110話
ただしとヤミちゃんが転送陣に入っていって数秒後に、私たちは最悪のやつらと出会っていた。
「あれー、これは聖女様じゃないですか」
「あんたは…」
「久しぶりですね。あ、そういえば今は元聖女様でしたねえ」
「アイラ様」
「あっれー、騎士様も一緒だとは、本当に仲良しだな」
「うるさいわね、あんたはどうしてここに来たのよ」
「そんなこと、元聖女のあなたなら、わかるだろう?おい、行くぞ」
『は!』
その言葉に反応するのは、一緒に来ていた男女だった。
基本的に白い上下の鎧を着た人たちと、私と同じような修道女の服に身を包んでいるものだ。
勇者を迎える部隊。
セイクリッド隊なんて呼ばれていたその小隊は、勇者が召喚される遺跡が見つかるたびに組まれる。
理由は簡単だ。
勇者を召喚すると、その勇者と一緒にパーティーを組むために組織されたものたちだからだ。
しかも、今回選ばれたのが、あの大嫌いなやつだとは思わなかったわね。
シバルもそれをわかって、庇ってくれているというのがわかる。
それを知ってか、男はさらに気持ち悪い顔で笑う。
「いやー、今回の新しい勇者様はどんな人かはわかりませんが、それでもあなたたちみたいなミスはしませんよ」
「それはどうも」
ミスというのは、勇者の誘いを断るということだろう。
それでも、好きでもない相手と何かをするという行為そのものが、嫌だった。
だから拒否した、そのことについて後悔はしていない。
結局、あの勇者なら、その選択は間違っていないと思うしね。
「それで、そんなことのために声をかけてきたの?」
「いやー、一応ね。元聖女様の親友が今回勇者の新しい相手になることが確定しているのでね、挨拶をしたいかなって思いまして、声をかけさせていただいたんですよ」
「え?」
「アイラ…」
「ミライ…どうして…」
「聖女になるってことは、こういうことだって、アイラならわかるでしょ?」
「でも、ミライ、あなたは…」
「それでもスキルがあるから、わかるでしょ?」
「わからないよ。どうして、ミライが…」
「アイラのお友達?」
「バーバル…」
私はバーバルの方を見て、うなずく。
そう、ミライは私の友達だった。
私は修道女魔法と棒術という二つの優れた能力を持っていたから、修道女として、セイクリッドにいる修道院ではかなり有名だった。
そこに、ミライはスキルというところで私と同じくらい有名だった。
そのスキルは、予知。
私のわからないという将来性がないスキルと違って、ミライは予知によって、この後に起こることがなんとなくわかる。
それによって、セイクリッドでは今後の国を確実とはわからないにせよ、わかることとして、ミライのことはセイクリッドの国で囲っていたというのに…
どうしてミライがいるというのよ…
それに対して、あの男はイラつく顔で言う。
「いやー、そのミライ自信が、予知で見たというのだよ。この転送陣から出てくる相手が、運命の人だということにねえ」
「だからって、連れてきたってことなの?
「そうだとも、僕たちはこの子のことを信用しているからねえ、あなたと違ってね」
「く…」
確かに、私はセイクリッドからの期待に裏切ってしまった。
勇者の相手になって聖女になるということに対して、あの勇者が気持ち悪すぎたせいで、裏切ってしまっただけで、実はミライから勇者に会う前に言われていた。
だから警戒をしていたということもあるんだけど…
そんなミライの予知によって、今度は転送陣から現れる勇者を相手に選んでしまうことになるとは思ってもいなかった。
だから、そんなミライの予知によって選ばれた人が勇者だというのなら、仕方ないのかもしれない。
でも…
「どうして、あんたが一緒にいるのかが私は気になるのよ」
「あはは、僕はそんなに信用なりませんか?」
「信用になる相手のことは私が決めるのよ」
「そう言うってことは、私のことは信用していないのと言っているのと同じでしょう?」
「そうかもね」
「元から信用されていないとは思われていましたが、ここまでとはねえ」
「あなたが、私の元婚約者だからでしょ」
「ははは、まあ勇者の相手に選ばれてしまいましたから、もう諦めましたけどね」
「そう言うのなら、なんでこうやって、いるのよ」
「何がですかね?」
「だって、あんたはセイクリッドから出ないって言ってたはずでしょ」
「まあ、変わったのですよ。あなたのようにね、アイラ」
「その口で、私の名前を呼ばないで」
「いいじゃないですか、僕の婚約者に戻るのですからね!」
「なんですってえ」
笑う男に、私は舌打ちしたい気分だった。
こいつがここに来たところから、なんとなくわかっていたけどね…
それが、ミライと一緒にいるせいで余計に確信してしまった。
ミライは予知できる。
それは、たぶん私がいる場所も…
だから、この男もここにいるのだろう。
私が大嫌いな男だ。
さっさと、ただし戻ってきなさいよ。
そう考えるけれど、勇者召喚を行っているのなら、時間がかかっても仕方ないことだとわかっている。
でも、こういうときに助けに来なさいよとは思ってしまう。
そんなときだった。
黒い穴とともに、モンスターが現れたのは…
「ギャアアアアア」
「アイラ様」
「わかってるわ、バーバルも」
「はい、近くに」
私たちはすぐに近くに集まる。
その雄叫びだけで、モンスターが現れたのだということがわかった。
モンスターは一体ではない。
黒い穴から、ぞろぞろと出てくる。
「もしかしなくても、これって…」
「はい、ディザスターモンスターですね」
「そうよね」
黒い穴からモンスターがやってくるという、厄災的モンスター進行。
それが目の前で起こっている。
どういうことなの?
どうして、モンスターたちが召喚される黒い穴がここにあるというの?
ただ、それはミライたちも同じだったようで、慌てて武器を構えている。
「おい、やれ」
『は!』
「私たちもやるわよ」
「はい」
「魔法を放ちたいですが、さすがに周りの人に当たってしまいそうです」
「く、人が多いことででる弊害ね」
「はい」
「まずは、私が魔法で防御を固めるわ」
「お願いします」
「我の前に絶対に通さない聖なる壁を作りたまえ、ホーリーバリア」
聖なるバリアによって、最初の攻撃を防ぐ。
出てきたモンスターは、あのときと違っている。
狼の顔に左手には盾、右手には剣。
高位モンスターである、ハンターウルフだろう。
そして…
「ヘルコンドルね…」
「そうみたいですね」
ヘルコンドルは、ハンターウルフよりも強いモンスターだ。
今いるのでさえ、ハンターウルフが十体、ヘルコンドルは三体。
私たちが戦う相手としては明らかにレベルが高すぎる相手。
バリアをすぐに張ったところで、破られることも時間の問題なのかもしれない。
やるしかない。
このままだと、全員がやられてしまう。
でも、どうしてこのタイミングで…
考えたところで、わからないかな…
結局はやるしかないんだから!
まずは、ヘルコンドルは空を飛んでいるので、簡単には倒すことはできない。
だから、まずはハンターウルフからだ。
剣と盾を持っている、ハンターウルフはシバルと同じで騎士のような恰好をしている。
サキュバスのような種ではなく、その下ではあるが、ただのウルフではなくてそれの上位種。
強いんだろうな…
ヘルコンドルは、コンドルの上位種。
コンドルよりも大きな個体で、翼や嘴、かぎ爪が特に大きい。
あれが上からくることを考えると、油断もあったものじゃないよね。
だからこそ、地上の敵を倒すことを優先するしかない。
「シバル!」
「はい」
「二体いける?」
「任せてください」
「バーバル、風の魔法いける?」
「ええ、行きます、風よ、相手を切り刻む風となせ、ウィンド」
バーバルの風魔法がハンターウルフに向かって飛んでいく。
ただ、さすがは盾を持ったモンスターということだ。
だから、風は盾で防がれる。
やっぱり他の人を巻き込まないように戦うというのも難しい。
森から出たいけれど、ただしたちが戻ってこないことには、ほっておいて逃げてしまうなんてこともできない。
「早く戻ってきなさいよね」
「来ます」
「わかってる。我の前に絶対に通さない聖なる壁を作りたまえ、ホーリーバリア」
「ギャアアアアア」
二体のハンターウルフの剣がバリアに当たる。
ガキンという音によってバリアは破られる。
やっぱり数が多い!
「アイラ様!」
「大丈夫よ」
棒を伸ばすと、三体目のハンターウルフの剣を弾く。
ハンターウルフも、さすがに私が簡単に攻撃を弾くとは思っていなかったのだろう、一瞬の戸惑いを感じる。
そこをシバルが追撃する。
「聖騎士剣術、二の型、十字斬り」
シバルが繰り出した、十字の剣筋がハンターウルフの背中を斬る。
「グギャアアアア」
「く、背中から斬ったのに、一撃ではないとは」
「シバル!」
「はい」
ハンターウルフに致命傷は与えることができたが、それでもいまだに倒せてはいないので、戦力は完全にあっちが上ね。
あっちも苦戦しているわね。
あちらも勇者とパーティーを組むことから、実力者を集めているから、やられるということは簡単にはならないだろうけれど、それでもあちらのパーティーは六人、一体は多くハンターウルフを相手しているので、一体ははやめに倒しておきたいところ…
致命傷を負ったハンターウルフは他のハンターウルフに庇われている。
傷が治るということはないとはいえ、体力が回復すれば、モンスターは再度襲い掛かってくるのはわかっている。
どっちにしても、なんとかしないと…
そう思っていたときだった。
「ギィイイイイイ」
「アイラ様!」
「くぅうう…」
上からかぎ爪を立てて、ヘルコンドルが襲い掛かってくる。
私はなんとか反応はしたが、それでも攻撃は左手をかすめる。
慌ててシバルが私のほうによってくるが、そんな背中を見せてはダメなことは私でもわかっていた。
でも、どうしたら…
そう思っていたときだった。
転送陣から光がさし、光が収まったときには、私たちが見知った顔である、ただしとヤミちゃんの姿があった。
知らないのは、もう一人の角が生えた男のことだろう。
そんなことを思いながらも、私は痛みに耐えながら、魔法を唱えた。




