【書籍発売記念SS】タイムカプセル
本日書籍発売されました!
記念SS、未来に向かって生きるヴィオラのお話です。
「これは……」
「シャベルです!」
よく晴れた、気持ちの良い日。
色とりどりのお花が咲くフィールディング公爵家の庭園で、ハリーおすすめのぴかぴかシャベルを手渡した私に、アルバート様が目を瞬かせて沈黙した。
驚くのも無理はない。世界広しといえども、公爵閣下にシャベルを渡す妻はそう多くはないはずだ。
驚かせることに成功して、得意げに胸を張りながら説明しようと口を開いた瞬間。アルバート様が心なしか、勇ましさのあるキリッとした表情を見せた。
「穴を掘ればいいのか? この大きさのシャベルなら、植えるのは花ではなく木だろうか」
何の躊躇いもないなんて、順応力が目覚ましすぎる。
「どんな大木も任せてほしい」とまっすぐな目で頷くアルバート様に、慌ててぶんぶんと両手を振った。
「まさか! いくら私だって、旦那様に大木を植えるための穴を掘らせたりしませんよ」
というかアルバート様、私が人に大木を植えるための穴を掘らせるような人間だと思っているのだろうか……。
少しだけ微妙な気持ちを抱えつつ、私は懐から小箱を取り出した。
「それは?」
「この間、アルバート様に私宛にお手紙を書いていただいたじゃないですか? それが入ってます。それから、私が書いたアルバート様宛のお手紙も!」
「……!」
私からアルバート様へ、そしてアルバート様から私へ。
お互いに書いた手紙は封を切らずに、この美しい小箱の中に入っている。アルバート様が私にくれた手紙はちょっとした六法全書くらいありそうな厚みで、入れるのにかなり苦労したけれど、なんとかぎゅうぎゅうに収めることに成功した。
「そして今日はこの小箱を埋めるための穴を、一緒に掘りたいんです」
「……!?」
そわそわと小箱を見ていたアルバート様が、動揺する。
「…………私に宛てた手紙を、埋めるのか」
「タイムカプセルです!」
絶望すら感じられるその表情に慌てて弁明すると、アルバート様は悲しげに眉を下げたまま、器用にも眉を寄せた。
「タイムカプセル?」
「そうです! 今の気持ちとか、未来に向けてのメッセージとかそういうものを埋める文化がどこかの国にはあるそうで」
前世の知識を適当にぼかしつつ、私は手元の小箱をぎゅっと握った。
「昔から憧れていたんです。未来の自分に、今一番の宝物を残せたら嬉しいなって」
自慢ではないけれど、私はいつも今を大切に生きたいタイプの人間だ。
我が人生に一片の悔いなし!と高らかに宣言をして最期を迎えたい人間なので、前世でも今世でも楽しいことや嬉しいことから真っ先に楽しんできた。
でもそれは、昔の私にはあまり時間がなかったから。未来の自分に向かって何かを残しても、それを受け取れる確証がなかった。
当時の私がせっせと未来に向けて残したお手紙やプレゼントは、すべて両親や看護師さん、主治医など、大切な人のためのもので、未来の自分のために何かをしたことなをんて一度もない。
けれどそんな健気さが神様の心を打ってしまったのか、幸運なことに私は今世界一幸せな人生を歩めている。
ずっと憧れていたタイムカプセルを、大好きな人と未来の自分に向かって残そうと思えるくらいに。
「10年後とか20年後に、埋めたこの小箱を2人で掘り返すんです。その頃の私たちもきっと仲良しでしょうから、多分今の私たちのお手紙を読んで、この頃から幸せだったなあって更に幸せになれると思いますよ」
「……」
「あ、でも今の旦那様が今の私に向けたお手紙の内容は知りたいので! こう、やっぱり中身はそれとなく教えてほしいなーなんて……どうしました?」
まじまじとこちらを見るアルバート様の、顔が微かに赤い。
今日は普通に寒いけれど厚着をしているから暑いのかなと小首を傾げると、アルバート様がどことなく照れ臭そうな顔をした。
「君があまりにも幸せそうな顔をしているから、本当に幸せなんだと思って……かわいいな、と」
「…………唐突にそう言うことを言うのは、やめてください」
自分の方がよっぽど幸せそうな顔をしているアルバート様から目を逸らし、冬の風を熱くなってきた頬で受け止める。
「さっさと掘りましょう! どんな動物も掘り返せないくらい深くに掘らないとですね」
「わかった。任せてほしい」
そう言いながら、アルバート様が土を掘っていく。
私も今の幸せと未来の幸せに想いを馳せつつ、どんどん深くなっていく穴掘りに参戦した。
お読みいただきありがとうございました!
本日発売された書籍には、
・アルバートの子ども時代
・本編後の2人のお話
を加筆・書き下ろしています。
(店舗特典は活動報告にあげています)
自分でもすごく好きなこのお話がこうして書籍化やコミカライズしていただけることになったのは、読んでくださる方のおかげです、ありがとうございます!
皆様が良い新年を迎えられますように!





