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自身のためなら脅迫すら厭わない二面性のあるヒロインは嫌いですか?  作者: 速水 雄二
どうやら、俺は拉致されるらしいので対策を練ろう。
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Period,1-2 ヒロインは『君』だと言ってくれ。

 君ヶ咲学園の始業は8時25分からと生徒手帳に書かれた校則の欄に記載されている。だが、その前にホームルームが行われるため、実際はその20分前には教室で着席をしていなくてはならない。

====================================


「あ、あの」


「いやー、絢瀬さんまじで可愛かったー」「俺、絢瀬さんと一瞬目があったぜ」「というか、めっちゃいい匂いしなかったか? シャンプー何使ってんだろ」


「あっ……の」


「俺、絢瀬さんと一緒にお風呂入れたら死んでもいい」「おい、お前は絢瀬さんが風呂に入ってると思うのか?」「違うのか?」「絢瀬さんは女神だぞ? 風呂になんか入るわけないだろ。俺たちの世界の常識で考えるな」「た、確かに……女神だもんな」


「あ……」


 自分の席で、『Cafe : concept』の場所をスマートフォンを使って調べていると、男達の話し声と共に、聴き慣れた声が鼓膜を揺らした。


「……あの」


 声のする方へ目線を向けると、俺の予想通り、一人の小柄な女子生徒が男子たちに声をかけようとしているところだった。

 その子の名前は、宮園瑞樹(みやぞの みずき)。俺や良太郎と同じ、C組の生徒兼、クラス委員長。顔のバランスがすごく整っていて、目は切れ長。肩辺りまで進出している紫混じりのショートヘアがすごく似合っている——萌え袖が特徴的な——うちのクラスの観賞植物的美少女である。

 また、すごく直向きな性格で頼まれたら断れないタイプの女子だ。


 きっと今も、ホームルームまでに生徒全員を着席させようとしている最中なのだろう。


「おい、そろそろホームルームが始まるぞ」


「おっ、もうそんな時間か」「絢瀬さんが可愛すぎて、時間を忘れてたぜ」「やっぱ高嶺の花はちげぇな」


 俺が声をかけると、あっさりと自分の席に向かって歩き出す男子集団。

 どうやらわざと無視していたということはなさそうだ。


「あ、ありがと、唯斗くん」


 うん。すげぇ可愛い。こういう普通の可愛い女子というものは、一緒にいてすごく和む。はっきり言ってすごくタイプ。


「まぁ、委員長押し付けちゃったの俺たちだからな」


 ——4月の初め、俺たちが入学したばかりの頃。

 恒例行事である『とりあえず今から委員長決めるけどやりたい人いる?』というイベントが発生したのだが——クラスの面々すら知らない状況で雑用や声かけを進んでやりたいと思う、献身的な人は普通いない。

 そこで、生贄として捧げられたのが、中学の時に委員長を経験していた宮園さんだった。きっと彼女に委員長経験があるのは、断れない性格故だろう。


「うんん、それでもすごく嬉しいよ」


 微笑みを浮かべながら、袖を掴み口元にあてるその姿は誰が見ても可愛いと思うはずだ。少なくとも、そこらの金髪美少女の作り笑いとは比べ物にならない。

 不覚にも、俺は頬を赤らめてしまった。


「……おい、教室の前でイチャコラしてんじゃねぇ」


 冷めたような目で俺たちを見つめる良太郎。よくも俺と宮園さんのいい感じなムードを邪魔してくれたな、良太郎。

 お前だってさっき俺の話を聞かずに、キャッキャしていたくせに。


「イチャコラなんて……してない」


 顔を赤くしながら俯き、良太郎の言葉を否定する宮園さん。

 彼女の様子を一言で表すなら『舞い降りた天使』がふさわしいだろう。

 そんなことを考えていると、周りからの妙な目線を感じた。俺は、教室にいる奴らに目を向けると、今度はクラスの全員が俺たちのことを——さっきの良太郎のような——冷めた目で見ていた。


「お前らの一体感は、もう集団行動の域を超えてるぞ……」


 さっきの廊下整列といい、今のリア充疎外といい、こいつらは変なところでまとまりがある。



「おーい、出席とるぞー、……ってなんだこの不穏な空気は」


 ガラガラとスライド式のドアが開き、うちの担任の教師である山岸さとこが教室に入ってくる。

 年は28歳だというのに、妙に若々しく、その流れるような長い髪を一つに結っているのが特徴的な教師。きているワイシャツとスーツは彼女の胸でいい感じに盛り上がっている。ちなみに彼氏持ちだ。


「……な、なんでもないです」

「そ、そうか。宮園が言うならそうなんだろうけど、明らかに他の生徒たちのお前らを見る目が異常だぞ?」


 気にしないでください。先生。


 ちなみに彼女に付けられたあだ名は、名前の『さとこ』の『さと』をとって『サトちゃん』だったのだが、先生に対して無礼だということで今は『サトちゃん先生』という曖昧な感じに落ち着いている。


 俺と宮園さんは、そんなクラスの奴らの凍えるような視線から逃げるように自分の席に着席した。

 ちなみに俺の名前は『い』で始まるため、席は教室の1番右端。前から2番目だ。


「じゃあ、ホームルームを始めるぞ」

「起立っ!」


 今日の日直である男子生徒が掛け声をかける。

 朝の挨拶はクラスのみんながもっと親しくなるように、とその日の日直が行うことになっている。んまぁ、そんなことをしなくても『クラス対抗仲良し選手権』で優勝できるぐらいの力をさっきごりごりに発揮していたのだが。


「気をつけ、礼」


 号令を終え、一斉に席に座る生徒たち。きっと、この光景はどこの高校も変わらないだろう。


 俺たちが席に座ると、サトちゃん先生が手に持っていた、黒い名簿のようなものを開いて俺たちを一瞥する。

 俺は、そんな先生のただならぬ様子に嫌な予感を覚えた。


「なぁ、この中で体育祭の実行委員をやってもいいという人はいるか?」


「…………」


 さっきまでザワザワとした雰囲気だったクラスがサトちゃん先生のその一言だけで静まり返った。

 ——そして数秒間、閑散とした空気が流れる。

 俺含めクラス全員が顔を下に向けたり目線を逸らしたりと、各々が考えられる興味ないアピールをする。

 やっぱりこのクラスは至高の統一感を持ってるな。


「サトちゃんせんせー、実行委員ってどんなことするんですか?」


 クラスのムードメーカーである田端がそんな微妙な状況を察して場を繋ごうとする。うむ。確かに実行委員と聞いていい印象は持てないが、もしかしたら何かメリットはあるかもしれない。


「そうだなー、招待客の名簿のリストアップとスローガンの作成。機械などの準備やテントの組み立て、それと後片付けくらいか? 成績に関係するわけじゃないが、推薦で使えるかもしれない」


「…………」


 こんなことならいっそ聞かないほうが良かった。

 そう言い切れるほどにやる気が削がれたクラス一同。


「やっぱいないか……」


 わかっていたような口ぶりで頭の裏を掻く先生。


「あっ、でも男子のみんなに一つ朗報あるぞ」


 何かを思い出したかのようにピンと指を立てる。

 朗報という響きだけでさっき先生が言った最悪な労働が覆るとは思えないが。


「体育祭の実行委員には既に、あの絢瀬恵梨香が選出されている。どうだ? 男子どもは燃えるだろ」


「……」

「…………」

「………………」


 なるほど、確かにそれは熱い展開ではある。

 ——ゴワゴワと何かが煮えたぎるような音が俺にも聞こえた。それは紛れもなくこのクラスの男たちから発せられているものだ。


「……ふぅ。仕方ねぇ、俺がやりますか」「待て、ここは俺がっ」「実は最初から興味はあったんだよなー」「僕に行かせてください!」「ここはこの良太郎が!」「実行委員の経験あります!」「私もそれならやってもいいかな……」「ふっ、ここはどうやら俺様の出番のようだな」


 ……こいつらのDNAには『絢瀬さんのことをたまらなく好きになる』になるという情報が入っているのだろうか。


「あー、困ったな。そんなにいらないんだが」

「先生、だったらくじ引きで決めるなんてどうでしょうか……?」


 頭を抱えるサトちゃん先生に対して、宮園さんが提案する。

 確かにこういう時の対処法としては、くじ引きというのは申し分ない。

 口喧嘩などをするよりも運任せで選んだ方が案外いい塩梅(あんばい)で落ち着いたりする。


 実に手っ取り早くていい。


 実にいい


 ——んだが。


「どうして俺が選ばれてるんだよ」


「くそー、一ノ瀬があたりをひきやがったぁー」「もうダメだ……」「2度とやってこないかもしれないチャンスを失ってしまったー」「ははっ、俺なんか全てがどうでも良くなってきた」「唯斗、やっぱりお前とは絶交だ」


「おい待て、俺はやらんからな」


「……ちょっと待てよ一ノ瀬。さすがにそれはないだろ……」


 俺に怒号をぶつけたのは、田端だった。その表情はいつもの見るからに穏やかそうな顔とは異なり歴戦の騎士感が溢れていた。

 ——果たして幾つの戦場を経験してきたんだろうか。


「一ノ瀬。ここは、戦場だ」

「……っ」


「お前はそこで、既に敵兵にやられた俺たちのことを構うほどの余裕があるのか?」

「何言って……」


 言葉を続けようと思ったが、田端のあまりに熱いビートを空間越しに察した俺は口をつぐんでいた。


「俺たちのことは気にするなって意味だ、一ノ瀬。ここで引けなかったのは、俺たちの実力がそこまでだったってことだ」


「田端……」


「そうだぜ、一ノ瀬。俺たちのことは気にするな」「悔しいが完敗だぜ、一ノ瀬」「ああ、いい戦いだった」「ふっ、これほど興奮したのはいつ以来だろうか」「さすが一ノ瀬だな」「俺たちのことを忘れるなよ、唯斗」


 さっきまで膝を折って、悲しみに暮れていた奴らもいつの間にか——俺のことを讃えている。


「……、分かったか一ノ瀬。みんなお前に託しているんだ。だからお前は、俺たちの……いや、死んでいった幾千幾万もの思いをこれからその背中に背負え! そして、全身全霊で未来へ進んでいけ!」


 …………。

 ……。

 ——さっぱり、意味が分からん。


 意味はわかからないが、多分、ジャンケンで手に入れた給食のプリンを慈悲で分けてもらっても、嬉しくないということだろう。


「……分かった。俺がやるよ、体育祭実行委員」


「おう、それでこそ俺たちの一ノ瀬だ」


 肩に腕をかけ、俺のことを誇らしげに見つめる田端。

 ワン○ースの登場キャラクターたちが、勝利の後の宴でよくやっているあのポーズだ。


「……任せたぜ、体育祭実行委員」


「あ、ああ」


 …………ほんと嫌だこのクラス。

読んでいただきありがとうございました。

タイトルの名前を変更していましたが、多分これで確定だと思います。

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