Period,1-3 棚から『美少女』
君ヶ咲学園の終業時間は16時30分であると生徒手帳に書かれた校則の欄に記載されている。また、部活動のある生徒は原則8時までしか学校に残れない。
====================================
「Cafe : concept ってどこだよ……」
綾瀬さんに呼び出しをされたその日の放課後。俺は真剣な眼差しで、スマートフォンと睨めっこしていた。その様子を——良太郎が隣から覗き込む。
「なぁ、お前はさっきから何をしてるんだ?」
「違う、違う……これも違う」
俺が『近くのカフェ』と検索をかけて片っ端から名前を確認する作業を繰り返すこと、実に5分。そろそろ、バスや地下鉄でも乗り換えが必要になる境界線まで、検索地域を広げていた。
「なぁ……」
「ちょっと黙ってくれ、良太郎。俺は今この鬱憤をどこにぶつけていいか、迷っているんだ」
渡された紙をもう一度凝視する。
『今日の放課後、駅前の Cafe : concept に集合』
この君ヶ咲学園周辺には2つの地下鉄が走っていて、バス停もいくつか点在する。そのため駅前と言われただけじゃ断定ができないという絶望的状況。
それでも、俺は諦めずその近くのカフェ全てを調べた。だが、そこにはコンセプトという名前のコーヒーショップはなかった。
ここまでくると本当にあるのかすら疑わしくなってくる。
「おい」
「っ……」
まさか俺と一緒にいるところを見られたくないという理由だけで、ものすごい辺境に集合をかけたのか!?
もしそうなら俺は行かないぞ。
「なぁ、唯斗」
「くそーっ!! どうしてこんなに探してもないんだぁー!!」
「おいって」
「……なんだよ、良太郎」
視界の隅に追いやっていた、良太郎に睨みつけるように視線を向ける。
するとそこには良太郎の他にもう一つ人影が存在した。
「宮園さんが呼んでる」
「……え、どうしたの? 宮園さん」
「俺の件に関しては完全にスルーするのね」
「なんのことだ……?」
言っとくが、俺は別に良太郎のことを無視していたわけじゃない。だってこいつは俺の親友でなんでも話し合える仲だ。
俺がそんな良太郎に酷いことをするわけがない。いやまじで。ちょーっと視界から外して——何を言われても聞こえないふりをしていただけだ。
「それでな。どうやら、宮園さんはその場所を知ってるらしい」
「まじか……」
「うん。同じ名前の店なら知ってるかな」
まさかこれほど探し求めていた情報が、こんなすぐ近くにあるとは。時計を見ると、16時45分を指し示していた。向こうはすでについている頃だろうか。
「でもね」
「ん?」
「ここから少し遠いの……」
「……一応聞くが、どれくらいかかるんだ?」
「えーとね、電車を合わせたら30分くらいかな?」
……。
どうやら今日は帰った方がいいかもしれない。俺の家はこの学園からあまり遠くはないため、徒歩10分といったところ。
流石に、往復1時間以上はあまりに無駄すぎる。
「加えて言うと、場所もかなり分かりにくいところにあるかな……」
「つまり、ここで帰ったとしても場所が分からなかったと言い訳できるのか」
「……いや、流石にそれはひどくねぇか?」
良太郎が俺のことを誤解したような目で見てくる。勘違いしないでほしいが、俺は至って冷静。熟慮した上での判断だ。
「……ん?」
そんな俺にある疑問が湧き出る。
「どうした唯斗」
「いやな、俺はこの辺りのカフェは調べたんだ。もちろん電車で行けるところを含めて。だから30分圏内のところにそのコーヒーショップがあるとは思えないんだが」
もう一度言うが俺はありとあらゆるカフェの場所を確認した。そんな俺が見つけられなかった場所を——なぜ宮園さんが知っているのだろうか。
「唯斗くん。そのお店はカフェでもコーヒーショップでもないよ」
そんな俺の疑問に対して、衝撃の言葉を言い放つ宮園さん。なるほど、俺が近くのカフェでいくら探しても見つからなかった理由がやっと解けた。
「というか名前に『カフェ』って入ってるのにカフェじゃないとかどんなブラフだよ……」
「あはは……」
がくっと肩を落とす俺に苦笑いする宮園さん。というか、店の名前で検索してればすぐ見つかったんじゃないか。何を馬鹿なことをしていたんだ。
「となると、早く行った方が良さそうだな」
机に出しぱなしになっていた教科書や、筆箱を鞄の中に詰め込む。
「……ねぇ、唯斗くん」
「どうしたよ、宮園さん」
「唯斗くんさえよければ、私がそこまで案内してあげようか?」
何を言ったのか、理解するのに数秒かかった。
「……マジで?」
まさか、宮園さんにそんなお誘いをしてもらえるとは、思ってもみなかった。
「うん。さっきも言ったけど、その場所はかなり複雑だからね」
「でもそれじゃあ、宮園さんに悪いって」
「うんん、気にしないでいいよ。私の家もその近くだから」
「……そうか。だったらお願いするよ」
…………ヤバイ。
これぞ、棚からぼた餅。いや、この場合は棚から——美少女か。
さっきまでは憂鬱でしかたなかったが、今は緊張で変な汗かいてるぞ。
「じゃ、じゃあ行こうか、宮園さん……」
「あ、……うん。そうだね」
……果たしてこの子はどうしてここまで俺に優しくしてくれるのだろうか。
『俺のこと好きなんじゃね?』なんて変な期待をするわけじゃないが、それでも勘繰ってしまう。——まぁそんなことは、絶対にないだろうが。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
路面電車の車内。
俺と宮園さんは、隣同士で2人きり。
それも、学校帰りで同じ学校の制服を身に纏っている。
これって、うちの生徒に見られたらまずい状況なのではなかろうか。
しかも、宮園さんも一般的にすごく可愛い方で俺は一般的な男子高校生。
もしかしたら『あれ、男の方つり合ってなくね?』なんて思われてるかもしれない。
「……な、なんか、こういうの緊張するね」
「あ、ああ。そうだな。」
まさか、宮園さんも同じことを思っていたなんて。
さっきから、心拍数が爆上がりだし、下手したらこれ聞こえてるんじゃないのってくらい。
……というか距離が近い。
良太郎と電車に乗って遠出する時は、全然気にして無かったが電車ってもしかしてエロい乗り物なのか。
「ねぇ、唯斗くん」
「ど、どうした?」
「唯斗くんはどうしてその場所まで行くの?」
宮園さんが、顎に袖を当てて俺に尋ねる。
理由は分からないが、宮園さんの制服の袖口部分は妙に長く手まで完璧に覆っている。
「待ち合わせをしてるんだ。まぁ、向こうが来るかどうかは分からないけど」
「相手は男の子? それとも女の子?」
距離を詰めて俺に尋ねる宮園さん。彼女はどうしてそんなことを訊くのだろうか。本当に変な期待を持ってしまいそうになるからやめてほしい。
「女子だけど……」
「……へぇ、それってもしかしてデートとかだったりするの?」
口元を隠しているから、よく見えないが宮園さんは少しニヤけてる気がする。
「……デートじゃない。一方的に呼び出されただけ」
「そう、なんだね」
どこかほっとしたように胸を撫で下ろす宮園さん。
「……ねぇ、もしかして宮園さんって、こういう系統の話好きだったりするの?」
「え? どうしてそう思うの?」
口角が上がっていることを自分で気付いてないのだろうか。
「いや、なんとなく」
「どうだろう……、分からない」
俺の問いに、袖をぶらんとさせながら、にへらと笑って答える宮園さん。
「でもね、恋愛の話とかは聞いてて少し楽しいかも……」
「へ、へぇ」
どこか遠くを見つめるように付け足す宮園さん。
正直、今までそういう話に疎いイメージがあったからちょっぴり意外だ。
「ねぇ、それで。その女の子って誰なの?」
再び袖を顎に当てて近づいてくる宮園さん。
興味を持ってくれるのは嬉しいが、言ってもいいのだろうか。まぁ、でもここまで親切してくれてるわけだから、言わないのも気が引ける。
「絢瀬さん……だけど」
「…………へぇ」
「宮園さん?」
「……あっ、うんん。なんでもない」
一瞬、宮園さんの顔に影が落ちたような気がするが、斜陽が差し込んだせいだろう。
「それにしても、すごいね唯斗くん」
「……何がだ?」
「だって、あの絢瀬さんだよ? 学園の華とデートの約束をするなんて」
「何度も言うがデートじゃないから」
そうだっけ? という顔を作る宮園さん。
この子はわざとやってるのだろうか。
その時、絶妙なタイミングで目的地である駅のアナウンスが流れる。
「あっ、ここで降りるよ。唯斗くん」
どうやら、絢瀬さんとの決戦の地についたらしい。できれば今日中に、あの美少女から——解放されたいものだ。
もうすっかり太陽は傾いていた。
6月のねっとりとした、風が妙に心地よく感じる夕暮れ。
「おい、みろよ。あの子すげぇ可愛くねぇか?」「え、すご。めちゃくちゃ可愛いじゃん」「モデルか何かか?」「お前、ちょっと写真撮れよ」「いや、流石にそれは無理だろ」「あんな可愛い子初めて見た……」
電車を降りてすぐ、駅のホームで密集した群衆を発見した。
その人だかりは、うちの学校の下駄箱前に発生している集団と同じ雰囲気を醸し出していたため、そこで、何が起きているかはすぐに分かった。
多分、学園一の美少女があそこにいるんだろう。
「ねぇ、宮園さん。絢瀬さん見つけたから、ここで帰っても……」
俺がそう言いながら彼女の方を振り返った時。
「絢瀬恵梨香……絢瀬恵梨香……絢瀬恵梨香……」
宮園さんは口元を隠すようにして絢瀬さんの名前を何度も、それもかみしめるようにして口ずさんでいた。
「ね、ねぇ、宮園さん……?」
一瞬、絢瀬恵梨香に何か恨みでもあるのかとも思った。
何しろ、裏があの性格だ。2、3人殺していてもおかしくはない。
でもそれは、すぐに違うと判断できた。
「…………あはっ」
だって、彼女のその上がった口角と尖った目付き。そして紅潮した頬からは、恨みどころかもっと別の感情。そう。
——例えるなら快楽に似た何かを感じているようにも見えたから。
この度は『Period,1-3 棚から『美少女』』を読んでいただきありがとうございました。
『続きが気になる』と感じたらブックマークをお願いします。




