214話
「落ち着いた?」
「叶はいつでも落ち着いてる」
「それだったら、ここに連れてきた人がそっちの女性じゃなくて、こっちの女性だということに気づいたの?」
「た、確かに、そこは気づいてなかったけど」
「だったら、だめじゃない?」
「ちょっと間違えただけなのに!お兄ちゃんなら許してくれるのに!」
「本当に?」
「うう…ごめんなさい」
「いえ、そ、そのこちらも勝手にこんなところに連れてきてしまったのが、もともとこうなってしまったせいですから…」
そういって彼女は微笑む。
目はいとでつながれているせいで、目の中が見えることがなかったが、笑っているのは雰囲気でわかる。
「それで、ここに連れてこられた理由が何なのか、教えてもらえる?」
「そうだね。説明するよ」
エルが話始めようとしたとき、その彼女が制す。
「いえ、ここに呼んだのはわたしですので、ここで話をするとしたら、それはわたしの役割ですから…」
「まあ、それならあたいはいいんだけど、無理はしないでよ」
「はい。エル、ありがとうございます」
目は見えていないはずの彼女だったが、しっかりとエルの方に顔を向けて頭を下げる。
そして、女性は私たちに向き直った。
「すみません。あなた方をここに連れてきてしまったのは、わたしのせいなのです」
「連れてきたのはあなたということは、私たちもさっきのことでわかったけど、あなたのせいっていうのは?」
「はい。それには、この目に関係があるのです」
その言葉とともに、女性は左手を左目に持っていく。
すっと、目から手をのけると、糸はなくなっている。
魔力か何かで封印しているだろう、そして、彼女は左目を開けた。
その瞬間だった、ぞわっと背筋が凍るような感覚に襲われる。
理由は簡単だった、その目が特殊すぎるからだった。
誰が見ても、その目は何かが宿っているとしか思えないもので、身構えてしまう私たちと違い、叶だけはその目を見ると言う。
「綺麗…宝石みたいだね」
私たちが目のことについて、戸惑う中で、叶だけはその異常なものを見ても、はしゃぐだけだった。
その様子に驚いたのは、私たちだけではなかった。
「まじか、あたいと同じことを言うやつがいるんだな」
「うん、お兄ちゃんも一緒のことを言うと思うけどね」
「確かに、あの男は言いそうだね」
「へえ、お兄ちゃんを知ってるんだ?」
「ま、一応あたいはラグナロクってところのメンバーだから、あの男とも面識があるって感じだな」
「そうなんだ。ラグナロクって、ちょっと中二っぽいけど、お兄ちゃんは好きそう」
「中二?」
「ううん、叶の世界の話しだよ」
「そういうことか!」
いつの間にかというべきか、一瞬張り詰めたはずの空気は叶と、エルのおかげで和らいでいた。
ただ、話も脱線してしまったので、女性はまたおろおろとしだす。
それを見た叶は、どこか納得したようにうなずくという。
「なるほど、相談したいことは、この子のことなんだね」
「そうだ。あたいの親友であり、この目をなんとかするために、あたいはラグナロクにいるからな」
「へえ、この目はやっぱり特殊なの?」
「そうだな…」
特殊な目。
二人がそんな会話をしていたから、私はその目を見てしまう。
最初に見たときは、どこか怖い目だと思っていたのに、綺麗と言われてみると、確かに綺麗だった。
どこか吸い込まれるような気持ちになる。
それほどまでに綺麗で…
無意識のうちに足が動きだす。
「ちっ、のまれ始めてる」
そんな言葉が響いたと思うと、私の体に強い衝撃がくる。
思わずしりもちをつく私だったが、先ほどまでの吸い込まれそうな感じがなくなる。
「アイラ様に何をするんですか!」
それに憤慨するシバルに、私は起き上がると声をかける。
「やめて、今のは私を助けてくれただけだから」
「アイラ様?急に突き飛ばされたのは事実ですよ」
「でも、それには理由があるって、さっき言ったでしょ?」
「それは…」
突き飛ばしたエルに詰め寄ろうとしたシバルを私はなんとか止めると、エルに聞く。
「理由があったから私を突き飛ばしたんでしょ?」
「まあね、何があったのか、突き飛ばされたならわかるでしょ?」
「なんとなくだけどね。その子の目に吸い込まれそうになったってところかな」
「へえ、やっぱりか。あたいが助けたかいがあったね」
「そうね。ちなみに、さっきのはなんなの?」
「すみません、わたしのせいで…」
「いえ…」
近づいてきた彼女の目は、再度糸のようなもので封印されている。
自分で目を封印していることを考えると、本当に何か特別なものだったのだろう。
私は全く見たこともなく、聞いたこともないその目に驚いた。
その目について、彼女は話を始める。
「この目は、服従の目。わたしの目を見ることで、魔力を持つすべての人がわたしの目で服従してしまうのです」
「魔力をもっていなければ、大丈夫なのでしょうか?」
「はい。わたしの目は相手の魔力に反応するものですから…」
「なるほど、だから叶には関係なかったんだね」
「はい。わたしのこの目は魔力がない、あなた方兄妹には通用しないものですね」
「お兄ちゃんのことを知っているの?」
「はい、予言で」
「へえ、予言って便利なんだね」
「そういう問題じゃないでしょ?いろいろツッコミどころがあるのがわからないの?」
「そうじゃぞ、便利って一言で片づけてよいものじゃないじゃろ?」
「そうかな?叶はその言葉で納得したよ?」
「なんとなくわかっておったのじゃが、おぬしら兄妹は考えがそもそもおかしいのじゃ、そんなすぐに納得できるものじゃないと思うのじゃが」
「そうかな?」
「ヤミ、あんまり相手をしても無駄だよ。もうわかってることでしょ?」
「そうなのじゃが、まあよい…それで、大丈夫なのじゃな?」
「うん、吸い込まれそうになった私が言うのもなんだけどね。大丈夫みたい。本当に感覚は、その目に吸い込まれそうになったってほうが近いわね」
「ふむ、それは味わってみないとわからないものじゃな」
「ヤミのは操られてみたいの?」
「魔力がないやつが効かないのなら、わらわのような特殊な存在も効かないと思うのじゃがな」
そんなことを言って考えこみ始めるヤミに私たちは戸惑う。
だって、今の会話で完全にヤミが違う存在だということがわかってしまったからだ。
さすがにシバルと二人で顔を見合わせるが、そんな私たちに気づいたのかエルが言う。
「あんたたち大丈夫よ。そのことについては、あたいらの党首も知ってるし、ここにいるエメもね」
「はい、予言の魔法で…」
その言葉で、私たちは思ってしまう。
予言って、ミライのスキルよりも優秀じゃないのかということに…
そんなことを話しているせいで、全く話が進まなかったのは言うまでもない。




