107話
「ふん…」
「ただし、何かやったのか?」
「いや、もう何を言っても今は俺が悪いことになるからな、何もいうまい」
「そっか、それじゃあ今日もボクと運転の練習でもするか?」
「ああ!本当に、シバルはいいやつだな」
「ふふ、ボクをほめても何もでないぞ」
アイラが俺に怒っているという状況に対して、シバルは今日も運転を提案してくれた。
昨日いろいろな話を運転中にしていたおかげで、こういうところも仲良くなれたのはいいことだ。
宿で食事を終えた俺たちは、照れる店主と、笑顔の女将さんにまた来ることを言いながらも、宿を後にして、目的地に向かうことになった。
どれくらいで着くのかというのは、正直なところわからない。
遺跡が見つかったというだけで、それの正確な位置がわからないからだ。
地図に書かれているのも、ある程度の目印だけで、後は近くに行ってから探さないといけないだろう。
「っていうか、森の中なんだな」
「それはそうでしょう。さすがに、遺跡がそのままドンとあれば目について仕方ありませんからね」
「まあ、そうだけどな。こういうのって、どことなく管理されてるものだと思ってたぞ」
「確かに、見つけることができればそうかもしれませんが、遺跡は勇者を呼び出すと崩れてしまいますから」
「どういうことだ?」
「はい、何かわからない文字が書かれた円があって、そこから勇者が出てくるのですが、勇者がでてくれば書かれた円が消えて、人がいなくなった遺跡は崩れ落ちるのです」
「なるほどな…」
いかにも、神たちが考えそうなやり方だな。
あれだ、それがカッコいいと思っているのだろう。
よくある転生陣から勇者召喚、そして遺跡ごと破壊することで、勇者に主人公だということを自覚させて戦わせる演出みたいなものだ。
異世界召喚に憧れを抱いている俺のようなやつは簡単に騙されてしまうな。
それにしても、勇者召喚について今更だけど、聞いておくか。
俺とシバルは馬車を扱うために、前に座っている。
後ろでは、バーバル、ヤミ、アイラの三人が女子トークに花を咲かせているので、シバルに聞くことにする。
「そういえばなんだが…」
「どうかしましたか?」
「さっきの話に関連するんだが、どうやって勇者はこの世界にやってくるんだ?」
「そうですね。これはボクも見たというわけではないので、詳しいことがわかるというわけではないのですが、どうやら召喚する、もしくは時間になると勝手に召喚されるという話しです」
「なるほどな…自分で召喚するっていうのは、なんとなく理解できるんだが、もう一つの時間になったら勝手に召喚されるって、どういう理屈なんだ?」
「そうですね。ボクも詳しい話は知らないのですが、どうやら召喚陣には時間がたてば勝手に勇者を召喚するということができてしまうみたいですね」
「まじかよ。でも、そんなことになれば、よくわからない土地に気づけば一人いるってことになるんだろ、さすがにヤバくないか?」
「はい…ですが、勇者に選ばれるということからわかるくらいには、最初からそれなりの強さをもっているので、基本的には大丈夫だとは思いますよ」
「そうなのか?」
大丈夫と言われた俺が想像するのは、一人の男だ。
うーん、俺が知っている勇者というのはあいつしかいないことを考えると、本当に強いのか疑問しか残らないな。
そんな俺の表情がわかったのだろう、シバルは苦笑いを浮かべる。
「そうですね、あれについては例外としておきましょうか…」
「そうか…」
「はい」
「でも、そこで気になるのって、勇者が勝手に召喚されるとしたら、どのタイミングになるんだ?」
「それは…確かにわかりませんね」
うーん、今一つ理解できない。
わかることといえば、勇者は召喚されることでこの世界に来る。
そのタイミングが、故意に召喚するのか、もしくは勝手にやってくるというものだ。
でも、勝手にやってくるときというのはどのタイミングなのか、わからない。
そういうものなのだろうか?
勇者召喚に、前にあったように何か意味があるのだとすれば、何かがあるというのだろうか?
考えるほど、わけがわからなくなってくる勇者召喚のシステムに、頭を抱えながらも、場所を進ませていく。
そうしてある程度進ませたところで、俺たちは遺跡があるとされる森についていた。
「ここがそうなのか?」
「はい」
「そうか…」
こういうことについては、異世界あるあるなのかもしれないが、急に森が現れる。
さっきまで街道を馬車で走っていたなと思っていたら、森が見えて、そこが目的地ということだ。
馬車が止まったことによって、目的の場所についたことがわかったのだろう、アイラたちが荷台から顔を出す。
「ついたの?」
「はい」
「ああ」
「ちょっと、ただしには聞いてないんだけど」
「まだ怒ってるのかよ」
「当たり前でしょ!」
「もう、さすがに勘弁してくれよ」
「ふーんだ」
未だに不機嫌なアイラの様子に、俺は少ししょんぼりとしていると、ヤミがこちらを見てニヨニヨと笑っている。
こいつ、自分が原因だというのに笑ってやがるだと…
さすがにイラっとした俺は、お前が誤解を解いてくれやと顔でアピールした。
それに対して、完全に俺のことを舐め切っているヤミはべっと舌を出してくるが…
次の瞬間には、何かで殴られたのか頭を押さえる。
急な出来事に対して、俺はそれを驚いて見ていると、ヤミは頭を押さえながらも、ずんずんとこちらに向かってくる。
「ヤミちゃん?」
アイラの戸惑いともとれる声に、ヤミは気づくことはなく俺に近づいてくると、胸倉をつかむ。
「なんじゃあ、この痛みはおぬしのせいなのじゃ」
「いや、どうした?」
「ちょっとこっちへ来るのじゃ!」
「お、おう…ごめん少し、荷物降ろしておいてくれるか?」
「はい、いいですけど…」
「襲わないでね」
「アイラ…襲われているのは俺のほうだと思うんだが…」
「ふん…」
「あはは…こっちは、ボクとバーバルさんに任せてください」
「すまない」
そして、俺はヤミに連れらるようにして、みんなから少し離れた場所にいく。
そこでようやく胸倉を掴んでいた手を離された。
「それで、どうかしたのか?」
「どうかしたのかじゃないのじゃ、この痛みをなんとかしてほしいのじゃ」
「いや、どうして頭を痛がっているかすらもわからないんだが…」
俺は意味がわからずそう言うが、ヤミは俺の服を掴むと、勢いよく揺さぶる。
「早くなんとかするのじゃああああ」
「そんなに揺さぶられても、どうしようもないだろ」
「だったら、この痛みをなんとかするのじゃ」
「痛みってなんだ?」
「これじゃ」
そう言うと、俺たちはお互いの手をみた。
ヤミが奴隷紋と呼んでいたそれは、どういう原理なのかはわからないが、赤く染まっている。
反応しているというのだろうか?
よくわからないが、とりあえず触れたらいいのか?
俺はよくわからないまま、ヤミの奴隷紋に触れる。
すると、赤く発光していた奴隷紋は輝きを失った。
「なるほどな」
「おお、痛みがなくなったのじゃ」
「よかったな」
「本当になのじゃ、あとはこれを解放するだけじゃな」
「っていうか、これは結局なんなんだ?」
「これは奴隷紋じゃ」
「奴隷紋?」
「そうじゃ、どうやらあの力を取り戻すために体に取り込んだものに、血を飲んだものの奴隷になるように何か細工がされていたようじゃ」
「そうなんだな」
「そうじゃ、魔力がないものだけが封印を解けるということじゃったから、そんな魔力を使った細工がされておるとは思わなかったのじゃ」
「そうなのか?」
「そうじゃ…」
「でもさ、結局力を封印されたときには、魔法かなんかでされたわけだろ?」
「そうじゃ」
「だったら、普通にそのときには魔法使ってるわけだから…」
「細工ができるというわけじゃな」
「まあ、そういうことだな」
「ぬかったのじゃーー」
なんだろうか、この幼女黒龍は…
年齢は完全に俺よりも年上だというのに、おバカすぎないか?
いや…
もしかして、そこにもこの年齢まで経験がないという理由になってしまうのか?
考えすぎか…
「とりあえず、この奴隷紋の扱い方を教えてくれ」
「わかったのじゃ。くれぐれも、わらわとおぬしが主従関係であることをばらすのじゃないぞ」
「へいへい」
「返事は一回なのじゃ」
「へい」
「教えるのじゃ」
そうして、奴隷紋について教えてもらった俺は、ヤミと二人で三人のもとに戻るのだった。
勇者が召喚される遺跡に向かうだけのはずが、どうしてこうなってしまったんだ。
そんなことを少し嘆きなら…




