111話
「我の前に絶対に通さない聖なる壁を作りたまえ、ホーリーバリア」
アイラのいつものように力強い魔法を唱える声が聞こえる。
俺たちは、戻ってきてすぐに戦いが始まっているとは思わず驚いた。
戦っているのはモンスターだ。
「おいおい、こりゃどういう状況だ?」
「俺にもわからねえよ」
「なんだよ、オレはお前と戦うために戻ってきたっていうのになあ」
「でも、それどころじゃないだろ?」
俺はチラッと見えたアイラが傷を負っていることから、すぐに向かいたいのを我慢しながらも男に言うが、それに対しての男はどこか嬉しそうだ。
口角を吊り上げている。
俺はすぐにヤミを抱きかかえながらも、前に駆けた。
「へえ、やっぱり武器がないとリーチが短くてしょうがねえな」
「こんなときに攻撃するなよ」
「いやー…だってなあ。オレには関係ないことなんだ。わかるだろ?」
「わからねえな。こんな状況で攻撃してくるバカみたいなやつのことなんてな」
「そんなに怒るなよ。こいつらはモンスターだろ?」
「わかってるなら、どうして攻撃してくる?」
「だってなあ、モンスターがいたくらいでオレたちが戦わない理由がないだろ!」
「ギャアアアアア」
その言葉とともに、狼の顔をしたモンスターが勇者に向かって攻撃を行ってくる。
剣による振り下ろし…
その攻撃を、勇者はいとも簡単に避ける。
最初から動きがいいとは思っていたが、あんなに簡単に避けるとは思っていなかった。
「剣か、いいなあ」
「ギャアアアアア」
「うるさいぞお!」
その言葉とともに、狼のモンスターは殴られる。
ドンという音が聞こえる踏み込みによって地面が揺れる勢いで殴られたモンスターはそのまま倒される。
勇者は落ちた剣を手に取った。
「へえ、いいじゃねえかよ」
俺はモンスターに目がいっている間に、アイラたちを合流しようとした。
「危ないのじゃ!」
「ちい!」
「おいおい、どこに行くんだよ!」
すぐに俺たちに気づいた勇者が剣を投げてくる。
本当に、面倒くさいやつが相手になったな。
ヤミの声で、わかっていた俺は完璧に避けることができたが、それでもこのまま合流することは難しいだろう。
やるしかないな。
「ヤミ!」
「なんじゃ?」
「アイラたちを頼む!」
「何をする気じゃ…おぬし、まさか!」
「てい!」
「うわーーー、なのじゃーーーー」
アイラたちに向かって、ヤミを投げる。
これで、自由に戦えるな。
それに、ヤミは一応黒龍らしいからな、アイラたちを助けてくれるだろう。
俺は、この狂った勇者と戦うしかないからな。
本当はスキルを使いたいが、さすがにこれだけの人に見られている手前、使うことは難しいだろう。
というか、ふざけているとまた思われるだろう。
それに、いろいろなことに気を付けながら下着を被ることができないだろう。
いつものように手にナックルをはめる。
「おお、やる気になってくれて嬉しいな」
「俺は別にやる気はないけどな」
「そんな悲しいことを言うなよ、オレはお前とやってみたいんだよ。魔力がねえ、お前とな」
勇者は俺に向かって走ってくる。
剣は投げてきたので、武器は何もない。
ただ、俺はナックルをつけないとこいつには対抗できないことはすでにわかっている。
ただ、お互いに柄物は拳だ。
ドンという踏み込む音がする。
俺よりも確実に強い踏み込み、お互いの拳が当たる。
「うらあ!」
「ぐう…」
「へえ、吹っ飛ぶくらいか」
「なんて力だよ」
「八割くらいの力だったが、これをくらってその程度で済むのは何人目だろうな」
「無茶苦茶だな」
「何を言ってる?本気とは程遠い力だぞ」
「いや、今八割って…」
「ああ、これは肉体だけってことだ」
「何を…」
「魔力の上乗せが、これだ!」
その瞬間に俺は死ぬと直感した。
だからこそ、横に飛ぼうとするが、間に合うはずがない。
ただ、そのときに俺の目の前に光の壁ができあがる。
魔力を纏った勇者の男が放った何かは光の壁にぶつかる。
「光の壁か、やるな!」
「ただし…」
「アイラ!」
「アイラ様、大丈夫ですか」
「おぬし、わらわを投げるとはひどいのじゃ」
「ただしは急に変なことをするわよね」
アイラたちが、横に並ぶ。
モンスターもいるが、合流したほうが戦いやすいと思って、戦いながらこちらによってきてくれていたのだ。
さっきの魔法も、アイラが合間を見て、発動してくれたのだろう。
三体いたウルフのモンスターは倒されているのかいない。
あと残っているのは、空を飛んでいる鳥だが…
「いい加減に、空を自由に飛び回る鳥にもうんざりしてますのよね」
「バーバルお姉ちゃん?」
「ふふふ、大丈夫だよ。今から全部の翼を落としてあげる!」
バーバルのドSスキルが発動しているのだろう。
口調も変わっているので、わかりやすい。
だからといって、アイラは怪我で先ほどの壁を作るのが、精一杯だろう。
あとは、シバルだけれど、シバルもアイラのことを心配することに集中しているので、戦力になるか怪しい。
戦えるのは、俺とヤミ、バーバルだろう。
その中でも、俺は勇者と戦わないといけない。
どうやって、この状況をやり過ごせば…
やはり被るしかないのか?
俺は迷っていた。
そんなときだった、周りにいた他のやつから声が聞こえる。
「勇者様、こちらに助太刀をしてはいただけませんでしょうか?」
「なんだ?急に声をかけてくんじゃねえぞ、おい…」
「ですが、あなた様は、勇者としてこの世界を救うためにこられたのですから、手伝うのは当然の義務というものでしょう、どうですか?」
「はあ…オレに命令できるのは、最低でもオレよりも強いやつってことがわからないことにはできないんだがなあ…」
「そんなことを言っている場合ではないでしょう」
「本当に、うるせえな!」
神官の見た目をした男は必死に、勇者に声をかけたが、それに対して、勇者は鬱陶しがるだけだ。
ただ、そこで何かを思いついたのか口角を吊り上げて笑う。
「そうだ、いいことを思いついたぞ。おい!手伝ってやるよ」
「それはありがたがふはああ…」
「ほら、吹き飛ばしたぞ」
本当に狂ってやがるじゃねえかよ。
勇者の男は、話しかけてきた神官ごと、モンスターを殴り飛ばしていた。
本当に、見えないくらいには最低でも速い攻撃に、俺たちは息をのむ。
「神官様!」
「おら、おら、おらおらおあらおら!」
拳のによるラッシュだ。
神官を挟んだうえでモンスターに攻撃するという、おかしい現状に、俺たちは何もできないでいた。
さすがのバーバルも硬直している。
上にいた鳥のモンスターも、その脅威に、向かっていくが、すぐに返り討ちにあう。
「なんだよ、手ごたえがねえな」
「ぐふぅ…」
「お、意外としぶといなあ」
「なんてことを!」
「なんだ?倒したっていうのに、オレに文句を言うのか?」
構えをとっている周りの神官たちにやれやれと勇者は肩をすくめる。
ただ、そんな臨戦態勢は、モンスターの咆哮によって終わる。
「ギャアアアアア」
「おお?ボスか何かか?」
ひときわ大きいモンスターが現れる。
そこには黒い穴があった。
あそこから、モンスターが現れているのか?
最初に聞いたことがあった、モンスター進行を思いだす。
あのときは確かゴブリンたちだった。
今回は、ウルフと鳥のモンスター。
それに、あれは…
キメラだよな。
虎の顔に、鳥の羽、蛇のしっぽをもつといえば、俺がしっているキメラの特徴そのものだったからだ。
どうすればいいっていうんだよ。
そんなときに、神官のほうから一人の女性が前に出る。
「うん?なんだ?」
「勇者様。私から進言します」
「まあ、女の話は一応聞いてやるか」
「ありがとうございます。あの黒い穴を壊してはいただけませんか?」
「うん?あれが何かわかるのか?」
「あれは、勇者様のみが壊せるゲートです」
「ゲートだと?」
「そうです、勇者様が召喚されるときに、試練として現れるのが、今回のようなゲートであり、モンスターを倒すという経験を積ませるものとしてあるのです」
「へえ、なるほどな」
「わかっていただけましたか?」
「ああ!」
その言葉とともに、男は走る。
ゲートを壊すため、誰もがそう思っていただろう。
ただ、俺は警戒をしていた。
それでも…
「おせえな」
「くそが!」
「アイラ様!」
反応は確かにしていた、それでもスキルを発動していない俺には、ついていけないスピード。
気づいたときには、シバルに支えられたいたアイラが、勇者の小脇に抱えられていた。
「はな…」
「くくく…」
「おい、アイラを離せ!」
「やだなあ、離すと、お前と戦えないだろ?」
「んだと…」
「それと、そいつらの相手はお前がしろよ、取り戻しにくるなら、それくらいは倒してもらわないといけないしな」
「アイラ様!アイラ様!」
シバルは必死に手を伸ばしている。
ただ、それが届くことはない。
俺は今すぐにでもアイラを助けたいと思いながらも、出てきたキメラからの攻撃をよけるためにシバルを突き飛ばすことで精一杯だった。
勇者は、アイラを連れ去って、この場を去ったのだった。




