは心配だった。
確かに、確かにだ…
これまでの俺の姿なんかを見れば、ヘンタイだったはずの人が、あきらかに俺が興奮するであろう女性を前にしても、興奮するはずもなく恐怖しているとなれば心配になるだろう。
それはわかる。
だけど、普通であれば嫌われてもおかしくはない。
実際に戦えない俺はここに置いていかれた。
でも、アイラたちがこの研究所から出て行ったときの顔を俺は覚えている。
あれは、俺が絶対に戻ってくるという目だった。
そこで俺は、思いつくある可能性に…
「なるほど、そういうことか」
「お?克服する方法を思いついたのか?」
「どうなんだろうな?」
「疑問に疑問で返すなよ」
「だってな。俺が考えていることがわかるのなら、この後はわかるだろ?」
「なんとなくな」
もう一人の俺はあきれたように言う。
俺は考えるのをやめて顔を叩いて気合を入れる。
そうだった…
この世界に来て、俺はなんだかんだでこうやってヘンタイとなって戦っている。
だったら、この流れに任せるのが一番いい。
俺がヘンタイかどうかは、俺の中に聞いてやればいいんだってな!
そして、俺は目を覚ました。
「まじかよ、起きた瞬間に世紀末みたいなことになってるな」
ヘンタイスキルは当たり前のように発動していない。
わかっている。
ここからどうしようかと、俺は考えていたときだった。
真剣な表情で何かをしようとしていた、ヤミと目が合った。
その視線を追うようにして、お姉ちゃんもこちらを見る。
「あ、起きたんだね」
「おぬし、だったら逃げるのじゃ」
ヤミの必死の言葉が聞こえるが、俺はお姉ちゃんの張り付いたような笑顔見てしまう。
いや、目を離せないと言うべきだろう。
体は震える。
これだけ、どこかエロスを感じるというのに、ヘンタイスキルを発動しないとなると恐怖が勝っているということなのだろう。
でも、だったらどうするのか?
それは決まっていた。
俺は駆けよってくるヤミに言うのだった。
「ヤミ!」
「なんじゃ」
「俺にパンツをくれ!」
力強く、ただ力強く。




