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魔女のオルガン  作者: 華色
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一章 人間界に降りた魔女

 とある国の西側に位置する街、ルーデンベルク。

 争いもなく、事件もない。

 皆がお互いを助け合って生活している。

 この街は世界で一番地味で、そして世界で一番幸せな街だ。


 そんな街には、唯一のシンボルと言える大きな時計塔がある。

 時計塔には噂があった。


 その時計塔に魔女が住んでいる、というものだ。


 もちろんそんな非現実的な噂を信じる者はごく僅かだ。

 その時計塔は扉が硬く閉ざされており、誰も時計塔に住む魔女を見たことはない。


 魔女が住んでいるという決定的な証拠は、今も見つかっていない。

 だが、満月の夜に夜更かしをした子どもたちは見たという。


「箒に乗って空を飛ぶ、魔女の姿を」

「おおおおぉぉー!」

「かっこいい~!」

「おれもよふかしするー!」


 小さな子どもたちが、十二歳くらいの若い話し手を囲いきゃっきゃっと騒いでいた。

 私はその様子を一瞥して通り過ぎる。あんな風にちやほやとされていると少し照れくさい。


 何故ならば、私がその噂の魔女だからだ。


 満月の夜は明るいので、箒に乗って時計塔に帰るところを見られてしまったようだ。

 これからは気をつけよう。


 魔女はこの人間界において、忌み嫌われる存在だ。

 だから私は人間のふりをして、平和に生活している。


 入り組んだ路地に、緑が映える木組みの家が並んだ街の中を、気分で道を変えながら歩く。こうして毎日散歩していると、毎回誰かに手伝いを頼まれる。


 この街はそういう互いの助け合いで成り立っている街で、そんなことは当たり前だった。


 私はこれと言って職に就いていない。それに就く必要もないので毎日そのお手伝いで生活している。だが、お手伝いと言っても楽な物ばかりではない。


「サファイアじゃないかい、おはよう」


 ふいに声をかけられ振り返る。そこには先日、風邪で寝込んでいたルミ婆さんがいた。


「婆さんか。元気そうで何よりだ」

「私が倒れている間、孫たちの面倒を見てくれてありがとうね。助かったよ」

「どうってことないさ」


 なんて言うが、本当は倒れるほど体も心もへとへとにさせられた。


 彼女の孫たちは大変元気だった。私の事を「ばばあ」と呼ぶ、暴言の語彙だけはあるいじめっ子の長男。


 長男の暴言でいちいち傷つき一時間おきに号泣する長女。目を離すとすぐどこかに行く次男。極めつけにはトイレの水で遊び、床を水浸しにする三男。


 育児とは大変なのだなと、二十歳を過ぎてようやく知った。こんなの毎日一人でやってられるわけない。


 そう思えば、いつもルミ婆さんはそれをほぼ一人でこなしているらしいので、やはり人生経験が違うのだと思い知らされた。



「婆さん、もししんどくなったらまた手伝うからな……」

「あはは、ありがとうね。あ、そういえば頼みがあるんだった。この手紙を花屋のお兄さんに渡してきてくれないか?」


「分かった。報酬は今日の夜ご飯で頼むよ」

「相変わらず金じゃないんだねぇ。いいよ、とっておきのご飯を作っておくさ」



 彼女は微笑みながらそう言うと、食材を買いに行くと言って去っていった。


 花屋までは少し距離がある。箒を使えば一瞬だが騒ぎになるのも面倒なので、回り道をして景色を楽しみながら行く事にした。



「エイダン!」

「ん……?あ、なんだサファイアか!」



 気ままに歩いていると、今年の八月で十三歳を迎えた少年、エイダンを見つけた。彼は花壇の側にしゃがんで虫を観察していたようだ。


「何を見ていたんだ?」

「カマキリだ!この手で虫を捕まえて食うんだぜ、かっこいいだろ!」


 エイダンはカマキリを掴んでこちらに見せてくる。彼の掴む力が強く、カマキリが可哀想だったので、そうだなと同意しつつエイダンからカマキリを離した。


「お前は今日も一人でここに?」

「ああ、そうだよ。また母さんが怒っちゃって、飛び出してきたんだ」


 エイダンは反抗期が来たのか、家族とよく喧嘩するようになったそうだ。

 そしてその度に家を出て、私に会うために街をふらついているらしい。


 心が優しく、私に会えば必ず無償で様々なお手伝いをしてくれる、可愛い子だ。


「サファイアはどうしてここに?」

「ちょっと花屋に用があってな。今日も手伝ってくれるか?」

「もちろん!」


 彼は顔を輝かせ、勢い良く立ち上がった。

 そして、私はエイダンと花屋に向かうことになった。


 彼と色々話をしながら道を進む。私が人間界に初めて来た時から、彼の話がこの世界を知るのにとても役立った。


 例えば、人間は魔界の住人である魔女にあるような魔力や『能力』を持っていないという事だ。ちなみに、魔女は能力にちなんだ「〇〇の魔女」という風な二つ名を持っている。


 そしてもう一つ。人間の生命力はかなり弱いということが分かった。これまでのことを比較すると、人間より魔女の方が秀でた存在なのだろう。


 だが、その代わりに魔女は生まれ持った魔力や『能力』の強さで人生が決まる。


 人間も同じようなことはあるのだろうが、魔力や能力は努力でどうにかなるものではないのだ。

 その点、あまり才能に左右され過ぎない人間というのはとてもいい物だと感じた。


「そうそう、時計塔に住んでいる魔女っているだろ?」

「噂は聞いたことがある。非現実的で信じられる話じゃないが」


「へっへっへ、それがだな……!エルカビダっていうちょっと遠くの街に、これまた別の魔女が住んでいるっていう噂が流れてるんだぜ!」


「それもただの噂だろう?」

「いや、エルカビダにも噂が流れたってことは、魔女はこの世にいるということだ!」

「はぁ、勝手に信じていろ」


「まだ信じてくれないのか⁉くっそ~、いつか絶対に魔女の尻尾を掴んで、サファイアに魔女はいるんだって証明してやる!」

「魔女に尻尾はないぞ」

「ことわざだよ、こ・と・わ・ざ!」


 冗談だと笑うが、エイダンの発言が少し気になった。


 人間界に魔女がもう一人いる?


 私は二年前、突然魔界からこの人間界に転移した魔女だ。転移した理由も転移するのに用いられた魔術も、そして誰が私をここに来させたのかも知らないが。


 そもそも魔界と人間界は存在している次元が違う。魔界から人間界に転移した魔女など、伝記にしか存在しなかったのだ。


 それほど次元を超える転移魔法はレベルが高い。だからこの世界に魔女は私一人しかいないと思っていた。


 だが、エルカビダに本当に魔女がいるのだとしたら……私はその魔女に会う必要があるのだろうか?


 いいや、魔界での友達も一人きりしかいなかったのだ。家族にだって会いたくない、合わせる顔もない。


 魔界とは完全に縁を断って私は今幸せに生きている。

 今の幸せを崩すつもりなんて一切ない。


 もし人間界に魔女が存在したとしても、この幸せを崩される可能性がゼロにならない限り、私はその魔女と関わるつもりはない。


 ウサギや牛が穏やかに生活している牧場、動物の皮で作られた服屋や鮮度が売りの八百屋、海がないこの街にとっては貴重な、海の産物が並ぶ魚屋を通り過ぎて、広大な花畑に着く。


 その花畑をしばらく歩き進むと、花屋が姿を見せた。


「あ、花屋が見えてきたぞ!」


 エイダンはそれを見るなり走って先に行ってしまった。


「あ、待て!」

「花屋に先に着くのはオレだー!」


 はぁ、とため息を吐く。どうして子どもというものはこうも競争心が強いのだろう。面倒だが、これで負けては私のプライドが許さない。


 タッと地面を蹴り、まっすぐの道を走り出す。あっという間に私はエイダンを追い抜き、私が先に花屋に着いた。


 ふん、と鼻を鳴らすのも束の間、エイダンがすごい勢いでこちらへ向かってきた。


「あわわわわわ!サファイア、受け止めてくれええぇぇっ」


 全力で走り過ぎて急にブレーキをかけるとこけてしまいそうだ。

 だから私に助けろと言っているのだろう。


「全く仕方のない奴だ……っと!」


 急ブレーキをかけて前のめりになる彼の体を支える。私が支えていなかったら、花屋が全壊していたかもしれない……なんて、流石に冗談だが。


「気をつけろよ、これで私がいなかったらどうするんだ」

「サファイアがいない時に本気なんて出さねーからな!」


 にかっと笑う彼の笑顔はまるで向日葵のようで可愛らしかった。心の底では愛らしいと思ったが、それを表情に出さないように溜息をついた。


「いらっしゃいませ」

「騒がしくしたな、すまない」

「いえいえ、静かすぎるのも退屈なので」


 店の中から出てきた爽やかな青年がこちらに微笑みかける。


「あぁ、そういえばルミ婆さんからラブレターだ」

「え!」

「いや、冗談だよ」


 少し冗談を言っただけなのに、青年は想像していたより驚く。それを見てクツクツと笑ってしまった。

 笑わないでくださいよ、と彼は照れていた。


「お返しの手紙を書いて来ます。すみません、花畑の水やりを手伝っていただいても?」

「お安い御用だ」

「よし、任せろ!」

「ありがとうございます」


 そう言って、青年は店の奥に消えていった。


 花屋の所持する花畑はとても広く、二人で終えられるものではなかった。

 じょうろでひとつずつやっていくと腰を曲げることになるので、三十分だけでもかなりの腰痛と疲労が出てくる。


 人間界は魔界より科学が発達していないようで、様々な点で不便だ。遠く離れた人との連絡手段もなければ、このように手作業でやらなければならないことも多い。


「サファイアって体結構ばーさんなのか?」

「いいや、違う!私はまだ二十六歳なのだから……っ!」

「まぁ、結構大人だよな……」


 強がってはみるが、やはり痛い物は痛い。呻き声を出しながらじんじんと痛む部分を撫でていると、エイダンの笑い声が聞こえた。若さというものは時に羨ましい。


 しばらくして、やっと青年が戻ってきた。


「すみません、お待たせしました!水やりありがとうございます」

「き、気にするな。私は平気だ」

「さっきまで腰が痛いとか言ってたくせに……みゅっ!」

「悪い事を言う口はこの口か?」


 変な事を言い出した口の端を摘まんでむにむにと揉んだり引っ張ったりする。


「ご、ごべんなさい……」


 手を離して花屋に報酬のパンとお返しの手紙を受け取る。その間、エイダンはずっとこんなの脅しだのなんだのと頬を膨らませていた。



 エイダンを家の前まで送ると、あたりはあっという間に夕方になっていた。彼は自分の家を前に、少し寂しそうな顔をした。



「はぁ~あ、いつも楽しい時間ってすっげー短いよな」

「時間はいつも一定のはずなのにな。気持ちは分かるが子どもはもうねんねの時間だ」

「また子ども扱いかよ~……」


「子どもだからな。あと七年待てば大人だ、それまで辛抱しろ」

「ああ。オレ、大人になったらサファイアとしたいことがたくさんあるんだ!」



 そういうところがまだ子どもなんだよ、と思い笑みが溢れる。


「そうなのか? 楽しみにしてるよ」

「じゃあな!」


 私はエイダンが家の中に入るのを確認して、その場を後にした。


 そして、私は朝に会った婆さんの家に向かった。私がそこに着いたときには、既に彼女の孫たちが美味しそうにご飯を食べていた。


「サファイア、いらっしゃい。今日は野菜たっぷりのグラタンとガーリックとバターで味付けしたエスカルゴ、ジャガイモと豚肉の煮込み。ワインで煮込んだこれは絶品だよ」


「本当に御馳走だな。手紙を渡してきただけなのに」

「花屋なんて遠かっただろうし孫たちの世話のお礼もしてなかったからね」

「ふふ、ありがとう。あとこれ、手紙の返信」


 ズボンのポッケから手紙を取り出すと、婆さんに渡した。

 彼女は礼を言いながら受け取り、エプロンのポケットにしまった。


「ごちそうさま。とっても美味しかったよ」

「それは何よりだ」

「ばばあ!またばあちゃんを手伝えよ!」

「サファイアさんにそんな口聞いちゃだめだよぉ、お兄ちゃん」


 ご飯を食べ終えて遊んでいた長男と長女が顔を出す。長男は相変わらず生意気で、長女もまた相変わらず泣きっ面である。


「お前たちこそ婆さんに迷惑かけるんじゃないぞ」

「うっせぇばばあ!」

「こーら、なんてこと言うの! 罰として明日洗濯物やってもらうからね!」

「ええっ!ばあちゃんそれは!」


 流石だ。やはり婆さんは子どもの扱いが上手い。長男はしょんぼりとしながら二階へ上がっていった。


「今日もゆっくり休むんだよ」

「ありがとう。おやすみ、婆さん」


 そう言って外に出ると、すっかり夜になっていて、朝に賑わっていた道は人ひとりいない状態になっていた。



 誰もいないことを確かめ、私は手の平を月に向けた。

 すると、一秒もしないうちに空から箒が落ちてきて、それを掴む。

 浮かぶ箒に跨り箒の持ち手を空に向けると、一息で大空へと飛んだ。


 空は風が強く、右に流している前髪がなびいて右目の視界が遮られたり急に開いたりする。

 街を見下ろすとオレンジ色の灯りが片手で数えられるくらいしかなく、住民が眠りにつき始めたことが分かる。


「今日も平和そうで何よりだ」


 街になんの異変もないことを確認すると、住処である時計塔に向かった。


 時計塔の文字盤には簡単なお呪いをかけている。私が手で宙に「open」と書くと、勝手に開く仕組みだ。


 指で文字を書くと、大きな文字盤はギギギと音を立てながら開く。時計塔に入り箒から降りると、それは自然に閉まった。


 少しずつ時期は秋になりつつあるせいで、部屋の中はひんやりとしていた。


 布団もベッドもないこの場所だが、静かでとても居心地がいい。特に夏は風がよく通るので、暑さが苦手な私にとっては凄く住みやすい場所だった。



 床に寝転がり、瞼を閉じる。

 今日の水やりが相当疲れたのか、私はすぐに眠りについた。







 まだ人々が起きていない朝五時頃に、私は目を覚ます。

 起き上がって背伸びをすると、昨日花屋にもらったパンを食べた。


 それは中までバターが染み込んだ手作りパンで、冷めていてもとても美味しかった。あの花屋の青年は料理もできるようだ。


 時計塔の文字盤を開けると、そこにはまだ賑わう前の街並みがあった。私は文字盤から箒を使って外に出て、適当な場所で着地する。そして私は宙で「close」を書いて、文字盤を閉めた。


 少しするとすぐに街が賑わい始める。

 そして、いつも通り街を散歩しようと踏み出すと……



 ズズズズズ……



 急にこの世のものとは思えない音が聞こえ、それと同時に地面が揺れ始めた。

 だがそれは、地震のようなプレートの歪みによって起こるような揺れではなかった。 

 まるで、空間そのものが押し広げられているような。



「な、何が起きているんだ?」



 不意に空を見上げると、何故か太陽までもが揺れ動いていた。地震であるならば、揺れるのはこの地球上の大陸だけだろう。


 周りの人々も空を見上げ、悲鳴を上げている。それは、これが人間界にとっても異常な事態であるということを意味していた。


 そして、自分の目を疑うような現象が起きる。

 青空に紫と黒が混じったブラックホールのような物が現れ始めたのだ。

 それはどんどん大きくなり、禍々しさを増していった。


「うっ!」


 襲い掛かって来る寒気と吐き気。

 あのブラックホールのような物からは膨大な魔力を感じる。


 何故だ、一体どういうことなんだ。


 ブラックホールのようなものの成長は止まり、街人の中の冷静な人たちは落ち着きを取り戻してきている。


 しかし、私の気持ちは全く収まらないままだった。すると、一人の女性が私に話しかけた。


「大丈夫ですか?」

「私は大丈夫だ、取り敢えず全員に家に避難しろと言っておいてくれ!」

「分かりましたわ」


 私は人のいない場所を探し、箒を使ってブラックホールのような物の場所へ向かった。


「これは……⁉︎」

「魔界と人間界を繋ぐゲート」


 誰かが私の疑問の答えを出してくれた。

 ここは空中、こんなところに来れるのは、魔女しかいない。


「誰だ!」

「わたしはミィナ。『物語の魔女』、ミィナよ!」


 声のする方を見ると、小さな女の子が宙に浮いた一冊の本の上に立っている。


 ローズピンク色のお下げの髪に、ラベンダー色の帽子とワンピース。


 どちらもフリルがたくさん使われており、「ゆめかわ」という言葉を連想させる。手には彼女の身長と同じくらいの大きさの本があった。


 その本にはタロットを連想させる複雑な模様と、いくつかの宝石で飾られている。


 そして何より印象的なのは、ずっと瞼を閉じていることだ。彼女は目が見えているのだろうか?

 取り敢えず、相手が子どもだと分かって安心する。


「あなたはだあれ?」

「私はサファイア。『能力』は言えない」

「話したくないことを深く聞くのはブレイって母さんが言ってたよ。よろしくね、サファイア!」


 ミィナと名乗るこの子は街のお転婆な子どもたちよりずっと素直でいい子そうだ。


「魔界で何があったか知っているか?」

「わたしの推測だけど、人間界と魔界の境界線が破壊されたんだと思うよ」

「そんなこと、誰がなんのために」


「……あなた、知らないの?」

「何をだ?」


「二年前、死んだはずだった魔界の『災厄』、『破壊の魔女』が生きていたことが分かったこと」

「『破壊の魔女』が⁉」


 『破壊の魔女』とは、その名の通り「物を破壊する能力」に特化した魔女であった。


 普通、能力は親のどちらかから引継ぐものであるが、『破壊の魔女』は突然変異だったらしく、両親は一般的な能力を持った魔女だった。


 その魔女は生まれて一年で自分の家族全員の体を破壊し、殺害した。


 その『破壊の魔女』は魔界の『災厄』となるとして、魔界の神代わりである『救済の魔女』が直々に手を下したと聞いていた。


「その後すぐにわたしはこの世界に来たから詳しくは知らないけど……今でも『破壊の魔女』は生きているわ。空間を歪ませる破壊なんてめちゃくちゃなこと、彼にしかできないもの」

「『破壊の魔女』がこのままずっと生きていたら、どうなる?」


「本で読んだの。魔界で『災厄』と判断された存在は……」


 ミィナは言葉を詰まらせる。

 彼女からは信じたくない、言いたくないという思いが伝わってきた。



「魔界を、滅亡させる」



 二年前まで普通に過ごしていた世界が滅亡するなど、信じられなかった。しかし、絞るように出された彼女の声が、これは誰も信じたくない現実だということを物語っていた。


「でもわたしは、魔女騎士団と『救済の魔女』さまがなんとかしてくれるって信じてる!」

「そうだな、滅亡なんてそんなこと、あるはずがない」


 自分に言い聞かすように何度もそう言うが、胸騒ぎは収まらない。


「わたしは二年前にここに来たの。だから、魔界のことはそれ以上知らない……。サファイア、私はここから少し南のチェルッソという場所にいるよ。何かあったらお互いにジョウホウコウカンしようね」


 彼女は情報交換という言葉を得意げに言った後、私に背を向けた。すると、彼女の周りから六冊の本が出てきた。


 本は、階段のように段差をつけて配置する。彼女は本の上を慣れた足取りですたすたと歩いて、地上へと向かっていった。


 両手で持っている本が大きくて邪魔そうだが、彼女は絶対にそれを手放さなかった。

 彼女を見送った後、私も箒で地上に降りることにした。


 ふと、空を見上げる。ゲートは私に「幸せは長く続かないものだ」と語りかけているようだった。


『破壊の魔女』が生きていると判明したのは二年前。

 私は昔からゴシップばかりの新聞が嫌いで読まなかったため、知らなかったのだろう。


 魔界と縁を切ったとは言っても、私の故郷だ。

 幼い子どももいる、自分の未来のために頑張る学生もいる、そんな学生を支える優しい大人たちだっている。


 魔界の滅亡なんて、望むことじゃない。



 だが、魔女騎士団が対応しているのならきっと大丈夫だ。

 彼らほどの力なら容易く解決するのだろう。相手は『破壊の魔女』たった一人なのだから。



 箒である程度の高さまで下ると、私は人のいなさそうな場所に飛び降りる。

 飛び降りて街の中心部へ歩くと私の名を呼ぶ声が聞こえた。


「サファイア!」

「エイダンか」

「朝の地震とドス黒いあれはなんなんだよー!」


 彼は空を震える指でさし、そう言った。

 大人でさえも立てなくなるような地震だった。子どもの彼が怖がらないわけがない。


「ん~……。もしかしたら、エイダンの言う魔女さんとやらが悪戯しちゃったのかもしれないな?」

「おお!やっと魔女がいるって信じてくれたのか!」


「あくまで可能性の話だ。正確には分からないが、きっとエイダンが心配することじゃない。お前の身には何も起こらないさ」

「良かった〜。あ、いや、怖いとかじゃないからな!いざという時はオレがサファイアを守ってやる!」


 私より足も遅くて筋力もないというのに、強がってかっこつけて……呆れると同時に、私もついつい笑顔になってしまう。


 元気を取り戻したエイダンを連れて、いつも通り依頼を探し始めた。


 地震が起きた直後は人が全然いなかったが、街はどんどん賑わいを取り戻す。


「地震もそうだけど、空のアレなんなの⁉」

「ま、まさか地獄に繋がってるとか……」

「ちょっと、怖い事言わないでよ!」


 街は地震とゲートの話で持ち切りだったが、それ以外はいつもの様子とほとんど変わらなかった。

 あれが何なのか誰も分からないので、いつも通りの生活をする以外に行動の選択肢がないのだ。


 人間たちはこの件において無力だ。そして、勝手に巻き込んだのは私たち魔女。

 私たちが責任を取らなくてはいけない。



 私とエイダンは、イタリア料理店のシェフに頼まれた庭の管理や掃除の仕事を一日かけてした。報酬はチーズ、パン、スープのお昼ご飯と、夜ご飯にと彼のレストランのパスタをいただいた。


 パスタは私にとって量が多く、半分くらい残してしまった。

 それを見たエイダンが「オレが食べてやる!」と意気込んでいたが、すぐにギブアップした。



「お、お腹がはちきれる……歩けない……」

「だから無理するなって言っただろ」

 歩くスピードがいつもより二倍遅いエイダンに合わせながら彼の家へと向かう。


「……俺たち、これからもこんな幸せな毎日を送れるかな」


 家に着くと、彼はそう呟く。

 やはり、まだ今朝のことが不安なのだろう。


「心配するな。お前のことはお前の家族が守ってくれる」

「サファイアは?」

「私も守ってやる、大丈夫だ」


 そう言って頭を撫でる。彼は一瞬辛そうな顔をしたように見えたが、すぐに笑顔に戻った。


「おやすみ、サファイア!」

「ああ、おやすみ」



 彼が玄関の扉を閉める。

 いつものように手のひらを月に向け、箒を呼ぼうとすると……


 ズズズズズ……


 突然、魔力の変動を感じた。

 それは朝感じたものより弱かったものの、ズシンと身体が重くなる。


 まさかと思い空を見上げると、ゲートから人影が落ちてきている。


「あれは……魔女だ!」


 重い身体を必死に動かし、箒を手にして魔女が落ちたであろう場所に向かった。

 時計塔は、もう七時を指していた。





 ゲートの下は街を抜けた先にある草原。草原にはいくつか灯りがあり、上空からでもぼんやりと地上の様子が伺えた。


 少し上空から探していると、地面に座り込む一人の少女がいるのを見つけた。



 その少女は制服姿で、スカートは膝が見えるくらい短い。学生時代の私が見たら卒倒してしまうだろう。


 長い爪にラメの入ったネイルをしている。その姿は魔界でたまに見る「ギャル」らしきものだ。


 髪色は水色で、ところどころに黄色と橙色のメッシュが入っている。

 左右の高さが非対称なツインテールに、毛先はワックスでツンツンに固められていた。


 ゆっくりと着地して箒を適当な場所に寝かせる。

 少女との距離は二メートル。いきなり攻撃されたとしても、即死することはないだろう。


 私はその場所に降下し、その少女に問う。


「誰だ、なんのためにここに来た?」

「だ、誰っすか……って、あんたは!」


 彼女は私の顔を見るなり驚く。

 どうやら私の顔に見覚えがあるらしい。私はこの少女のことなど知らないのだが……。


 彼女はポケットから白いピンポン玉のような物を二、三個取り出し、可愛らしく長いネイルが施された指の間に挟んだ。


 その球体には笑顔を表す顔文字が黒のインクで書かれてある。


「あ、あたしは殺されるわけにはいかないッス!」


 そう言い、彼女はその球体を私に投げつけた。


「!」


 反射的に二メートルほど後ろへ跳び、膝と手を地に着いて顔を上げる。

 すると、球体は私の元いた場所で爆発していた。 


 その攻撃は悪戯のレベルではない。

 当たれば皮膚が剥がれ、出血は免れないだろう。

 彼女に戦闘意志があるということを理解した。


「お前がその気なら相手してやろう」

「噂通りの身体能力ッスね」


 彼女は立ち上がり、再び笑顔の絵文字が書かれた四個の球体を私に投げる。

 球体一つにおける爆発の大きさはそこまでじゃない。半径二十センチくらいだ。


 だが、いくら小さくともそれが集まると大きな爆発になる。避けるのが無難だろう。


 最初に現れた球体を左に避け、後の三つがこちらにくると判断し、後ろに下がる。球体は例外なく全て私が元いた場所で爆発した。


「まだ火力が足りないッス、早く爆弾を作らないと!」


 なんの変哲もない球体が爆発するなど考えられない。だとするとこれは彼女の能力なのだろう。可能性としてあげられるのは、「爆発する球体を作る能力」だ。


 警戒するものはあの球体だけ。それなら、球体を対処しつつ相手の隙をつけばいい話だ。


 一瞬爆発による煙で少女が見えなくなっていたが、視界はすぐに明ける。

 だがその瞬間、少女が新たに六個の球体を取り出しているのを確認した。


「何個作ってるんだ、こいつ!」


 飛んできた二つの球体をしゃがんで避ける。

 その次の瞬間に現れた球体は足元を狙ったもので、避けることができないと判断する。


 左手を伸ばし、銃の形にして人差し指を標的に向けた。指先に魔力を集中する。

 すると、手の周りから海碧色のオーラが手の先に集まっていく。それは、一瞬にして小さな魔力弾に変わった。


 そのまま前方に魔力弾を飛ばし、それに当たった二個の球体が消失する。


「魔力弾を一瞬で作った⁉」


 残りの二つの爆弾を身をかわして避け、少女の元へ歩く。


「あんな物の一つや二つ、片手で対処できる。あの程度のことしかできないのなら、お前は私に勝てない」


 とは言っても、魔力を纏わない状態で食らえばきっと怪我をするだろう。小さな魔力弾を使えば、なんとか二個までは無力化することが出来る。


 私は少女の元へ一歩、二歩と近づく。

 ふと彼女の手には、何かペンのような物があるような気がした。

 ある程度の距離まで近づくと、突然少女がニヤリと笑った。


「引っかかったッスね!」


 ある場所に踏み込むと、カチッという音が聞こえて下を向く。

 すると、私の足元には驚愕の表情を表す顔文字があった。


 刹那、地面が爆発した。

 まるで地雷でも埋められていたかのように。


「あの爆発をまともに受けたのなら、足がぶっ飛んでいるはず! 私の作戦の大勝利ッスね!」


 静寂が訪れると、少女は安堵してそう言った。

 その束の間の静寂を切り裂くように、私は言葉を発する。


「なるほど。どうやら私はお前の能力を勘違いしていたようだ」


 私は体に傷一つないままその場に立っている。

 煙が消えてそれに気づいた少女は面白いくらい口をぱくぱくさせていた。


「ど、どうして無傷なんスか⁉ さっき私の爆弾に……」

「魔力を使ったからな。魔力は私の唯一の戦闘武器であり、防具だ」


 私は魔力を全身に纏うことで、攻撃を逃れた。他の魔法より魔力を消耗するので、この手は使いたくなかったが仕方ない。


「先程は散々お前に攻撃されっぱなしだったからな。次は私の番だ」


 走って少女の元へ向かう。

 地面に絵文字が書かれている場所は跳んで避ける。


「く、来るなッス!」


 彼女は新たに球体を投げた。

 だが、その球体は今までと違い、混乱を表す顔文字が描かれている。


 横にかわすが、その球体は爆発せず、破裂した後にもくもくと大きな煙になった。


「発煙弾か……」


 視界が奪われ、少女の姿が見えなくなる。

 方向も分からなくなり、この中で少女を探すことが困難だと判断する。


 別に彼女自体に興味ない。しかし、どうしても魔界の状況を知りたい。


 私は箒を呼び、それを手にする。飛べという合図で、箒は私を連れて上空へ行く。


 煙を抜けると、逃げようと必死に走る少女の姿を見つけた。

 箒で走る少女の前まで飛び、彼女の行く手に立ちはだかる。


「小賢しい真似をするな」


 だが、彼女は恐れることも慌てることもなく、そこら辺に落ちているようなただの木の枝を取り出した。


「あたしの能力、逃げるのにすっごく役に立つんッスよね……!」


 見にくいが、木の枝には焦りの顔文字が書かれている。

 危機感を感じ、それを投げさせまいと彼女の腕を掴もうとした。


 だが、あともう少しで手が届くというところで彼女が枝を私に投げる。すると、それは突然大きな光に変わった。

 私はあまりの眩しさに目を瞑った。


「今のは閃光弾か……なるほど、お前の能力が分かってきた」


 彼女が使用したのは爆弾、地雷、発煙弾、閃光弾。

 爆弾はどれも顔文字が書かれていた。


 普通の爆弾は笑顔、地雷は驚愕、発煙弾は混乱、閃光弾は焦燥。


「爆発する球体を作り出す能力」だと思っていたが、それでは地雷や今の閃光弾はどうやっていたのか説明がつかない。


「顔文字を書いたものを爆弾に変える能力」の『爆弾の魔女』。


 それならば、これまでのことが全て一致する。

 少女がただの球体をたくさん持っていて、私が爆弾の対処をしている間に別の球体に顔文字を書き込んでいた。


 そして一瞬見えたペンのような物は、その能力を発動させるために持っているようだ。


「全く、能力の使い方はプロだな」


 閃光弾や発煙弾は私の魔力で防げない。

 つまり、彼女がそれらを投げてくる前に捕まえなければならない。


 少女が逃げていた先は森。きっと自分の能力で時間稼ぎをして、森に逃げこもうという作戦だろう。森に逃げ込まれるとこちらとしても厄介だ。


 光から解放された私は目を開けた。

 前方に走る少女が見える。少し離れているが、問題ないだろう。


「一瞬だ。あいつには爆弾を作る時間さえ与えない」


 箒に跨って魔力を込めると、箒の柄が軋んで振動し始める。

 そこをトン、と指でつつくと、箒は弾かれたように飛んだ。


 あまりの速さに風が起こり、マフラーが暴れ出す。爆速で近づく気配に気づいた彼女がこちらを振り向いた。

 瞬く間に彼女の背後に着くと、同時に飛び降りる。


「い、いくらなんでも速過ぎじゃないッスか!」


 焦った彼女はポケットから爆弾を取り出そうとする。


「あっ!」


 私は彼女に、たった一秒の猶予さえ与えなかった。

 瞬息で左手が彼女の手首を掴む。

 右足を後ろに引いて、空いた片手の拳を構えた。



「諦めて歯を食いしばれ、『爆弾の魔女』」

「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!」


 広大な草原に、少女の叫び声と一発の打撃音が響いた。





「で、お前の名前は?」

「サナエ、ッス……」


 腹部に私の自慢の一発入れられた『爆弾の魔女』は、手を私のマフラーで縛られたまま正座させられている。


 彼女は最初から「殺さないでくださいッス~」、「ごめんなさいッス~」と震えながら喚いていた。

 特に、彼女は頻繁に殺されたくないと言う。


 それが大変耳障りなので、この尋問を早く終わらせようとしていると……


「私も聞きたいことがあるの、混ぜて!」


 声が聞こえた方を向くと、そこにはミィナがいた。さっき会った時と同じく、手には大きな本を持っている。


「な、仲間がいたんスか! しかもこんな小さな子だなんて、もしかしてロリコンなんですか⁉」

「ロリコンだと⁉ 断じて違う、勝手に勘違いするんじゃない!」

「ふふ、二人ともとーっても仲が良いのね! わたしはサファイアのおともだちのミィナ。よろしくね!」


 彼女はぴょんぴょんと小さく跳ねながら私の隣に来る。

 裏表のない可愛らしいミィナの笑顔に癒されたのか、サナエの表情が少し柔らかくなった。


 幼女は癒しの力が凄い上、初対面だと大人より信用されやすい。私も彼女くらいの歳に戻りたいものだ。

 そんな呑気なことを思っていると、ミィナがサナエに問いかけた。


「あなたはどうして人間界に来たの?」

「ここが人間界なんてことすら知らなかったッス。 あたしはただ、ブラックホールみたいなものができてたから興味があって飛び込んじゃっただけなんス……」


 サナエは答えにくそうにボソッと小さな声で話す。ミィナはそれを聞いて、言葉を失ってしまった。


「命知らずにもほどがあるだろ! なんであんなのに入ろうと思ったんだ!」

「ひぃっ、殺さないでくださいッス~!」


 よっぽどくだらない理由だったので、溜息が出る。

 好奇心というのは恐ろしいものなのだと実感する。何故ならサナエの様に、自分の身の安全すら目に見えなくなるのだから。


 まぁそれは良いんだけど、とミィナは再びサナエに問いかけた。


「サナエ、ここ二年で何があったか知らない? 例えば、『破壊の魔女』と『救済の魔女』のこととか」

「うーん……」


 少し悩んだ後、思い出したようにハッと顔を上げた。


「そういえば『破壊の魔女』のことは前に聞いたッス!」


 そうして彼女は『破壊の魔女』について知っていることを話し始めた。


 まず、二年前『破壊の魔女』が生きていることが判明した直後、『救済の魔女』と魔女騎士団が協力して始末しようとしたらしい。


 だが、結果は惨敗。『破壊の魔女』と彼の協力者の手によって邪魔をされ、『救済の魔女』の血統者が多数殺された。


 その後は魔女騎士団が奮闘し、なんとか一時的に彼の力を無効化することに成功したらしい。


「ブラックホールみたいなのが現れる前日、彼の力を抑えていた魔女さんを襲った人がいたらしいんス。そのせいで、『破壊の魔女』が目覚めたのかもしれないって噂ッス」

「『救済の魔女』が死ぬほどの戦いだったのか……」


「魔界の『災厄』と認められた魔女は、『救済の魔女』を超えるほどの力を持つ……その上魔界を破壊するほどの力をも持つ。だからこそ、赤ちゃんのうちに『救済の魔女』さまが手を下すって本に書いてた」


 ミィナは下を向いた。きゅっ、と握りしめた手を胸のあたりに当てている。


「ということは、『破壊の魔女』を倒せる人がいなくなったということじゃないのか?」

「それがなんスよ。『救済の魔女』の生き残りが一人だけいたらしくて。魔女騎士団は血眼になって探してましたけど、全然見つからないみたいなんス」

「なら『救済の魔女』が全滅した訳ではないのか」


 はい、とサナエは頷いた。

 ミィナも少し安心したようだ。私も同じく、どこか心がほんの少しだけ落ち着いた気がする。


「良かったぁ。『救済の魔女』さまが生きているなら、きっと大丈夫!」

「ああ、それが分かって良かった」


「質問はそれで終わりッスか? あたし、家に帰りたいんスけど」

「うん、ありがとう! サファイア、マフラー外してあげて」

「言われなくても」


 マフラーを外して正座もやめていいと伝えると、彼女は立ち上がって服に付いた泥を払った。


「はぁ~やっと解放ッス!」


 そう言って伸びをする彼女だが、ゲートを見上げた後硬直する。


「あの……どうやって帰ったらいいんスか」

「は⁉」


 私もミィナも開いた口が塞がらない。魔界に帰るのならゲートに入ればいいだけの話。サナエだってそれが分からないわけではないだろう。


「まさか、まさかとは思うが」

「お空が飛べないの……?」

「魔術の勉強サボってるんで……飛べないんスよね!」


 ミィナは驚きのあまり声が出ないようだ。

 私はまた大きく溜息を吐く。

 こんなに溜息を吐いたのは久しぶりだ。


 魔界で歩く以外の交通手段は、大体魔術を使っての飛行だ。

 だから中学校のうちに授業で飛行をマスターする魔女がほとんどなのだが……


「お前、もう中学生じゃないだろう……まだ習得してないのか」

「飛行することに意味を感じなくてサボっちゃった女子高生ッス」


 サナエはピースを顔の横で作り、ウィンクする。

 軽々しいにも程がある。

 努力したら必ずできることをしようとしない魔女を私は好きではない。


「ん~、魔界に帰るにはヒコウをしないといけないから……少しの間ここでおべんきょうしよう!」

「え! 今日中に帰れないんスか⁉」

「当たり前だ、努力を怠った罰だな」


「大丈夫、ヒコウくらいなら二日でできるようになると思うよ! 一緒に頑張ろう!」

「うぅ、帰るために仕方ないッスもんね……」


 サナエはうなだれながら、ミィナの提案を飲んだ。

 こうして、人間界にまた一人魔女が増えた。


 めんどくさがりで頭も悪く、とてもうるさい私が苦手な性格の魔女だ。


 だがそれと引き換えに、今の魔界の状況を知れた。

 それはとても大きな収穫だった。



 ミィナはサナエを連れて自分の家に、私は一人で時計塔に帰った。


「魔力を使うのは二年ぶり……流石に体力を消耗したな」


 多量の魔力があったとしても、魔力を使うための体力が少なければ、長時間に渡る魔術の使用はできない。

 私は体力が少し衰えてしまっていた。

 あまりにも人間界が平和過ぎて、戦うための魔術を使う必要なんてなかったから。


 生まれた時に魔力を持っていなかった私の居場所は、初めから人間界だったような気がする。

 人と人がお互いの短所を受け入れ、協力し合う美しい世界。


 初めからこの場所で生まれてきたかったと、今まで何度も何度も思った。


 もしここで生まれたのなら、私は何も失うことなどなかったのに。


 そんな悲痛な思いを飲み込んで、目を瞑る。

 この世の理不尽をどれだけ嘆いても、過去は変わらない。


 全て忘れて眠ってしまおう。


 過去のことを思い出した時、私はいつだってそうしてきた。

 どれだけ黒い感情が襲おうとも、それを表に出したことは今まで一度もない。


 ほうほうとフクロウの鳴き声が聞こえた。

 それは私の子守歌。

 私の意識はゆっくりと、夢の中に吸い込まれていった。


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