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魔女のオルガン  作者: 華色
8/22

七章 『運命の魔女』

「サファイア様、どういうおつもりですか?」


 『紅血の魔女』は、突然私に話しかけた。

 目の前で、自分の命を狩ろうとする者を無視して。


「勝手に自分の身を差し出そうなど……どうやら、ご自分の存在価値をお分かりでないようですわね?」

「存在価値? お前は何が言いたいんだ」

「あなたは『災厄』を滅ぼすために生まれてきたのです」


 そう言って、少女は結った髪を解く。

 流れる髪は一本一本が繊細で、さらりと風に乗り、風が止むと何事もなかったかのように元に戻る。光の反射を許さず、根元から毛先まで雪のように白一色なそれは、人の目を釘付けにする。


「ですから、その命をお守りしますわ」


 そう言って、イクスに大剣を突き出した。

 細い腕からは考えられないくらい、大剣を軽々しく持ち上げる。細い腕の割に、物凄い力を持っているようだ。


「『紅血の魔女』は危険な上に邪魔だ。先に仕留めさせていただくぜ」


 イクスはそう言って、炎を纏った拳で少女に殴りかかった。


 『紅血の魔女』……私はその名前に聞き覚えがあった。

 魔界で虐殺を繰り返す、非道な魔女として有名だ。その母は、誇り高き魔女騎士団の団長のベディヴィア。

 長年、魔女騎士団は彼女を追っていたらしいが、彼女のあまりの強さから捕らえられたことはないらしい。だが『紅血の魔女』は、ベディヴィアが現れると、いつも戦わずに逃走していた。

 ベディヴィア以外の魔女を手あたり次第に殺害し、雪のような白い体を血に染める殺人鬼。


 その名は……シヴァニ。


「『紅血の魔女』と仲間なんやな。それはもっと危険や」


 スピカと呼ばれていた少女は、私を見てそう言った。アーチェリーを私に向けて構えているが、どこか戦闘の意思が薄い気がした。

戦いたくない、そんな思いがどこかにあるようだ。


「待て、抵抗するつもりは……」

「あら、戦う意思はないのですか? そんな方を守るのは気が乗りませんね」


 イクスと戦っていたシヴァニは、イクスを長い足で蹴飛ばす。イクスは私とスピカのいる方に飛んできたが、持ち前の身体能力で受け身を取ったようだ。


「イクス! 大丈夫なん⁉」


 スピカが心配して、イクスに駆け寄る。こそこそと何やら耳打ちをしているようだ。だがそれに耳を澄ませる暇はなく、シヴァニがこちらにやってきた。

 彼女とすれ違う瞬間、彼女の言葉がはっきり聞こえた。


「戦わなければ、ミィナ様もサナエ様も、あなたの大切なエイダン様も殺します」


 驚いて彼女の顔を見ると、彼女は微笑を浮かべていた。

 静かで、どこか楽しそうに。

 私の大切な人をみんな、殺すと言った。


 これが冗談か本気かなんて、疑わずとも分かる。

 彼女は人を殺すのに躊躇いなんてない。

 戦わなければ。


 スピカたちのいる方を向くと、シヴァニが大剣を振り下ろそうとしていた。


「『運命』は変えられない、逆らえない……うちは、『運命』を詠む者」

「ここだ!」


 イクスはシヴァニの素早い動きを読み、隙をついて腹を殴った。シヴァニはよろけ、大剣の先は下に向く。


 シヴァニを、助けるべきなのか?


 大罪を犯した魔女を助けるのはいけないことだと、昔の私ならそう言うだろう。だが……


「あなたは『災厄』を滅ぼすために生まれてきたのです」


 シヴァニの言葉が、どうしても気になってしまう。

 彼女が私を守る意味も、良く分からない。

 だが一つ分かったのは、エイダンが無事だということ。

 イクスはエイダンを追って行ったはずなのに、エイダンはここにいない。それはきっと彼女のおかげだ。

 私が戦わなければ、シヴァニがイクスにやられてしまう。イクスはエイダンに手を出す気だ。もしシヴァニが生き残ったとしても、私が戦わなければみんな殺される。


「シヴァニ、伏せろ!」

「!」


 私がそう言うと、シヴァニはすぐにしゃがんだ。右手の指先に魔力を集中させる。

 しかし魔力弾が作成されるのが、以前より遅くなった。


「くっ……!」


 やっとの思いで魔力弾を生成すると、それは勢いよくイクスのもとへ飛んで行った。イクスはそれを余裕で躱し、私を睨め付けた。


「んだよ、抵抗しねェんじゃなかったのか!」

「気が変わったんだ、悪く思うなよ」


 魔力弾を一個使っただけで息切れしている。右手はだるく、今にも脱力しそうだ。なぜだろうと考えていると、シヴァニが華麗に飛びながら私の隣に戻ってきた。シヴァニは私の右目を隠す前髪をはらりとどけて、瞳の色を見る。


「サファイア様、魔女の墜落を経験なされたのですね。右目のお色、とても美しいですわ」


 彼女の白くて細い指は、私の瞼を割れ物のように撫でる。その手つきに恐怖を覚え、目が閉じてしまう。


「右目の魔術回路が壊れているようですので、魔力弾を使うのは左手にした方がよろしいかと」


 まさか片方の魔術回路が壊れているせいで、右手で魔力弾が扱いにくくなっているのだろうか。

 シヴァニはすぐに手をどけて大剣を持ち直す。

 彼女を近くで見ると、大剣の重量が目に見えて分かった。私が両手でも扱えないくらいの重量だ。これを、彼女は容易く片手で振り回す。訳が分からなくて頭が混乱しそうだ。


 イクスとスピカはまたもやこそこそ話をしている。

 シヴァニはそこに向かって走り、再び大剣を振りかぶった。私も彼女を追いかけるように走り抜ける。

 だが、またもやイクスはその動きを読み、それを躱す。スピカは先に別の場所に逃げている。イクスはシヴァニの隙を狙ったが、シヴァニは無理矢理体を捻転させてそれを躱した。 するとスピカが急に振り返り、アーチェリーをシヴァニに向かって構えた。


 パシュッと音を立てて、矢は発射される。それを左手で魔力弾を作り、矢に向かって撃ちこむ。矢の軌道はシヴァニから逸れ、町の木に刺さる。


「『犠牲の魔女』、邪魔せんといてくれへん?」


 そう言って、スピカはアーチェリーを私に構えた。一本の矢が飛んでくる。それには魔力が乗っていて、普通の矢の速度、威力ではない。それを避け、海碧色の魔力を拳に纏う。

 すると、スピカは目を瞑った。

 私の攻撃に怯えたのだろう。そのまま彼女に攻撃を仕掛ける。


「……視えたで」


 そう言うと彼女は私の攻撃を避けて、ポケットからナイフを取り出した。驚いて咄嗟に避けるが、バランスを崩して膝をつく。

 不意に顔を触ると、そこには血がついていた。スピカの手には血のついたナイフが握られている。顎の辺りを切られたようだ。


「そのままでおるんやで。そしたら、うちらの手間が省けるからなぁ」


 そう言うと、スピカは突然空に手のひらを向ける。すると、大きなキャンディの形をした杖が落ちてきた。スピカはそれを掴むと、勢いよく上に飛び上がった。

 イクスを見ると、彼もまた上に飛び上がっていた。そして、大きな火炎弾を作り出している。シヴァニは地面に立っているが、体が火傷だらけだ。

 イクスが火炎弾をこちらに投げようとする。私は落としていた箒を拾って飛び上がる。


「……」

「シヴァニ、飛行魔法で飛ぶんだ、早く!」


 シヴァニはその場に立ち尽くしていた。

 イクスが火炎弾を投げてくる。シヴァニはその瞬間に飛び上がったが、それは飛行魔法で飛んでいるのではなかった。

 それは、常識を逸脱した彼女の身体能力だった。

 信じがたいが、彼女から魔力の気配を感じないのは、そういうことだろう。


 彼女は、本当に魔力を持っていない。


 周りに建物はない。

 看板や木はすぐに火が燃え移るだろう。このままだと、シヴァニは火の海に落ちてしまう。

 この世には重力が存在する。魔力を使用しない限り、飛行はできない。


「シヴァニ、手を伸ばせ!」


 箒でシヴァニを迎えに行く。

 伸ばされた手をしっかり掴み、なんとかシヴァニが落ちるのを防いだ。少し遅かったせいで、彼女の足は燃え盛る地面すれすれだった。


 ワンピースに引火する可能性があったので、急いで引き上げる。

 しかし、シヴァニが手に持つ大剣が重すぎて全く上がらない。彼女はそれに気づき、大剣を急いで側の建物に投げた。


 引き上げる途中で、遠くから矢が数本飛んでくる。防衛魔法を用いてそれを防ぐが、右半身の防衛魔法が甘かったようで、右肩に刺さってしまった。だが、シヴァニは傷ひとつなく無事に済んだようだ。

 急いでシヴァニを引き上げ、刺さっていた矢を全て引き抜く。血は出たが、傷は浅いので問題はない。


 二人を乗せた箒の飛行魔法は操縦が難しい上、飛行魔法二人分の魔力が必要になる。そのため、一般の魔女には到底不可能だ。

 私は魔力こそ十分で使い方にも慣れてきたものの、二人分の飛行魔法を使用するための体力は足りていない。

 普段より慎重に魔力を集中させ、箒を操縦する。


「捕まっていろ、シヴァニ」

「ふふ、助かりましたわ。服が燃えてしまうのは嫌ですから」


 彼女の表情は変わらない。ずっと微笑んだままだ。

 今の発言からして、炎の攻撃は平気だったようだ。服が燃えて欲しくないから、という理由で私を利用しているようだ。こいつを箒から突き落としたい。


「掠ったら引火するぜ。燃えて灰になれ!」

「……イクス、次はな」


 またしてもスピカがイクスに耳打ちする。

 それを見て、ふと気づいた。

 私たちの動きを読むように動くイクスとスピカ。

 イクスがシヴァニの攻撃を避ける前は、必ず彼女の耳打ちがあった。


 スピカが、私たちの動きを読んでいる。

 イクスは自前の身体能力とスピカからの情報で、シヴァニを相手に引けを取っていない

のだ。

 ならば……


「シヴァニ、スピカの相手はできるか?」

「ええ、勿論。サファイア様がそう仰るのであれば」

「あいつらを引き剝がせ。足場は私が作る」

「承知しましたわ」


 そう言うと、シヴァニは箒の上に立ち、手を横に伸ばした。それに吸い込まれるように、大剣が戻って来る。

 彼女は勢いよくスピカとイクスの元へ飛び上がると、二人の間に大剣を振った。二人はそれを避けるが、シヴァニが勢いのままスピカを地面に向かって踵落としした。


 スピカはそれを読んでいたようで、避けることはできた。だが、シヴァニの動きは私より早い。動きを読む前に攻撃をすることができるだろう。

 私は箒を降り、それを空中に浮かべたままイクスの元へ向かった。

 私は箒がなくても飛行自体はできる。箒にはお呪いを用いて、シヴァニの足場になってもらおう。


「イクス、お前の相手は私だ!」

「チッ!」


 魔力を纏った右の拳で殴りかかると、炎を纏った拳とぶつかった。衝撃で髪が暴れ、マフラーが激しく揺れる。

 しかし右の拳に上手く魔力が伝わっておらず、弾き飛ばされる。

 右手は使えないと分かっていたのに、癖で使ってしまった。


 そのまま建物にぶつかる。『旋律の魔女』との戦いで負った腹の傷が開き、血が滲む。

 顔を上げると、イクスが私を見下していた。その瞳には、体をビリビリさせるほどの憎悪が感じられた。


「お前は、ディアナがどんな気持ちでマフラーを編んでいたか知ってるか? 嫌われ者のお前をあいつは大切に思って、お前の喜ぶ顔が見たいと嬉しそうに編んでいたんだぜ」

「……ディアナらしいな」


 そうだ。彼女は人にあげるプレゼントでさえ、嬉しそうに幸せそうに選ぶ子だった。

 自分の幸せより、人の幸せを願う子だった。

 だから、だからこそ。

 私にその命を、簡単に渡してしまったんだ。


「お前にそのマフラーを、着ける資格はねェんだよ!」

「私はこのマフラーを、自分の罪を忘れないために着けている! 私はもう自分の罪から逃げない。もう私は同じ罪を繰り返さない!」

「ハッ、オレを今殺そうとしているのにか?」

「私は殺さない。お前たちが退くなら、私はお前たちに攻撃さえしない」


 イクスは一瞬、呆気にとられたような表情をした。だが、すぐにニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


「そうかよ。だがそういうわけにはいかねェって、お前なら分かるよな?」

「……ああ、分かっている。お前がどれだけディアナを大切に思っていたかは、私が一番理解しているからな」


 私が生きている限り彼は私を苦しめ、殺そうとするだろう。それは私が罪を犯したから。こんな形じゃなかったら、私たちは戦わなくて済んだかもしれない。

 いや、良い友達になれただろう。


 私は彼を嫌っていなかった。彼は初めこそ『犠牲の魔女』である私を嫌悪していたが、時が経つにつれて徐々に心を開いてくれた。

 それ故に、彼は私が憎らしくてたまらないのだろう。それは容易に想像できる。だが、彼が私の大切なものに手を出すのなら、私は迷わない。


「エイダンには、絶対に手を出させない」


 そう言って、イクスを睨み付ける。イクスは上等だ、と拳を構え直した。それに続いて、私も左の拳を構える。

 

瞬く間にお互い間合いに入り、拳を叩きつける。

 衝撃は周りの木をも巻き込み、葉や木の破片が飛び交った。









「『紅血の魔女』は危険な上に邪魔だ。先に仕留めさせていただくぜ」


 やっぱりな。

 イクスのことだから、そう言うと思ったわ。

 敵を相手にして、アンタが退いたことなんてなかったもんな。


 でも、駄目や。

 うちらに勝ち目はない。

 

 うちは『運命の魔女』。

 念じることで『運命を先読みする能力』。

 誰が何をしようと『運命』は変わらず、『運命』は必ず受け入れなければならない。

 それが、どんなに残酷なことであろうとも。


 そして今日の朝、うちが見た『運命』。

 それはここで命を落とすというものだった。

 彼にも話せず黙ってたけど、今日ここで私たちは殺される。

 『運命』は、絶対だ。


 『犠牲の魔女』は親友を『犠牲』にしたのだから、手に入れた魔力は膨大のはず。そして『紅血の魔女』が一番厄介だ。

 彼女は魔界で存分に魔女の血を浴びた。彼女が手に入れた力もまた、膨大だろう。


「スピカ、お前は『犠牲の魔女』を頼んだ」

 

イクスの背中はそう言っていた。

ああなったイクスを止められないことは、分かってた。

うちは、どうしたら良かったのだろう。


決められた『運命』に、どうやったら逆らえる……?



 『犠牲の魔女』の箒に乗っていた『紅血の魔女』が、私の元に飛んできて大剣を振った。それは詠んでいたこと、私はイクスに耳打ちをした時から貯めていた魔力でそれを防ぐ。


「めっちゃ力強いなぁ……! イクスが苦戦するわけやわ」

「あなたの魔力もなかなか上等ですね。橙色で綺麗ですわ」


 振られた大剣を両手で防ぐ。動きは詠めても、この速さと力では太刀打ちできない。

 取り敢えず、イクスが『犠牲の魔女』を仕留めるまで耐えなければ。

 だが、大剣は防衛魔法でさえも切ろうとするほどの切れ味。身の危険を感じ、一瞬だけ防衛魔法を緩めた。大剣の刃が生身の腕に当たったが、そのまま大剣を横に流して胴体へのダメージを防ぐ。


「いっ、たぁ! ほんま洒落にならんで、自分」

「褒めて頂きありがとうございます」


 掠っただけなのに、腕からは血がだらだらと流れてくる。傷口を見ると肉が見えていて、かなり深く切れたことが分かった。


「うちみたいに貧相な体してる魔女がまともに食らったら、胴体真っ二つで即死やろうな。笑えんわ」


 怖い。

 こんな化け物を相手にするのだから、死ぬのは当たり前だと妙に納得してしまう。

 一番怖いのは、何があっても崩れない『紅血の魔女』の微笑だ。


「同じ魔女とは思えんわ……自分、天使の皮を被った悪魔かなんかやろ?」

「ふふ。さぁ、どうでしょう。本当に悪魔なのかもしれませんよ?」


 口を手で押さえて笑う彼女。見た目だけは本当に天使のようだ。『紅血の魔女』は空中に浮かぶ『犠牲の魔女』の箒に一度足を乗せる。そして大剣をもう一度構えると、彼女は一言だけ言って私に飛び掛かった。


「まぁ、ただの冗談ですが」


 やばい。

 動きが早すぎて『運命』を詠む時間がない。


 反射神経だけで大剣を避ける。なんとか避けれたものの、杖から落ちそうになる。

 なんとか柄を掴み、杖にぶら下っていると、『紅血の魔女』が杖の上に立った。


 これは、避けれない!


 うちは飛行魔法が下手で、杖がないと飛べないのだ。

 下は火の海。どうやってもうちの命はない。

 死を覚悟して目を瞑る。


「スピカ」


 イクスの声が聞こえた気がして、目を開ける。


「今すぐ逃げろ!」


 今まで聞いたこともないくらいの必死な声。次の瞬間、『紅血の魔女』が、飛んできたイクスと共に火の海に落ちて行った。


「イクス⁉」

「なるほど、道連れですか?」

「……多分、死ぬのはオレだけだろうな」

「ふふ、よくお分かりで」


 落ちる途中、イクスが大剣に貫かれたのが見えた。震える手を抑えながら、なんとか杖の上に乗る。そのままイクスを追いかける。火の中を走り、髪やお気に入りのリボンがチリチリと燃える。

 炎の中で二つの人影があった。そこに向かって進む。


「……オレにとって邪魔なんだよ、スピカは」


 それは間違いなく、イクスの声。思いもしない言葉に足が止まる。


「オレはただ、罪人をブチのめしてやりてェ。憎い『犠牲の魔女』を苦しませてやりてェ。それだけでよかったんだよ。だがなァ、邪魔者のせいで……」


 ごほっ、と血を吐きながら、イクスは言葉を続けた。


「そいつを守らきゃなんねェって、思っちまったんだよ!」


 それは『犠牲の魔女』に向けた言葉よりも力強かった。

 この数年間、イクスは『犠牲の魔女』への復讐心でいっぱいだったはず。うちのことなんかより、最も大事にしていた目的だったはずなのに。


「イクスは……それを捨てて、私を助けてくれたん?」


 どうして。

 うちはただ、アンタの後輩として魔女騎士団に入っただけ。うちの戦闘力、判断力、能力では一人で任務をこなせないと判断されて、お前と行動するよう命令されていただけ。


「うちなんか、助けんでええやんか……!」


 涙が溢れ出る。

 イクスを助けたい。

『運命』になんか、負けたくない……!


「やめろやぁぁぁぁぁ!」


 アーチェリーを構え、奥にいる大剣を上にあげた人影に向かって放つ。

 すると、人影は後ろに下がってそれを避けた。時間稼ぎは出来たようだ。


「イクス、一緒に逃げるで!」

「スピカ、逃げろって言ったじゃねェか!」

「嫌や、絶対に一緒に帰るんや……!」


 そう言ってイクスに泣きつくと、背後に人影があるのを感じた。振り向くと、血で塗れた『紅血の魔女』がこちらに歩いてきた。


「あ……」

 

 視えてしまった。

 うちらがまとめて切られて、バラバラになる『運命』。

 

 『運命』は絶対だ。

 私たちはこのまま切られて死ぬ。

 じゃあ、抵抗だって無駄じゃないか。

 抵抗せずに、運命を受け入れる事しか……


「っ……そんな『運命』なんかで、諦められる命じゃないんや!」


 目を開く。

 相手は右上から左下に向けて剣を振るはず。

 

 腕が飛んだって良い、うちは絶対にイクスを守る。

 そして絶対に、生きて魔界に帰る……!


 意志の強さと比例して、大量の魔力が湧き出てくる。


「はあぁぁぁぁっ!」


 轟音が響く。


 信じられない光景が広がる。

『運命』とは違う、奇跡の光景。

 うちはシヴァニの攻撃を受け止めていた。



「『運命』が、変わった……!」



 うちの能力は、『運命を視るだけの能力』。

 親がいなくて能力の全てを知らなかったから、そう思っていた。

 でも違う。

 視る、詠むだけじゃない。


「『運命を超える能力』……!」


 『紅血の魔女』は後ずさる。少し驚いたように目を見開いたが、微笑を崩すことはなかった。

 どこからか、もっともっと魔力が湧き出てくる。


「先程より魔力が強いですわね。体力も減っているはずなのに、感動致しました」

「……覚悟しーや」

「そちらこそ」


 杖を持って、『紅血の魔女』と向き合う。

 集中して、相手の次の行動を詠む。相手はまず右上から左下へ剣を振る。それを受け止めた先の運命はまだ視えない。


「その先は、うち次第ってことか……!」

「来るぞ、スピカ!」


 最初の攻撃を構えた杖で受け止める。防御魔法で補強しているため、杖を切られることはないだろう。

 相手はすぐ次の攻撃に入る。その一瞬で次の『運命』を詠む。


「左からやな!」

「ふふ。楽しい、楽しいですわ。あなたのその強い感情を宿した目。とても美しい!」


 右下から中央。

 左の首の位置から真横。

 次は右からのフェイント、その後左からお腹の位置。

 溢れ出る魔力を使っていると、次第に視界が霞み始める。

 だが、そんなことを気にしている場合ではない。


 次は……正面から刺してくる!


 ずっと杖で受けてきたのをやめ、最後の攻撃は体を反らしてかわす。

 そのすぐ上を、刃が通った。


「あっぶな……!」


 再び『紅血の魔女』が、ゆらりと大剣を構えた。すると、上から一つ人影が落ちてきた。


「シヴァニ、もういいだろう!」


 人影の正体は『犠牲の魔女』。『紅血の魔女』を止めに来たようだ。敵が増えたわけではないと悟り、少し安心する。


「……ええ、そうですわね。もういいでしょう」


 そう言って、『紅血の魔女』は息を吐く。

 その言葉を聞いて胸を撫で下ろす。一番迎えたくなかった『運命』を乗り越えられたことが嬉しくて嬉しくてたまらない。

 イクスの方に振り返って、笑顔を見せる。


「イクス!」


ほんまに良かった。

これで、イクスと一緒に帰れるんや。

これからも、魔女騎士団のみんなと一緒にいられるんや……。


「もう十分遊びましたので、用済みです」

 

 イクスの方に振り返ったのに、彼の姿はそこになかった。

 急に視界が反転したようだ。よく見ると、すぐ傍に彼の足がある。


―あれ、倒れちゃったんかな?


 起き上がろうとしても、体が全く動かない。


ー魔力の使い過ぎやんなぁ、確かにすごい疲れたわ……。


 まるでそれがないかのようだ。


ーもう、イクスに褒めてほしかったのになぁ。まぁ、次目が覚めたらでええわ。


 意識がもう保てそうにないので、目を閉じて眠りにつく。




ー『運命』を越えられて、本当に良かった……

 








「え……?」

「とても素晴らしかったですわ! お互いを守り合う行動、そして決意の力で増幅する魔力……」


 シヴァニは頬に手を当て、嬉しそうに話す。



 首を失った、スピカの前で。



「スピカ……?」


 イクスはがくん、と膝をつく。

 光を失った目で、落ちたスピカの頭を見ていた。


「い、命まで奪わなくてもいいだろう!」

「ふふ、何をおっしゃいますか? もういいと、貴女がそう言ったのでしょう?」


 にっこりと笑うシヴァニ。「普通」ではないと、本能が身の危険を知らせてガクガクと震える。


「こんな……こんなことが……!」


 シヴァニは頭を抱えて震えるイクスの前に立った。

 大剣を振り上げる。


「ふふ、やはり魔女の血を浴びるのは気持ちがいいですわね。人間だと手ごたえがまるでなかったのです。でもこれで満足ですわ」


 お母様、とシヴァニは呟いた。するとイクスははっと我を取り戻して、その言葉に反応した。


「お前、ベディヴィアにもこんなことをするつもりか……⁉︎」

「シヴァニやめろ!」

「頼む、こいつを止めてくれ! ベディヴィアはオレ達の……」


 大剣を持つシヴァニの持ち手に魔力弾を放とうと、片手を出す。

 だが、私が魔力弾を出す前に、彼女の処刑は執行されたのだ。


 シヴァニは林檎のように真っ赤に染まっている。

 そして口角を上げて呟いた。


「ふふっ、これでお揃いですね」


 その「悪魔」は、私の方に振り向く。

 

―殺される。

 

 そう思った。

 しかし、彼女はただ微笑んで、こう言った。


「時が来たのです、サファイア様。明日の日が昇るころ、私たちが出会ったあの教会でお待ちしております」


 天使のような微笑みに足も手も震え、背中につーっと汗が流れる。

 行きたくない、という私の思いを見透かしたように、彼女は続ける。


「貴女の大切なものを全て失ってもいいなら、来なくても構いませんよ?」


 彼女は目を細めて笑った。

 これもまた、冗談で言っているのではない。本気だ。

 目の前の二つの亡骸がそれを物語っている。

 恐怖で出せなくなった声を、必死に絞り出す。

 震えていても、伝わればいい。彼女に、私が抵抗する気はないと伝えなくては。


「分かった、分かった。必ず、行く」


 そう言うと、紅い悪魔は少し口角を上げて、炎の中に消えていった。


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