序章
「産まないで欲しかった」
ここは、自分の『能力』に誇りを持つ者が蔓延る世界。
でも私は違う。
私はいつだって自分の生まれ持った『能力』を恨んできた。
それは何の役にも立たず、誰かを傷つけることしかできないからだ。
こんな『能力』で産まれて、こんな世界で幸せに生きていけるわけがない。
そんなことは私と同じ『能力』を持つお母さんが一番分かっていたはず。
なのに、どうして私を産んだのだろう。
森の奥にある洞窟の中はとても寒かった。焚き火をしていても体がすぐに冷え切ってしまうほどだ。
それを少しでも温めようと体を丸め、膝に頭を埋めた。
私はここに逃げるまで一日中追手から逃げており、食事も休憩もできなかった。
「……眠たい」
枯れた声でそう言い瞼を閉じる。
一度眠ったら、目が覚めた時に何もかも元通りになっている気がして。
「おい! ここの奥に誰かいるぞ!」
「きっと奴だ! 捕まえろ!」
緊迫した声が洞窟に響く。
そして同時にドタバタと大きな足音が聞こえた。
「あの人たちが来る……逃げないと……!!」
重たい足を必死に動かして洞窟の奥へ、奥へと進んでいく。
しばらく突き進んでいると、目の前に大きな壁が現れた。
……行き止まりだ。
後ろから聞こえる足音はどんどん近づいてくる。
膝が力無く地面に崩れ落ちた。
―終わった。
自分の衣服を握りしめて、歯を食いしばる。
親友の名を呟く。
自分に彼女の名を呼ぶ権利は無いというのに。
「ディアナ……っ」
刹那、目の前に羽が落ちてきた。
それは雪のように白く、一切の汚れをも許さない。
まるで天使の羽のようだ。
「ねぇ、助けてよ。天使さん、もしあなたがこの世界に存在するのなら……!」
縋るように、それに触れた。
瞬間、眩い光が私を包み込んだ。
直視すれば失明してしまうかもしれないほど強い光だ。
瞼を閉じる。
すると体が浮いたような感覚に陥った。
今自分に何が起きているか分からないまま、その感覚に身を任せる。
天使が本当に助けてくれたのだという微かな希望を信じて。
光が消えたことに気がつき瞼を開ける。
「ここは……」
知らない地形に、知らない空気。
そして、知らない感覚。
その場所は『能力』が存在しない世界。
「人間界」だった。