165話
「そろそろ降ろすのじゃ!」
「本当に降りたいのか?」
「なんじゃと…」
「ヤミの足がしっかりと俺の頭を掴んでいるぞ!」
「くう、確かにさっき突っ込んで行ったせいで、少し体が強張っておるのじゃ」
「まあ、落ち着いたら降りるってことでいいだろ?」
「な、何故か丸め込まれたのじゃ」
そんな会話をしていると、俺たちは注目を浴びていたようだ。
どうしたんだろうか?
そう思っていると、黒い炎を出したであろう男が言う。
「おい!お前、なかなか面白いな!」
そんなことを言われた。
ただ、俺はそいつの顔を見て、驚きで何も言えなくなった。
そう、そいつは俺の知っているやつだ。
それも、俺とかなりの因縁がある。
どうしてこいつがここに?
俺は嫌な予感を覚えながらも、それでも冷静を保つ。
少し俺の雰囲気が変わったことに気が付いたのだろう、上に乗ったヤミが言う。
「おぬしは何ものじゃ?」
「ああ?俺か?俺はなんかよ、元のいた世界ではちょっと失敗しちゃってな。それでこの世界にこれたんだよ」
「意味がわからぬ」
「ああ、わからなくても大丈夫だ。俺のことがわかるのは一人だけだからな…そいつも事故でなくなったみたいでよ。だからこの世界に来るということに対して、俺は未練がなくて、この世界でもそいつと同じ存在を見つけようとしているんだな、これが!」
そんなことを楽しそうに男は言う。
ただ、そのやりたいこと、したいことというのが、俺を殺すことだということに俺以外の誰も気が付いてはいない。
しょうがない。
俺ですら、こいつがこの世界にまでくるなどということは想定していなかった。
それほどの相手だ。
だけど、今はそのことを思い出す暇はない。
だって、男が再度魔法を唱えようとするのだからだ。
「ほらほら、そんな相手を俺は求めてるんだよ」
「おい、いい加減にしろ!」
ただ、それに反応したのは俺たちではなかった。
二刀の剣を持った男。
たぶん、勇者が戦って負けたと言っていた相手で間違いないだろう。
その男が言葉を遮った。
それに対して、あの男はにやにやと楽しそうに笑うと両手をあげる。
「おお、怖い怖い。まあちょっと気分がのったから仕方ないだろ」
「だけどさっきの魔法は…」
「いいだろ?そこの面白そうなやつがなんとかしてくれたんだしな」
あの男はそう言いながらも、俺のほうを見る。
なるべく顔すらも合わせたいと思わない俺は、ヤミの太ももでしっかりと視線をガードする。
そんな俺のふざけた感じがありながらも、ようやく二刀の男は口を開く。
「愛すべき妹よ」
「…」
「今のでわかったな?こちらに必要なものがなんなのかということをな」
「それは…」
「妹よ、わかっているんだろ?そんな盾などしょせんは飾りでしかないんだ」
「でも…」
「それがわからないようではお前は大切なものも守ることはできないということを覚えておけ!」
「…」
「ああ、それとな。今度また剣術大会がある、わかるよな?」
「それは、でも、だって…」
「そこで待っている」
二刀の男はそう言うと踵を返す。
それに嫌な男もついていく。
「お前もこいよ」
呆気にとられていた宗次も、それにつれていかれた。
下手に何かをするということができないまま、俺たちはその姿をただ見守ることしかできないと思っていた。
ここにラグナロクのメンバーがいなければ…
「待っていただけますか?まだ、わたしたちはまだ、その勇者を処分することを諦めたわけではありませんので」
「と言われておりますよ」
「お前は黙っていろ…」
「へいへい」
「そうなると、ここで戦うということでいいんだな?」
「ええ、それで大丈夫です」
終わろうとしていた戦闘を再度始めようとするとは、エンドもなかなかの戦闘狂だな。
俺たちはこの後のこともあるから、こんなところでゆっくりしているわけにはいかないが…
「なあ、俺は目の前で人が死ぬのは嫌なんだが」
「そんなことを言っていましたね」
「そりゃな」
「あまい考えですね」
「そう言われることなんかわかってるよ。俺は別に好きで戦っているわけでもヘンタイな恰好をしているわけでもないって思ってるしな」
「だったら、その女の子を肩から降ろせばいいのでは?」
「ふ…それは、無理な相談だな」
「おい、おぬし…」
「だって仕方ないだろ、俺には必要なことなんだ!」
「はあ、そんなことを自信満々に言うってくらいには本当におかしい人なのですね」
「だって仕方ないだろ、俺はそういうやつなんだ」
「そうですか…本当にあなたのそういうところで、興がそがれましたね」
「そうか」
「はい、命拾いしましたね」
そう言いながら、エンドは視線をそらす。
それを見て、また嫌な男はからかうように言う。
「命拾いしたな」
「ああ?」
「俺たちがこなかったら死んでたもんな」
「ちっ…」
「おお、怖い怖い」
「いい加減にしろ!」
「へいへーい」
軽いのりで嫌な男は反省するような感じを少しだけだすと、こちらを向く。
「いやー、次はゆっくりと相手をしような」
その顔に張り付くのは、背中がぞわっとするような満面の笑みだ。
顔を見たヤミも思わず足に力が入るくらいには嫌な顔だった。
そうして、勇者二人と二刀の男の三人は去って行く。
俺たちはそれを見送りながらも、今後のことを決めるべくその感触を名残惜しみながらも、ヤミを地面におろすのだった。




