【コミック1巻発売記念SS・前編】愛の言葉を囁いて照れた方が負けゲーム
コミックス発売記念SS・前編です。
フィールディング公爵家の、私の自室。
綺麗で大好きなものだけを集めたこの部屋で、私は銀色の刃がきらりと光る短剣を力強く握りしめていた。
慎重に、間違えないように。赤いひげを生やした海賊が埋まっている樽に、ゆっくりとその剣を突き刺していく。
次の瞬間。
ポーン!
軽快な音を立て、赤ひげの海賊人形が飛び出した。
「赤ひげでも!!!!」
床にごろりと転がる哀れな人形に頭を抱え、私は本日十六回目となる嘆きの声を上げた。
ルラヴィ様と一緒に遊びにきていた陛下が「はは」と大きく肩を揺らす。
「ここまで勝負事に弱い人間は初めて見たな。カードゲームにボードゲームはもちろん、ヴィオラ夫人が考えたこの赤ひげ危機一髪。どれもこれも見事な負けっぷりだ。逆にすごい」
苦虫を百匹噛み潰したような気分でむくれていると、私の横にいたアルバート様がおろおろとした様子で「ヴィオラ」と私の名前を呼んだ。
「次は神経衰弱などやってみないか。今度こそ、間違いなく君は勝てると思う」
「……その断言っぷり。完全に忖度する気じゃないですか」
じとりとした視線を向けると、アルバート様が「まさか」「そんなことは」とあからさまに動揺する。相変わらず私の旦那様は、嘘が下手にも程がある。
どう弁解したものか悩んでる様子のアルバート様を黙殺しつつ、私は大きくため息を吐いた。
「運勝負だったら勝てると思ったんですけどねえ……私、割と豪運には自信があったのですが……」
あらゆるゲームで色んな人に負けている私だけれど、さすがに運勝負ならワンチャンあるはず。
そう思ってこの赤ひげ危機一髪を作ってもらったのだけれど、結果はご覧の通り。私一人が惨敗だ。
悲しい事実につい虚無顔になっていると、顎に手を当て何やら考え事をしていた様子の陛下がおもむろに口を開いた。
「……ヴィオラ夫人がアルバートに絶対に勝てるゲームなら、一つ思いつくが」
「なんですか!?」
「まずは実践してみようか。……ルラヴィ」
陛下がルラヴィ様をまっすぐに見つめ、そっと彼女の手のひらをとる。
微動だにしないルラヴィ様にどこか艶のある眼差しを向けながら、陛下がゆっくりと口を開いた。
「私の愛しい妖精」
(え)
危うく声が出そうになり、慌てて両手で口を抑える。
私の動揺など全く気にせず、陛下はルラヴィ様を見つめたまま言葉を続けていった。
「夜空に輝く星空も、朝露を纏う白百合も。凛とした君の美しさには敵うまい。すぐに私の手をすり抜けてしまう妖精に、せめてひととき愛を囁く幸福を、私にくれないだろうか」
まるで手練れのイタリア人のような陛下に、私とアルバート様は顔を見合わせて目を白黒とさせた。
まさか陛下が、ルラヴィ様をお好きだったとは。今までまったくそんな素振りは見せていなかったのに。
しかしなぜ今、この場でラブロマンスを始めようと。勝てるゲームの流れはどこに。
静かに慌てふためきながらも、とにかくここにいてはいけないことはわかる。アルバート様と顔を見合わせて静かに席を立とうとすると、小さくため息を吐いたルラヴィ様が取り出した扇子を広げ、「陛下」と名前を呼んだ。
扇子から覗く大きな緑色の瞳が、呆れたような非難がましい視線を向けている。
「お戯れはおやめください。国王たるもの、軽はずみな言動はお慎みくださいますよう」
「やはりルラヴィには通じないか。悪かった」
「少しくらい照れてほしかったな」と笑う陛下に、ルラヴィ様は扇子を持ったままため息を吐く。
二人の様子に私が頭をはてなでいっぱいにしていると、陛下が爽やかなドヤ顔を見せた。
「題して、『愛の言葉を囁いて照れた方が負けゲーム』だ」
「クッ……」
クソゲーと言う言葉は、不敬になりそうなのですんでのところで飲み込んだ。
しかしながら罰ゲームではないかという気持ちは止められない。
内心呆れつつ、『そんなのやるわけがないじゃないですか』とアルバート様に話を振ろうとすると、アルバート様が神妙な顔で口を開いた。
「私が先攻をしよう」
まさかのやる気満々だった。
「えっ、旦那様、正気……本気ですか!? そもそも急に愛の言葉なんて思いつくものじゃ……」
「大丈夫だ」
アルバート様が、恥ずかしそうに目を逸らした。
「……君への愛の言葉なら、いつでも、いくらでも溢れてくる」
「…………………」
「はっはっは。勝者、アルバート」
「まだ始まっていないので!!!」
不意打ちに心臓がギュンギュン悲鳴を上げるのを感じつつ、私は悟った。
この勝負、後攻では万に一つの勝ち目もない。
「旦那様。やっぱり私、先攻だと嬉しいなあ、なんて……」
「そ、それは……」
アルバート様が言い淀む。
いつも私の言うことは、大抵のことはにこにこと聞いてくれるというのに、これはとても珍しい。
いつも控えめな夫が譲りたくないことならば、極力私も譲ってあげたい。
しかしながらこの勝負。割と本気で負けたくない。
そしてアルバート様は、やっぱり押しに弱いのだった。
「で、でも。このままでは思いついた愛の言葉を忘れそうで、不戦敗に終わりそうです」
私がそう言うと、アルバート様は一瞬悩ましい表情で天を仰ぎ。数秒後、快く先攻を譲ってくれたのだった。
続きは明日の7時に投稿します。
石沢うみ先生による美麗コミカライズ、ぜひぜひよろしくお願いします!





