130話
「帰ってこないのお」
「そうですね」
「忘れられているとかありませんよね」
「あいつならやりかねないのじゃ」
「いえ、さすがに何かが起こったと考えるべきじゃないですか?」
「そうじゃが、見ていたらわかるのじゃ、結界というべき何かは消えたのじゃぞ」
「そうですね」
シバルはそう口にしながらも、状況を考えていた。
戻ってこれない理由があるのだろうか?
もしかして何か不足の事態に陥っているとか?
シバルはそんなことを頭で考えるが、正解を導くことはできない。
ここには今号令を下す人がいないからということもあるのだろう。
これまではアイラやただしが最終的な決定をしていたために、こういう場面では何も言えなくなってしまったシバルを後目に、ヤミは一つうなずくと、馬車に乗る。
「まずは行ってみてから考えるのじゃ!」
それは短絡的ではあったが、現状の打開策でもあった。
シバルとバーバルはその言葉でうなずきあうと、馬車に乗り、前に進み始めた。
正面突破は難しい。
だから回り道をしながら進まないといけない。
シバルたちはそう考えていたが、実際はそうはならなかった。
「おらしゃ」
そんな声とともに、セイクリッドの検問がある場所のところで、勇者が現れたからだ。
驚きながらも、馬車をとめるシバルに対して、勇者は手をあげると気さくに挨拶をする。
「よう、なんだあいつらの仲間じゃねえか」
「勇者…」
「おう、そんな怖い顔をするなって、オレはすでにあいつに完敗させられたからな」
「え?」
すがすがしくそんなことを言う勇者に、シバルは何を言っているのかわからなかった。
だって、勇者は出会ったあの瞬間から強いオーラというべきか、それがあったからだ。
それなのに、ただしに完敗したと、スッキリとした顔で言われれば何が起こったのかさえも、みんなが気になる感じだ。
そんな気配はあるが、誰かが質問をするということはなく、再度勇者は言う。
「それで?お前たちはどうしてこんなところにいるんだ?」
「え?ボクたちは、今から入るつもりで…」
「なんだ、一緒に入るんじゃないのか?」
勇者はつまらなそうにそう言うが、すぐに首を振った。
「いや、よく考えると、あいつと一対一で戦いたかったからよかったのかしれないな」
そう自分で納得すると、すぐにどこかに行くのか、足をトントンと整える。
その状況を見て、シバルは聞く。
「どこかに行くんですか?」
「そうだな。オレは強くなりたいんだ。だから強くなれる場所に行く」
「そんなところ…」
「あるわけないってか?」
「そうなのかもしれないが、ただ、あるかもしれないだろ」
「…」
「また、どこかで出会うことがあるかもな」
その言葉だけを残し、勇者は去って行く。
シバルたちは勇者が通った検問を通過する。
事前に、警備している神官たちと戦闘になるかもしれないと警戒をしていたが、それもなかった。
「これは…」
「さっきのやつがやったのじゃな」
「そうみたいね」
検問があった場所では、多数の神官たちが横たわっている。
それも、わざわざ縄で縛られていた。
そのことを考えると、たぶん気絶させられているだけなのだろうが…
人数の多さに三人は驚いた。
「あの勇者の強さだと、束になっても相手にならないんだ」
「そうみたいじゃな。手加減をしてこれじゃからの」
「すごいわね」
「それでも、ボクたちがこのまま通ることができるなら、よかったのかな」
「そうじゃな、このままセイクリッドの王都である、セイクリッドまで行けばよいのじゃな?」
「はい。道は一応覚えているので、このまま馬車で突っ込みます」
三人はセイクリッドの王都へ向けて馬車を走らせる。
どれくらいの時間がかかるのか、正確なことはわからないながらも、急がないといけないとシバルはさらに馬車のスピードを上げる。
意識はただ、セイクリッドへと向かうことに集中していた。
だからだろう、一つの平行してくる音に気づくのが遅れた。
「危ないのじゃ!」
何かを察知したヤミによって、三人は馬車の外に投げ出される。
ただ、馬車はその何者かによって壊される。
「今のを避けるとはそなたらはなかなかやるな」
そんな言葉とともに現れたのは馬に乗った一人の男だった。
何故、この場所にいるのかということはわからないし、誰なのかもわからない。
普通であればそうだったし、この場にもし戦ったことのあるただしがいても、どうしてこの場所にいるのかわからなかっただろう。
ただ、シバルだけは違った。
「ノーシュ…」
「ああ、これはシバル様ごぶさたしております」
「シバルさんの知り合いなのかしら?」
「は、はい」
シバルはそう返事をするが、どこかぎこちない。
それはなぜか、すぐに相手の言葉でわかる。
「シバル様。我が剣をささげる相手を見つけたと言われておりましたよね」
「…」
「それはどなたかな?それを守るために、シバル様は剣を振るっていらっしゃると思っておりますから、それを少し試させてもらってもよろしいかな?」
そう言葉にすると、ノーシュと呼ばれた男はもっていた槍を構える。
沸き立つ強者としてのオーラにあてられたのか、シバルは体を震わせた。
それでも懸命に口を開く。
「逃げてください」
「我の攻撃をうけてみよ」
ノーシュはその言葉とともに馬を走らせる。
それに対するように三人も構えた。
シバルは剣と盾を、バーバルは杖をもち、ヤミもカモフラージュのためなのか剣を構える。
馬の勢いと、さらには上からの勢いによって槍から放たれる横なぎの勢いは凄まじいものになることは全員がわかっていた。
「シバルさん、魔法でゾーンをはるわね」
「はい」
「風よ、味方には追い風を、敵には向かい風を、ウィンドゾーン」
バーバルの魔法によって、この場所に自分たちに有利な風がふきだす。
「ほほう、これは面白い魔法だな」
ただ、ノーシュはそんなことで怯むこともなく。
馬にのり、風の抵抗はかなりのものだったはずだが、スピードが緩むこともない。
「行くぞ、聖騎士槍術改、人馬一体二の型、重薙ぎ払い」
そして、その言葉とともに放たれるのは、その大きな槍を使った攻撃。
ただ振り回すだけでも、大きさとそれに対する重さでかなりの威力がうまれるが、そこに馬による推進力がうまれて、威力は凄まじいものとなっていた。
「くううううがは…」
「シバルさん!」
一瞬シバルは構えた盾で攻撃を耐えたように思えたが、すぐに弾き飛ばされる。
地面には肩から倒れる。
「くう…」
「く、火よ、相手を焼き尽くす炎となせ、ファイアー」
「ぬん!」
「ダメなの?」
「もっと威力がないと、我に届くことはないぞ」
バーバルの魔法を槍を振るうことで文字通り、払ったノーシュはそう言うと、つまらなそうにシバルに目を向ける。
「シバル様、これで終わりでしょうか?」
その言葉に、シバルは立ち上がろうともがく。
それでも力があまり入らないのか、うまく立ち上がれない。
ノーシュはそんなシバルを見下すように言う。
「だから言ったでしょう。我らと同じように、誰かと戦う力を身に着けることが必要だと」
「く…」
「守る力など、無意味だとわかりましたかな?」
「く、くう…」
何も言い返せなくなっているシバルを助けるために、バーバルは再度魔法を唱えようと構えるが、それをヤミが手で制した。
「ヤミちゃん?」
「ふむ、守る力というものが無意味じゃというのじゃな?」
「ははは、そうだ。強いというのは力だ」
「力のう、こういうことかの?」
ヤミはそう言うと、魔力をあふれさせる。
それはまるで相手を威嚇するかのように…
「ほう、これはなかなかいい魔力だが、使うのは攻撃のためにだろう?」
「ふむ…そうじゃな。それもよいのかもな」
「そうだろ。魔力は攻撃力をあげるために存在しているのだからな」
「くく、そうじゃな、それもありなのかもしれないのじゃがな」
「違うというのか?」
「そうじゃな、今回はお主にイラっとしたから対抗心を燃やしたくなったのじゃ。だから違うことに使うのじゃ」
「ほう、というのは?」
「人馬一体じゃからこそ、これは効くじゃろ」
ヤミはそう言うと、足を上に振り上げる。
ヤミのことを知らなければ、それで何ができるのかと思うかもしれない。
でも、それを知っているバーバルはシバルの元へと走る。
「行くのじゃ、ドラゴンの激震!」
「なに!」
ノーシュは驚く。
当たり前だろう。
幼女の見た目をした女の子の足が急にドラゴンの姿になったと思ったら、地面を揺らしたのだからだ。
それでも、ノーシュは人馬一体。
馬を操ることで、揺れる地面をやり過ごすことに成功するが、すでにそこには三人の姿はない。
そして、いないことに気づいたときには地面に影が落ちる。
「上か!」
ノーシュは空を見上げるが、そこにはすでに翼を広げて空を飛ぶ三人の姿があった。
三人の姿はセイクリッドの王都へ向かって進んで行く。
「ふむ、目的は達した、どうせすぐに出会うことになるでしょうしね」
ノーシュはその言葉とともに、去って行く。
三人はというと…
「魔力がきれそうなのじゃ…」
「え?」
「…」
「すまないのじゃ」
「ちょっと、シバルさん、しっかりしてください」
バーバルは隣で同じように掴まれているシバルに言うが、シバルは何も言うことはなく黙ったままだ。
この状況でどうにかできるのは自分しかない。
そう考えたバーバルは魔力を高める。
「あーもう。わたくしがなんとかするしかないなんて!」
そう言葉にしながらも魔法を発動したバーバルのおかげで事なきを得た三人はただしたちが待つ王都に向かって進んで行ったのだった。




