133話
中に入ると、アイラはこちらを見て言った。
「どうして来たの?」
ただ、俺はそう言われても、アイラの恰好が気になりすぎて、頭の中に入ってきているわけではなかった。
それはなぜか…
だって、アイラの恰好が、花嫁そのものだったからだ。
だから口をついた言葉はこれだった。
「えっと、誰だお前?」
言ってしまったときには、思わずやってしまったと思い、慌ててアイラの方を見ると、何かを言うということもなく唖然としている。
ミライも同じように、俺のことを化け物でも見るのかという顔で見ていた。
だって仕方ないだろう。
今のアイラの姿を見ると、どうしても考えてしまうのがこの言葉だ。
「馬子にも衣裳ってやつか…」
俺のその言葉で我に返ったのか、ミライが服を引っ張る。
「どうしたんだ?」
「どうしたじゃないでしょ、アイラに向かって誰だ、なんてことは言わないでしょ?」
「いや、だって知らない人みたいだったからな」
「確かにね。花嫁衣裳だから綺麗だけど、アイラはアイラでしょ?」
「そう思うのか?」
「逆に何が違うの?」
ミライにそう言われて、雰囲気が違うと言いそうになるのをこらえる。
それはなぜか?
だって、それを言ってしまえば、なんとなくアイラはそれを認めてしまいそうだから…
そんなアイラを視たくないというのもあるけれど、あとはイラっとするからだ。
なんでか?
簡単だ。
アイラがいなければ、俺はヘンタイスキルを使いまくって自由にヘンタイになり、そして捕まっていたというのに…
そうだ。
ここまで人として、この世界で体裁を保ってこられたのはアイラのおかげだ。
だから、こんなところで弱気になっているアイラを見て、別人なのではと思ってしまう。
これまでのアイラは、どこか傍若無人で、さらには冒険者という職業に憧れる女の子で、落ち込むなんてことはほとんどなくて、俺たちを引っ張っていくような、そんな存在だった。
それなのに今はどうだ?
こんな言葉を言いたくはないが…
「よし、帰るか!」
「ちょっと、待って、何を言ってるのよ、ただし」
「うん?どうかしたのかミライ?」
「どうかしたのかじゃないと思うけど」
「そうか?でも、目的は達しただろ?」
「目的?達してないと思うけど」
「そうか?」
俺は怒るミライを見ることはするが、アイラの方を見ることはなかった。
だからか、ミライはアイラに声をかける。
「アイラ大丈夫?」
「私は、大丈夫だよ」
「だったらここから出ようよ」
「それはでも…」
ミライのその言葉にアイラは戸惑う。
それはなんでなのか、ミライにはそれがわからない。
それでも、俺はその顔を見ればわかる。
なんでなのか?
それは過去の俺だからだ。
何かを諦めて、流されて…
夢を…
自分の願いを頭では思っているし、その未来を叶えた後のことを想像する。
それでも、できるのはそこまでで、俺たちは結局行動することもなく、夢を叶えた人たちをどこか遠い存在と思ってしまう。
普通であれば、それに向かっていくはずだったエネルギーや思いも、なかったものと考えてしまう。
そう、誰でもあるタイミングだ。
俺だって、過去は何もできなくて、何人もの人を傷つけてきた。
それでも、どうしてか童貞だけは守りたくもないのに守って…
そんなどうしようもない人生だったからこそ、俺は自分が思い描く、楽しい未来へと連れて行ってくれそうな、アイラたちと一緒にいたというのに、アイラ本人がこうなってしまってはどうしようもない。
前に進めなくなったとき、引っ張っていくのか、前に進むまで待つのか?
それは相手にもよるのかもしれない。
それでも、アイラはこれまで前に進んできた。
だから、立ち止まるのか進むのか、決めるのはこのタイミングだ。
俺はもう、この世界に来て、何もかもがバカなスキルであるヘンタイスキルに出会った。
それは、俺を立ち止まることすらも考える暇もなく、ここまで進んできた理由なのかもしれない。
だからこそ、俺は駆け抜ける。
俺は部屋から出た。
「あ、ちょっと」
ミライから、そんな言葉を聞いた俺だったが、アイラについてはしょうがない。
今は時間が必要だ。
それに、アイラの今の姿を見たらわかる。
アイラが前に進むチャンスがあるのは、このタイミングではないのかもしれない。
アイラは俺を追いかけることもなく、ただボーっとこちらを見ている。
その表情を見たミライも、何かを察したのか俺についてくる。
お互いに感じた。
今アイラには時間が必要だ。
「だから、お前には会いたくなかったんだけどな」
「僕は会いたかったですけどね」
「へいへい。それで、どうするんだ?」
「もちろんあなたたちを…いえ、あなたを捕えるためにね」
「私は捕えられたりしないけどね」
「ということは裏切ったってことでいいですね?」
「そうですね」
「まあ、今この国にはもうあなたは必要ありませんから」
「だったら、誰が必要なんだ?」
「それは僕を倒してからにしてくれませんかね」
男…
セコはそう言ってから後ろに控えていた神官や、修道女たちが前に出る。
「お前が戦うわけじゃないんだな」
「何を言ってるんですか?僕は真打、戦うとしても最後ですよ」
「ふ、じゃあ俺たちが強すぎてビビるなよ」
俺たちは神官たちと戦うことになった。
ただ、アイラの部屋の扉はゆっくりと閉まる。
閉まり始めた扉に、アイラはゆっくりと手を伸ばす。
でも、それは何も掴まなかった。




