224話
「やばいな」
「お、おい!」
「え?」
俺は反射的にジャンプする。
足を下した瞬間に、地面が砕けて、その石がエルフの里へ向かって飛んでいく。
かなりの大きさのそれは、エルフの里にあったど真ん中の噴水を破壊した。
「こっちには飛んでこなかったな」
「そういう問題じゃないだろ!」
「いや、あの質量はさすがの俺でも防げるかわからないからな」
「本当か?」
「本当だ。特に今のままだとな」
そう、仮面をつけているとはいえ、ヘンタイスキルは完全なものじゃない。
そんな状態の俺では、あの大きさの石を破壊するのは難しい。
だというのに、できないのかという顔で見ないでほしい。
俺は別にあいつらのようなチートな能力を持っているわけではないのだから…
「でも、それじゃあどうするんだよ」
「決まってるだろ!」
俺はその言葉とともに、ジャンプしていたときにつかんでいたエルを大型ゴブリンに向かって投げた。
「おま、だから、ふざけんなああああああ」
そんな大声とともに飛んでいったせいで、かなりの注目を浴びてしまうが、関係ない。
やることは決まっているのだから…
大丈夫だ。
エメなら、それに無理やりにでも気づくはずだと思ったからだ。
「ああ、くそが!絶対もど…」
何かを言いかけたところで、エメはゲートを発動する。
それはかなりの大きさのものだ。
大型のゴブリン、そして、アイラたちと一部のエルフたちをのみこむと消える。
おっけい、なんとか俺がやってほしいものを理解してくれたようだ。
これで、なんとか俺も集中して戦えるからな。
「よし、うるさいのがいなくなったな」
「えっとよかったのですか?」
「いいのいいの、あいつうるさいからな」
「でも、ゲートを使えば戻ってこれるのではないのですか?」
「どうかな?あの大きさのゲートを作ったんだからな、かなりの魔力を使ったはずだし、すぐには戻ってこれないんじゃないのか?」
「確かに、そうかもしれませんね」
「ああ、俺たちもやらないといけないことをするか…」
「はい」
俺は地面に着地すると、女性に向き直る。
女性は本当に、楽しそうに笑う。
「なかなか楽しいことをしてくれるね」
「綺麗な女性に気に入ってもらえるとは嬉しい限りだな」
「口もうまいんだ」
「いや、なんとなく思ったことを言っただけだ。どういう存在なのかわかってるから余計にな」
「さすがは、この世界の異端児ってことはあるね、君」
「自覚はないがな」
「でも、少しは理由がわかってるってことかな?」
「なんとなくな」
「じゃあ、この世界で何が重要なものか、わかるよね」
「それは、試してみないとわからないな」
「じゃあ、試してみよっか」
女性はそう言いながら、笛を吹く。
喋る間、笛を吹く間。
すべてが、どこか貼り付けたような笑みだったのは言うまでもない。
俺はモンスターが現れるのを待つ。
「ふーん、現れるまで待つなんてことするんだ?」
「一応な、変身シーンなんかを邪魔するような野暮はしたくないからな」
「何、そのこだわり、面白いね」
「一応な」
そして、モンスターたちが現れる。
だが、モンスターたちは出てきてはすぐに魔石へと変化する。
誰かが倒している。
その誰かというのは、なんとなく理解していた。
「いや、遅れました」
そう言葉にしながら頭をかくのは、どこかで見たことがある男だ。
おもに、レックスのときにだと思うが、あっているのかと言われても、そこまでも自信は正直ない。
それよりも驚くのは、その男が一人ではないことだろう。
「分身の術…忍者みたいだな…無駄にカッコいいだと」
「すごいですね。同じ顔が…」
「本当にな、どこかで見たことがあるとは思うんだがな」
「ちょっと、酷いですよ。僕のこと忘れてしまいましたか?」
「すまない。野郎の名前は、ちょっと覚えてないな。名刺でももらえれば別なんだろうけどな」
「名刺ですか?」
「いや、なんでもない」
く、こんなときに嫌なことを思い出してしまった。
社畜時代にあった、明らかな無茶ぶりとしか思えないこと、名刺をもらった人の顔は覚えろというもの…
これを聞いたときには、じゃあ名刺にも免許のように顔写真を張れよと思ったのは言うまでもない。
く…
よくないことを思い出したな。
そんなことを今は考えるべきではないよな。
「ふーん、魔力が一定すぎてわからなかった。なんだか、違和感がすごい人みたい」
「ふう、これは面倒な人を相手にしないといけないみたいですね」
男は一人の男に足を持ち上げてもらう形でジャンプすると、俺たちと合流する。
「僕はイルと言います。あなたのお仲間には、挨拶をさせてもらったんですけどね」
「そうなのか」
「はい。あとはあなただけなのですが、僕のことは覚えていらっしゃいますか?」
「いけ好かない、俺のだましたやつとしか、わからないな」
「はは、確かに、あのときはだましましたね。ああしないと、レックスではあの男にあなたを好きにさせてしまうことになりましたからね」
「いや、ちゃんと理由はわかってる」
「まあ、あなたほどの人なら、そうですよね」
「本当に、ラグナロクのやつらは、俺のことをどういう評価で見てるんだよ…」
「それは、あの人に聞いてもらうしかありませんね」
「そうかよ」
あの人と言われて、仮面をつけた改造メイド服の女。
エンドのことを思い出す。
俺たちが会話を続けている間にも、女性の音色は続いている。
「また、なんかしてるな」
「ええ、頑張ってください」
「うん?俺がやるのが前提なのか?」
「当たり前ですよ」
「まじかよ…」
男のお願いを聞くのは完全に趣味じゃないのだが、いまだに横に抱えているエメを危険な目に合わせるというのは、さすがに忍びない。
俺はエメを地面におろすと、女性と、その横にいる異形の存在に目を向ける。
先ほどは、ゴブリンの集合体という感じで、ゴブリンのみが集まってできていたからこそ、見た目からなにもかもがゴブリンという感じだったが、今回のは違う。
呼び寄せたモンスターたちを寄せ集めて作ったモンスターという感じで、見た目も先ほどのゴブリンのように大きくなるというわけではない。
でも、どこか悪魔を思わせるその存在に、俺は驚く。
「嫌な予感しかしないんだが」
「あなたがそう思うのなら、相当ですね」
「ただしさん、逃げた方がいい…」
「そう言われてもな」
嫌な予感はしている。
だから逃げたいのはやまやまだが、できない理由はちゃんとある。
あの女性が笑っている。
「うんうん、逃げようとしてもダメ。だって逃がさないから…ご主人様の最高傑作をおかしくした人には、ここで死んでもらっても大丈夫だって、言われてるからね」
「そうかよ」
「そうそう…まあ、さっきの子でなんとかしたかったんだけど…でも、おかげでいい子が出来上がった」
「ギギギ、ガガガ…ギャアアアアア」
「いい声ね、さあ遊んでいらっしゃい」
その言葉とともに、モンスターの姿が消える。
俺は慌てながらも、地面を殴りつけた。




