112話
「バーバル、シバルを頼めるか?」
「いいですけれど、ただしは?」
「決まってるだろ、あいつを倒す」
「だったら、わたくしも付き合いますわ」
「そうか?」
「だって、遠距離攻撃が必要でしょ?」
「確かにそうだな」
俺たちは構えをとる。
本当は今にも追いたいが、今の俺では追いつけないのは明白だからだ。
それに、このキメラを放っておくこともできない。
キメラは、地面を蹴った。
「来るぞ!」
「ただし、追い風をかけます」
「おう」
「風よ、味方には追い風を、敵には向かい風を、ウィンドゾーン」
まずはバーバルの魔法によって、風の流れが変わる。
キメラの突進の勢いがほんの少しではあったがにぶる。
かなり使える魔法ということだろう。
「ギャアアアアア」
「こっちだ!」
バーバルたちに近づかないように、俺はキメラの注意を引く。
でも、やっぱりきついよな。
俺一人だと…
前衛はいつも、俺とシバルの二人だった。
だからうまくいっていたということもあった。
でも今はシバルが、使える状態じゃない。
一人でやるしかないってことだな。
あれをやるしかないな。
スキルの発動としては、弱いが使えるものは使うしかない。
俺は懐からストッキングを取り出すと、頭に被る。
変顔になった顔と、見た目はすでにヘンタイだろう。
「ただし、何をやっているんですか?」
まあ、そうなるよな。
急な俺の行動によって、バーバルは頭がおかしいと思ったみたいで声をかけてくれるが、俺は至って正常だった。
間違っているのは、俺のスキルであって、俺ではないはずだ。
そんなことを思いながらも、力が湧き上がってくるのを感じる。
いつものような、下着を被るという真の意味でのヘンタイではないが…
それでも、ヘンタイスキルは発動している。
「ギャアアアアア」
キメラは再度突進の攻撃。
俺は完璧に避けたのと同時に拳をつきだす。
横面をこれで!
「上じゃ!」
攻撃が当たると思ったときには、その声で後ろに飛んでいた。
そして、俺が今までいた場所には蛇の頭が通過していった。
あぶねえ、ヤミの声がなかったらやられていたな。
くそ…
キメラと戦っているのは、俺たちのパーティーだけだ。
さっきまで一緒に戦っていたとは言い難いが、それでもモンスターと戦っていたあの神官みたいなやつらも、勇者が去るのと同時についていっている。
「こういうことは言いたくないが、枚数が足りないな」
大型のキメラに対して、戦っているのは俺とバーバルの二人だけで、シバルはヤミに支えられるようにして立っているだけだ。
せめて、シバルは戦えるようになってもらわないと困る。
それに、できればヤミも…
というか、こういう怪物と戦う役目って怪物が担うものじゃないのか?
モンスターハンターじゃないんだぞ。
俺はそんな悪態をつきながらも、キメラに向き直る。
「グルルルル…」
「風よ、相手を切り刻む風となせ、ウィンド」
バーバルからの風魔法がキメラに飛んでいくが、さすがはキメラというところだろう、硬い。
肌をなでる程度で、切り刻む勢いでは当たることはない。
合成することで、見た目のモンスターよりも強い皮膚をもっているということなのだろう。
でも、相手の注意はそれた。
まずは尻尾からだ。
俺は変な顔になりながらも、蛇の尻尾に向かって駆ける。
「ギャギャギャギィイイイイイ」
「うるせえ!」
尻尾だけが意思をもって攻撃をしかけてくる。
俺はストッキングを懐から取り出すと、両手をクロスして蛇からの噛みつき攻撃をストッキングをわっかにして、その間に首をいれるようにしてストッキングを首に巻き付けた。
くそ蛇め、締め上げる。
そのままの勢いで、ストッキングで蛇を締め上げようとしたときだった。
「バサッ…」
そんな音が鳴る。
こいつ、まじかよ。
このまま飛ぶ気かよ。
翼を広げたのだ。
それによって、風圧が俺のもとに届く。
くそ、体が浮きそうだ。
慌てて俺はストッキングを手から離した。
距離を取る。
キメラは外れたことを確認すると、そのままの勢いで翼を広げ空に上がろうとする。
「させないわよ、土よ、岩の塊を我の前に作れ、アースストーン」
その言葉とともにできたのは石の塊。
キメラの頭上にできたそれは、そのままキメラへと当たる。
「ギャギャ、グルルルル」
単純ではあるが岩の塊が直撃したおかげでキメラは苦悶の声をあげて、こちらを威嚇する。
ただ、キメラは俺の予想とは違い、視線をバーバルの方へと向けていた。
それに気づいたときには、キメラはバーバルに向かって走り始めていた。
「来ますわね」
「く…」
カバーするために、前に回り込もうとするが、急に現れたウルフのモンスターに行く手を阻まれる。
「こんなときに!」
「ギャギャ」
ゲートが壊れていないから、そこから現れたということだろう。
「邪魔だ!」
俺はウルフのモンスターを殴り飛ばす。
ただ、そのやってとられた時間で十分だった。
キメラは、もう俺が守れない距離までバーバルへと近づいて、虎の牙を向けていた。
それでも、バーバルもその近距離というのを待っていたようで、魔法を放つ。
「火よ、相手を焼き尽くす炎となせ、ファイア」
「ガアアアア」
ひときわ魔力を込めた火の魔法だった。
ただ、キメラも魔法がくることがわかっていたのだろう。
そんな咆哮とともに、勢いよく何かが口から放たれる。
それによって、炎は消える。
「ガアアアア、ガアアアア」
ただ、それは一撃ではない。
二撃、三撃と口から、キメラの口から魔力を纏った何かが放たれる。
「あ…」
「バーバル!」
それはバーバルに当たる前に、黒い何かによって防がれる。
黒い何かは、黒い鱗、大きな爪。
それはまるで…
「やれやれ、見ていられないのじゃ」
その言葉とともに、その手を携えた幼女が前に出る。
「ヤミちゃん?」
バーバルが驚いたように口を開くが、ヤミは顔を楽しそうに笑わせている。
「あやつのおかで、わらわの力が一部戻ったのじゃからな。最初は使わないつもりじゃったが、あまりにも腑抜けしかおらぬようじゃからの、わらわがやり方を見せてやるのじゃ」
「グルルルル」
「うるさいのじゃ!」
「ギャウウゥゥゥゥウウウウ」
黒龍としての右手で、キメラを殴る。
それによって、キメラは簡単に吹き飛ぶ。
「なあ、おぬしたち?わらわが倒してしまってもよいのじゃろ?」
その言葉とともに浮かべた表情は楽しそうなものだった。




