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8: 夏休みを一緒に過ごすことになった

7月1日って、夏の始まりって感じがします。

[7/22]


僕も本浄も、他に友人と呼べるような人はいない。

彼女の学外での交友関係まで完璧に把握している、というわけではないが、おそらく学校外での彼女も似たり寄ったりのものなのだろうと思う。もちろん恋人と呼べるような人間もいない。つまり何が言いたいかというと、僕等は他者との交流がないゆえに、相手への距離感を相対評価することができない。だから僕と本浄の間の関係が、どの程度のものであるか、理解も説明もできないのだ。

けれど、そんなことは特に気にしなくていいと思った。僕と彼女は、お互いに孤独を紛らわすために、傷を舐め合うために近くにいるだけなのだ。昨日あれだけの言葉を交わしたのにこんなことを言うのもどうかと思うのだけれど、僕たちはきっと、ただそれだけの関係だ。


天体観測を終えた次の日の放課後、僕は参考書とノートを開いていた。隣で本浄は読書をしていたのだけれど、昨日の今日でろくに睡眠時間は取れていない僕たちは全然集中できていなかった。特に本浄瑠璃は文庫本を片手に静止して両目をつぶっており、時折船を漕いでいた。それからはっと目を覚まし、「ごめんなさい」と言った。誰に謝っているの、と訊くともう一度謝罪された。

「そういえば、昨日変な夢を見たんです。なにかそれなりに意味のある夢だったと思うんですけれど」

それから本浄はそんなことを言い始める。

「とはいっても、内容はあまり覚えていないんですよ。ただ、懐かしさだけまだ覚えているんです」

懐かしさ、という曖昧な言葉で表現をする本浄。しかしそもそも懐かしさとは何なのだろうか。過去の記憶よりも、見たことのない夏の風景を懐かしく感じたりする。けれどもそれは、本当の意味で懐かしんでいるというわけでもないような気がする。曖昧な概念だ。

「悪いけど、それじゃわからないかも」僕はそう返した。

「そうですよね、すみません」

本浄がまた謝罪する。一分間に三度の謝罪は記録更新かもしれない。

そう言えば長い間夢なんて見ていないな、と思った。




[7/26]


期末試験が終わってから夏休みまでは非常に穏やかな日々が続いた。そもそも穏やかではない日なんてほとんどなかったのだけれど、それでも本当に何もないと言えるような数日間だった。試験は当面ないが、特にすることもないので放課後はやはり本浄と一緒にいた。流石に今学期の本浄にはもう勉強する体力が残っていないようで、それでも何となく勉強をしている僕の横に座っている。たまに会話はするのだけれど、基本的には本を読んでいた。僕の邪魔をしないようにしよう、という配慮なのだろうか。


そうして終業式になり、放課後になったのだけれど、僕はやはり教室で勉強をしていた。

「日向野くんは何するんですか、夏休み」

僕と同様、他に特に居場所がない本浄が、本を片手に持って話しかけてくる。

「何も決まっていないよ。盆以外は家で勉強してるつもりだった」

「そうですか。わたしと同じで寂しい夏休みですね」

「余計なお世話だ」そう言いつつも、僕と同じように予定のない彼女に安堵した。

それから僕は机に向き直して勉強に戻ったのだが、数十秒経った後、再び本浄に話しかけられた。

「ねえ、日向野くん、勉強を遮って申し訳ないんですが、もう一つだけ良いですか」

「どうしたの」と訊くと、彼女はしばし逡巡してから再び口を開いた。

「もしよければなんですけど……夏休み、わたしと一緒に写真を撮りに出かけてくれませんか」

「出かける、遊びに行くってこと?」

「あ、もちろん勉強が忙しかったり、他に予定があったりするんだったら、別にいいんです。わたしのわがままですから、きっぱり断っていただいて構いませんから」

彼女が俯き加減でそう付け加える。どうやら

「別に大丈夫だよ。言ったでしょ、勉強はせいぜい都合のいい暇つぶしだって。それに、習い事もないし友達もいない僕に予定があると思う?」

それに、僕と君は孤独を分かち合うと約束しただろう。そこまで言ってしまうのは恥ずかしいのでやめた。きっと彼女がこうして僕を誘ったのも、あの日の会話が後押ししたからなのだろうし。

「ふふ、そうですね。なら、予定がないもの同士、作ってしまいましょう。とは言っても、まだ場所も決めていませんが」

そう言ってまた彼女は安堵を浮かべ、薄く笑う。

そうして数年ぶりに、僕の夏休みに『母親の実家に行く』『夏期講習に参加する』以外の予定が追加された。


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