Period, 1-5 そして少年は『出会う』
「一ノ瀬くん。あなた、明日の昼休みに放送部に拉致されることになってるから」
「…………マジで?」
拉致されるって、そんな現実味のないことがあるのだろうか。
……いや。でも、何せ相手はあの査問委員会だ。どんなことをしてもおかしくない。
「まさか、ここまで大ごとになるなんて想定してなかった」
スマートフォンを握りしめ苛立ちを露わにする絢瀬さん。
やはり、今日の朝俺の名前を呼んだのはわざとじゃなかったらしい。
「はぁ。……それで、俺はどうすればいいんだ?」
俺がそう言うと、絢瀬さんが怪しむような顔で見つめる。
「……ねぇ、なんのつもり。昨日のあなたからは想像できない従順ぶりだけど?」
どうやら、絢瀬さんは俺の献身的な性格を理解できていないらしい。俺にボランティアをやらせたら右に出るものはいないというのに。
……まぁ、流石に言い過ぎかもしれないが。
「んじゃあ。何か要求でもしていいのか? そうすれば、貸し借りはなしだろ」
俺がそういうと、彼女は指を唇に寄せて考え込む。
「一方的な貸しを作ると後で痛い目をみる、か。まぁ……1つならきいてあげる」
「そうか」
絢瀬さんは、どこかで聞いたことがあるような、格言のようなものをボソッと呟くと、俺に酌量の余地を与える。
おっと、これはチャンスかもしれない。
だったら俺が絢瀬さんに望むことは一つだ。
「……よし。だったら、俺ともう関わらな……」
「却下」
……おい。
言うこと一つきくんじゃなかったのかよ。
「……なんでも聞くなんて言ってないんだけど。もっと自分の立場考えて発言して。昨日のスカートの件もだけど一ノ瀬くんって、頭悪いでしょ」
刃物のように鋭い視線で俺のことを睨み殺そうとする絢瀬さん。
そっちの方が上なのは分かるが、その言い方は流石にイラッとくる。
「まぁ確かに、学園一の秀才に比べたら俺なんて猿みたいなものかもしれないけど、それでも中学の時は平均点、キープしてたからな?」
「へぇ」
自慢するわけじゃないが、俺は中学の時、赤点を取ったことがない。良太郎は何度か欠点を取っていたからテストが難しくなかったということはないはずだ。
「だったら、うちの学校がレベル低いってことね」
「いやいや」
結論の付け方おかしくないか? なかなかの進学実績持ちの君ヶ咲学園を頭悪い呼ばわりするなんて傲慢だよ? その理屈でいったら底辺高校なんてゴミムシ以下じゃないか。
「……それで、一ノ瀬くん。あなた、一体なにが望みなの?」
「そうだな……」
大抵こういう時の、お約束というものは決まっている。
最近読んだラブコメでも同じような展開があったが、大半は同じ回答をしていた。
「……だったら膝枕を」
「きもい」
俺が冗談めいてそう言うと、机の下から足を踏みつける絢瀬さん。
昨日の正拳突きよりも威力は殺されていたが、しっかりとダメージが入る。
「……痛いです、絢瀬さん」
「知ってるからいちいち報告しないで」
「それに俺、まだ膝枕としか言って……」
今度は足を蹴られた。
加減してくれているとはいえ、普通の女の子と呼べるには程遠い行いだ。
「はぁ。……だったら、なにがいいんですか?」
「そんなの自分で考えてよ」
いや、これでも精一杯考えているんだけど。さっきから、頭ごなしに俺の意見を否定してるのは君の方だろ。
「んじゃ、今度一緒に……」
「めんどくさい」
…………。
まだ、なにも言ってないんだが。
俺のことをプールの端っこに密集した茶色く汚れているところを見るような目で見つめる絢瀬さん。一緒にと言うワードは、どうやら、厳禁らしい。
……大体、絢瀬さんのせいでこうなってるんだからね。
「はぁ……じゃあ、飯でも奢ってくれれば良いよ」
「そう」
茫然とした声の俺に対して一切トーンを変えずに答える絢瀬さん。
俺はそれに対し、ほっと胸を撫で下ろす。今度は蹴られなくて助かった。
「……不満?」
「いや、別に」
「そう」
絢瀬さんは納得したように、スマートフォンを弄り始めるが、俺は満足いってないからな。せっかく、解放されるチャンスを得たというのに、それを無駄にしたんだから。
「なぁ、一つ聞いていいか?」
「……何?」
俺はまだ何もいってないというのに、絢瀬さんの声遣いは殺伐としていた。
「絢瀬さんの家が豪邸だっていう噂が流れてるんだが、本当なのか?」
「……確かにあってる。だけどそんなこと聞いたことないんだけど。それ、誰情報?」
俺に対して懐疑的な目を向ける絢瀬さん。
「いや、逆に、なんで知らないんだ。絢瀬さん友達多いじゃんか。そんな生粋のリア充がどうしてこんな有名な噂を耳にしたことがないんだよ」
「別にいいよね。私には友達がいないから。それともなに、それを知らないからって何か不幸に見舞われるわけ?」
……学園一人気者の絢瀬さんからまさかの友達いない発言。
そういえば、絢瀬さんが学校で囲まれている状況に出会したことはあるけど友達と楽しそうにおしゃべりをするところを見たことはないかもしれない。
たとえ、絶対的美少女だとしてもそれなりの難はあるということか。
「まぁ。だからって、別に同情しなくていいから。一ノ瀬くんみたいなぼっちに憐憫の念を持たれたら、私の立場がなくなるでしょ」
だが、別に同情をしたつもりはなかったが、そんな言い方をされると多少イラッとくるものがある。
「はは……同情? なにいってるんですか絢瀬さん。俺は逆にその人たちは賢明な判断をしてるとおも……っ、何で蹴るんですか!?」
「……逆に訊くけど、それを言って蹴られないと思ったの?」
すでに、呆れ果てる絢瀬さん。どうやら、苛立ちを通り過ぎると頭痛がするらしい。絢瀬さんは頭を抑えている。
「……それで、俺は明日なにをすれば良いんだ?」
「別に。普通にしていればいいから」
スマートフォンから視線を全く外さずに二つ返事で答える。
「おいおい。それだったら、拉致されるじゃねぇか」
顔を上げて、そんなことも説明しなければダメなの? という表情を作る。
「朝はいつも通り登校して。それと、言わなくてもすると思うけど、靴箱を確認して。あるものと一緒にやることはそこに書き置きするから」
……ん。確かに、考えれば分かることだったかもしれない。
それにしても、『あるもの』って。靴箱にスタンガンや、警棒でも入れるのだろうか。これで査問委員会を返り討ちにしろ、みたいな感じの指令と一緒に。
うん。予め言っておくが、俺は武闘派じゃないから、その返り討ちを返り討ちにされて終わるからな。
「下駄箱に何か入れるのは分かった。だが、それを絢瀬さんがやると目立つだろ。それを考えての策なのか?」
「……ねぇ、さっきから明らかにバカにしてるよね? 一応言っとくけど、私はなにもしない。別の人にお願いするから」
「……友達はいないんじゃなかったか?」
「執事だから気にしないで」
なるほど。
どうやら本当にお嬢様らしい。
財力のある家庭に身の回りの世話をする召し使いがついているとは話に聞いたことがあった。だが、まさか同じ学校になんて思いもしないだろう。
「……じゃあもう帰るから」
「あっ、ちょっと絢瀬さん」
「……なに」
部屋から出ようとする絢瀬さんを引き止める。
「ここの利用料は俺が払うなんてことはないよな?」
「……はぁ。そんなこと?」
いや、さっきも言ったが俺は金をあまり持っていないんだ。
「別にここ使ったとしてもお金払う必要ない」
「……それってただってことか?」
「そう。言ってなかったけど、この店は私の父が全権を持っているの」
「……まじか」
さっきの友達いない宣言に続いてとんでもない事実が露呈する。
「確かに今は、葵がこの店を遣り繰りしてるけど、元々は成人式の日に私の父からもらった店を代わりに経営してるだけ」
「……そうか」
「じゃあ、今度こそ帰るから」
テーブルの下に置いてあった鞄を持つと、絢瀬さんは腰を上げて部屋を出る。
そのタイミングに合わせるように俺も個室を後にする。
「ねぇ、ついてこないで」
「いや、帰り道一緒だろ」
「だったら、5分後にして」
なにもない部屋で暇潰しをするのは退屈なんだが。
しかし、絢瀬さんが俺のことを野生の狼のような目で強い眼差しを向けているし……、
「あーもう。分かったよ」
結局俺が、cafe : concept を後にしたのは、約束通り絢瀬さんがここを出てから、5分後だった。
◇ ◇ ◇
「なんか、いろいろとすみません」
「全然気にしなくていいよー」
帰り様に美波さんに軽く挨拶をして店を出る。
それにしても、ほんと、人生というやつはなにがあるか分からないもんだ。
俺は桃色と黄色の豆電球で『cofe : concept』とかかれた店の看板をもう一度よく見る。来た時よりも空が暗くなったためか、今は光を放っている。
「それにしても。完全にバーだな、これ。どう見たって、カフェではない」
というか、宮園さんはどうしてこんな商店街の辺境のような店の場所を知っていたのだろうか。まさかここに来たことがあるなんてこと。
「はは。考えすぎか。そんなこと、宮園さんに限ってないよな……」
いやしかし、今日の宮園さんの絢瀬さんを見る目は、明らかに普通じゃなかったかもしれない。……もしかすると、なんてこともあり得るのか。
そんな自問自答を心の中で繰り返す。
ちょうどその時だった。
「んねぇ、さっきからなに一人でぶつぶつと呟いてるの??」
「……っ」
背後から誰かに話しかけれて、心臓が止まりそうになった。
「ねぇねぇ」
「い、いや。なんでもないです……」
カクカクとロボットのように体を曲げて、体をUターンさせる。
そこには俺たちの学園の校章がついた制服の少女が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
ちなみに彼女の服は、確かに絢瀬さんや宮園さんと同じ制服だったが学園が販売している黒いチャック付きパーカーをその上から羽織っているのか、印象が違って見えた。
「そう? ならいいや。それにしても変わった人だね。街中でぶつぶつと呟いてるなんて」
「……そうですかね。僕は中年のおじさんなんかが独り言を溢しながら痰を切っているのをよく見ますけど」
とりあえず、返事したものの、彼女はそんな俺の様子をしばらく唖然と見ていた。さすがに女の子の前で汚い例えを使ったのはまずかったのだろうか。
しばらく、黙り込む彼女。そして、
「……あははっ。君面白いね」
「なに言ってるんですか?」
「うんん、なんでもない。なんでもない」
よく分からないが、すごく天真爛漫な少女だ。
加えて彼女は、絢瀬さんや宮園さんと同じくらいに美少女だった。学校で彼女の姿を見たことがないから上級生だろうか。
「それで、こんなところで何してたの?」
「……恐喝されてました」
「……恐喝? あははっ。何それ」
いや、笑っているがさっきまでまじで恐喝されてたんだからな。
それも。俺が彼女の秘密を握っているにも関わらず、だ。
「あの。じゃあ、僕はもう帰りますから」
「あっ、うん。じゃあ、またねー」
俺は、ここまで来た路地の道を逆に進んでいく。
ここに来るまでの道はかなり入り組んでいたが、俺は一度通った道はだいたい覚えられるから迷うことはないだろう。
「あっ、そうだ。ねぇ! 君って名前なに?」
突然後ろの方からさっきの彼女が呼びかける。
「一ノ瀬ですけど」
「一ノ瀬くんか。だったら、いっちゃんだね」
いや、なんでいきなり愛称なんだ。というか、いっちゃんっていう女の子につけるような名前の付け方をされたんだが。
「私は涼菜。羽瀬川涼菜。君と同じ、君ヶ咲の2年生だよ」
そう言って後ろで手を組みながら、微笑みかける彼女の笑顔は今日見た中でも一番に真っ直ぐだった。
この度は『Period, 1-5 そして少年は『出会う』』を読んでいただきありがとうございました。




