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領地にて(アルバート視点)

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 急ではない領地の視察に出発してから、早十日が過ぎた。

 アルバートは領地にある別邸の執務室で書類に目を通しながら、妻となった女性のことをぼんやりと考えた。


 ヴィオラ・グレンヴィル、十八歳。

 さらりと流れる栗色の髪に、冬の曇り空のような灰色の瞳。


 今頃彼女は、あの暗い屋敷の中で泣いているだろうか。それとも、怒り、自分を憎んでいるのだろうか。


 グレンヴィル家の娘というだけで自分と結婚することになった、気の毒な少女。



 彼女が結婚相手として選ばれたのは、遠い昔に父同士が話していた『子供同士、いつか結婚させたいな』という軽い口約束によるものらしい。

 しかし理由はそれだけではない。彼女の生家であるグレンヴィル伯爵家が、由緒正しい名家でありつつも大きな力を持っていないこともあるだろう。


 公爵家の評判を削ぐような身分の低さは論外だが、ある程度力の強い家の娘では困る。

 その意味をわかっているからこそ、今アルバートはこの場所にいた。


 自分は彼女を愛することはなく、今まで通りに生きていくと。


(……それにしても私の元へ嫁ぐなど、不運な女性だ)


 あのはた迷惑な夢想家の父が後何年生きるかはわからないが、そう長くはないだろう。

 亡くなった暁にはすぐに彼女を自由にするつもりだった。


 勿論、もし彼女が公爵夫人という地位や財力を手放したくないと離婚を拒否するなら婚姻関係は継続する。どちらかといえばその方が、アルバートには面倒事が少なくてありがたいとすら思う。


 しかしもし自分が離婚を言い出したら、彼女は激怒し辛辣な言葉を投げつけた後、次の日には喜び勇んで出ていくのではないだろうか。


(……事前の話では、特筆すべきところのない普通の令嬢だと聞いていたが)


 些か話が違ったな、と初夜の日のことを思い出す。


 自分はあなたを愛さない、と宣言した。そして彼女の望むことは何でも叶えようと伝えるつもりでーー、顔に枕を投げつけられた。


「素敵な言葉のお礼ですわ!」


 一瞬何が起こったかわからないアルバートを、怒りに燃える灰色の瞳が射抜いて、その強さに言葉を失った。


 ーーああしてまっすぐに人に見つめられたのは、ずいぶん久しぶりのことだったな、とアルバートは思う。


 そもそも、自分が誰かの顔を真正面から見たこと自体が久しぶりだった。

 アルバートを見つめる人々の眼差しにこもる感情は数あれど、その大体は彼にとって見たくもないもので、自然と人から目を逸らす癖がついていたのだ。


 まるで普通の人のように、純粋な怒りを投げかけられたのは初めてだったように思う。


 そしてそのまま部屋を後にした彼女を追いかけることもできず、アルバートは眠れぬ夜を過ごした。

 翌日、新婚の慣例を破り領地に行くことは心苦しいと思いつつ、なるべく彼女の気持ちが穏やかになるようにフォローしたのだったが……。


 彼女は何故か激怒し、痛烈な言葉を返された。後からハーマンに「アルバート様のお心は存じておりますが、あれはほぼ侮辱です」と呆れられてしまった。


 あの時、自分は何というのが正解だったのか……アルバートは眉根を寄せる。しかし彼女に嫌われることは却って良いことなのかもしれないな、と思い返していると、コンコンと扉のノックする音が聞こえてきた。


「入れ」

「アルバート様。南部の奥様から、お手紙が届きました」

「……さすが母上は、行動が早い」


 この屋敷の執事であるハドリーが差し出す手紙を受け取った。中身は読まなくても容易に想像がつく。

 ペーパーナイフで封を切って中身を取り出すと、そこには予想通りの内容が書かれていた。


「…………新婚の慣例を無視して妻を放置するとは、何事だ、とお怒りだ」

「さようでございますか」

「私が彼女を愛せないことは……いや、誰のことも愛せないことは、母上もよくご存知だろうに」

「アルバート様を案じておられるのでしょう」


 ハドリーの言葉に「そうだろうな」と返して、流し読みした手紙に目線を落とす。目の端に「愛する愛せないの話ではない。公爵家の次期当主として好ましい行動を」と書かれていた。これ以上、不本意な結婚だと仄めかすのはやめろということだろう。


 ため息を飲み込んで、窓の外を見上げた。晩秋が近づく街並みは灰色に翳り、これから訪れる冬を恐れているようにも見えた。


「……仕方ない。王都の屋敷に帰る。その旨をハーマンと、母上に連絡しておいてくれ」

「かしこまりました」





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