172話
「こういう状況になるとは、俺も想像してなかったな」
「仕方ありませんよ、ただしは馬車には乗れても、馬には乗れませんからね」
「いや、そうなんだけどな」
俺はそう言葉にしながらも、シバルに抱き着いている。
何をしているのか?
簡単なことだった。
馬に乗って、レックスに向かっているところだった。
ただ、馬に乗るなんて高度なことは俺にもできないのでシバルが馬を扱うことになったのだが、そこで俺はシバルの後ろに乗ることになった。
普通は逆なんだろうが、俺ができないので仕方ない。
それでも、馬を扱っているせいなのか、俺が抱き着いているせいなのか、息が荒いのだけはなんとかしてほしいものだ
乗ったときにはもっと力強く抱き着いて!
などと鼻息荒く言われたので、さすがの俺もはいそうですかとはならず…
ちょっとビクッてなった。
さすがにね、ドエムスキルがすぎてね。
そんなことがありながらも、最初のように馬に揺られている。
ちなみに、セイクリッドを経由して俺たちはレックスを目指していた。
「このまま何事もなくいけるのか?」
「わかりませんが、行かないといけないことは確かですから…」
「確かにそうだな。ちなみになんだが、レックスには検問とかあるのか?」
「そうですね、ありませんよ」
「そうなのか?」
「はい、基本的にレックスで評価されるのは強さですから、強ければレックスの中では地位を築くことができます」
「なるほどな。それなら確かに検問も必要ないのかもな」
結局強ければいい。
そうなってしまえば、検問などに無駄に人員を配置して人の妨げになるよりは人を多くいれるほうがいい。
ただ、強さがなければレックスでは生き残ることができないということさえ知っていればいいのだから余計にだろう。
ということは…
「都市は中心に一つあるくらいになるのか?」
「そうですね。確かにレックスという国では、中心であるセントラルレックスが一番なのですが、あとは東西南北に全て町があり、そこで一番になるとセントラルレックスではかなりのアドバンテージがあります」
「例えば?」
「はい、今回行われる剣術大会でいえばシード権をもらえたりします」
「なるほどな、それは確かに結構なアドバンテージだ」
スポーツとは違って剣術大会は、話しを聞いているだけでも戦いだ。
それも剣術大会は、レックスの一番を決める戦いということで、真剣などの相手を傷つける武器を使った戦いで、決着は参ったと言わせるか気絶させる。
あとは、殺すこと…
普通に嫌な大会だ。
この世界で当たり前のようにいる人たちとは違い、俺はそんな人の生き死にを見てきたわけではないので、さすがにそんな戦いが始まればずっと見るというのも難しい。
というか、人が死ぬのに対して声援を飛ばしながら見るというのも、あまりいい気はしない。
ただ、それを見ることで、俺はこう思うのかもしれない。
この世界は本当に異世界なんだということを…
いや、見たくはないな。
そんなことを考えながらも、俺たちはセイクリッドを抜けて、レックスへと入ったが…
「案の定なにもないな」
「はい、普通に誰もいませんよ」
「そうみたいだな」
レックスに入ったが、誰もいない。
当たり前だが、道は整備されているがそれだけだ。
「本当に誰もいないな」
「だから言っているでしょう」
「ああ…でも、そうなると食べ物なんかはどうしているんだ?」
「それに関しては肉体の健康を保つためということで、全ての人が行います」
「おお、そうなのか?」
「はい、基本的には午前中に畑仕事を行い、昼以降に稽古などを行うことになります」
「なるほどな…」
確かに畑仕事をすることで、ある程度筋力を使うから、それで肉体的に鍛えられるというのはありそうだ。
よくある俺が読んだことがある作品でも、剣士様がそんなことをしなくてもなんてことを言われながら、さわやかイケメンな剣士の男が、これまたさわやかな汗をかきながら、畑仕事をしているようなシーンを幾度となく見てきたしな。
でも、そうなると…
「レックスでは畑仕事が盛んなのか?」
「はい、レックスでは野菜や家畜などが盛んなものですね。アイラ様に聞いた話しでは、セイクリッドでは薬などを開発しているみたいですよ」
「そうなのか」
国によって作っているものをある程度限定しているということなのだろう。
なるほどなと思う。
だからレックスに入ってきて思うのは、なんとなくのどかな感じがするのか…
まあ、のどかなのは、話しを聞いている限りでは風景だけになりそうだけど…
「ちなみになんだけどな。まずは東西南北のどこかに行くのか?」
「そうですね。できれば、このレックスでの戦い方を見てもらうためにも、それが必要だと思います」
「でも、戦い方ってのは普通に剣で攻撃しあうだけじゃないのか?」
「確かに、普通であればそうなのですが、流派というべきか剣術にもいくつか種類もありますし、さらには剣だけではなく槍などもありますから」
「なるほどな、確かにそういうのはあるよな」
「はい、ですのでいろいろなことを戦う前に見ておいてほしいというのが正直なところになります」
「そういえば、シバルはいつもの剣と盾のスタイルで剣術大会に出るのか?」
「そうですね。ボクはこの剣術しかわかりませんから」
「そうか」
どこか寂しそうに言う、シバルに、俺は思いつく。
「それなら、俺が少し剣術を教えようか?」
「え?ただしはそんなことができるんですか?」
「そうだな。一応とある事情で剣は少し使ったことがあるからな」
そう、俺は妹が習うということで、一緒になって剣道を習っていたことがある。
ほんの一瞬だけど…
それでも、妹の練習台ということで、何度か相手をさせられていたので、剣の扱いという意味では、少しはできる。
それに、できれば俺も町に入る前に少しでも剣術というのを取り戻しておきたいしな。
そう思った俺たちは、早速馬をとめると、お互いに向かいあうのだった。




