Twitterでテーマを募集して短編小説を書こう!企画(仮)
ハサミ
昨晩、人を殺した。
うだるような暑さが鳴りを潜め、日常に肌寒さを感じ始める季節、半袖のシャツでは出歩くことができない寒さの夜だった。
「あいつ」の喉をハサミで一度だけ突いた。案外人間はすぐに死ぬんだな、ととても驚いた。
「あいつ」を殺したのは、何ヶ月も入念に探した誰にも見つからない場所。いなくなったことに気づくことはあっても、「あいつ」のものだ、とすぐにわかる状態のうちにこの死体を見つけることは誰もできないだろう。
一晩中「あいつ」の屍を眺めていた。
「あいつ」が死んだことで一体何人が悲しむのだろうとか、そんなことを考えていた。
「あいつ」を殺してから数時間が経った頃、ついに死んだのだという実感が湧くと、何ヶ月も準備して、覚悟を決めたはずだったのに、涙が溢れた。この涙にはどんな感情が込められているのだろう。「あいつ」の人生を終わらせられた喜びか、これまで積み上げてきたものを失った悲しみか、これからの人生への期待か。考えても答えは出なかった。
それから何度も何度もこれまでの人生のことを考えた。両親のこと、友人のこと、散々痛めつけられたあいつらのこと、音楽のこと、学校のこと。これからの人生ではもう失ってしまうものたちのこと。でも、これからの人生にも、少しだけ期待があった。誰も知られていない、見たこともない景色の中にいる自分を想像していた。未来は何が起こるかは誰にもわからない。そうだろう?と「あいつ」に聞いても、返事はない。
朝日が昇った。
落ちたハサミと血が朝日に照らされて、大層に輝いていた。新しい人生を歩もうという自分を祝福してくれていると感じた。
ふと、「あいつ」の顔を見た。「あいつ」の顔ってこんなに綺麗だったか、と思った。自分はこんなにも自意識過剰だったのかと笑った。
ふぅ、と小さく息を吐いて、形骸の前を去った。もう涙は無かった。