Period 2-4 『少年』は『少女』を知る
流石に一度に文字数を詰め込みすぎたと思い、『Period, 2-3』を『Period, 2-3』と『Period, 2-4』に分けることにしました。読んでしまった人はすみません。
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時刻は4時50分。
俺は屋上で一人、暮れる夕焼けを見ながらしばらくの間風に当たっていた。遠目には、下校中の生徒が楽しげに談笑をしながら帰路についている。
屋上は基本的に使用禁止になっているが、なぜか鍵がかかっていないため生徒が時々侵入している。
「はぁ……」
俺はポケットから一枚の紙を取り出すと、それをもう一度凝視する。
『一ノ瀬唯斗は絢瀬恵梨香に脅されている』
こういうのを情報のリークというのだろうか。
これは、放送が終わった後、田久保先輩が俺に謝罪すると同時に渡してきたものだ。
最初はこの紙に書かれていることを信じていたわけじゃなかったようだが、イヤホンをつけて内通していたことで疑念を深めたらしい。
それにしてもこの紙を誰が書いたんだろうか。俺と絢瀬さんの関係を知っているのはあまり多くない。だが、はっきり言ってそれを告げ口するメリットなど感じられない。
絢瀬さんに恨みをもっている人が何らかの方法で俺たちのことを知ったのだろうか。……いや、あまりに現実味がない。
「ねぇ、一ノ瀬くん」
屋上の周りに敷き詰められている柵に体を預けそんなことを考えていると、後方から呼びかけられる。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけどいいよね?」
「ああ」
振り返って、目を見やるとそこには絢瀬さんがこちらを睨みつけていた。彼女の金髪は夕陽に染まってギラギラと照り輝いていて、眼を見張るものがある。
「それより、いいのか?」
「なにが?」
俺の隣まで歩いて、同じような姿勢でフェンスに身を寄せる絢瀬さん。
「いや、学校でその口調は流石にまずくないか」
「いいでしょ。これじゃなきゃまともに話できないんだから」
どういう意味かは分からないが、彼女がいいというのだから言及する必要はない。それにしても、こうやってまじまじ見るとやはり美人だ。
「今日の放送。どうして私の秘密を暴露しなかったの?」
絢瀬さんは俺の方を向き直して真剣な面持ちで尋ねる。
「なんだ、そんなことか。俺は秘密を暴露して絢瀬さんに咎められるのが怖かったから言わなかっただけだ」
「嘘はやめて」
「……」
いや。確かにそれだけじゃないが、別に数パーセントはその要素もあるからな。
この秘密を暴露するなら、骨の2、3本の覚悟は必要だ。
「実は、絢瀬さんが素敵だったから言えなかったんだ」
今度は口ではなく目で嘘つくな、と訴えてくる。
どうやら自分が納得できる理由じゃなきゃ満足できないらしい。だが、俺もなんであの時、あの選択をしたのかよく分かっていない。
「……理由なんてねぇよ」
だからそんなこと言われたとしても、俺に彼女を納得させられる理由を見つけられない。
「なにそれ」
絢瀬さんが疑いを含んだ視線を向ける。
「絢瀬さんがどうとか、日常がどうとか、そういうのは最終的に考えてなかった。ただ……」
俺はあの時、
「こっちの方が面白そう。なんて思ったのかもな」
彼女は深く溜め息をつくと、俺から視線をそらして下校する生徒に視線を移す。
「……よく分かんない」
気のせいかもしれないが、彼女が言い放ったその言葉からは今までの彼女の刺々しさが感じられなかった。
「なぁ、俺からもひとつ聞いていいか?」
「……なに?」
ダメ元で聞いてみたのだが、予想外にも了承してくれた。
「なぁ、絢瀬さんはどうして性格が悪いんだ?」
「……蹴られたいの?」
「んなわけないだろ」
絢瀬さんが刃物のように、鋭い視線を俺に送る。
忠告だけじゃなくて、一発蹴られることくらいは覚悟していたのだがどうやら討議の余地はあるようだ。
「いや。さっき、俺が放送室で錯乱してたときに一瞬だけ優しい絢瀬さんが垣間見えた気がするんだがそれは、俺を上手く使ってやるための作戦だったのかな、なんて思ってさ」
「そういうこと」
的確なアドバイスというのだろうか。
まるで自分を見失った人への対処方法を知っているような感じがした。
だが、俺に知っている絢瀬さんは人にそんな優しい言葉をかけられる人だったのだろうか。そんな疑問が残ったままだった。
「絢瀬さんは昔から根が腐ってたわけじゃないんだよな?」
「なに、当たり前なこと言ってるの」
人格を育むのは環境と遺伝だとよく言われる。それと一緒で絢瀬さんにもこうなった原因がある。
「だったら、どうして今の絢瀬さんになった?」
「……っ」
「なぁ。本当の絢瀬さんは、どこにいるんだ?」
そう告げた。
すると絢瀬さんは俺の胸ぐらを掴み思いっきり自分の方へ引き寄せる。
「な、なにしてんの、絢瀬さん!?」
「黙って」
しかし無言で俺のことを見つめるだけでなにもしようとしない。
「えっ……?」
「……」
視線が数十秒間。お互いに交わり、絢瀬さんは俺のことを渋るように手を外す。
「……分かった。一ノ瀬くんを信じてあげる」
「それってどういう……」
絢瀬さんは、制服のブレザーの袖の部分を捲り始める。俺はその様子と呆然自失と眺めていた。
彼女が袖を捲り終えるとそこにはきつく巻きつかれた包帯が姿を現す。
何か怪我でもしているのだろうか。そう訊こうとした時、彼女はその包帯を外し始める。
そして、絢瀬さんが包帯を勢いよく解放すると外された包帯が空中を舞った。
「……っ!!」
内側にあったのは何度も何度も鋭い刃物で斬り付けられたような痕跡だった。
傷口はすでに塞がっているのか血液の色は褪せていたが、それでもまだ当時の縮れた肉の跡が窺えるほどに痛ましい。
「……このことは誰にも言わないで」
「分かった」
そういうと、巻かれていた包帯を再び腕にかける。
「それを、俺に見せてよかったのか?」
「今になって後悔してるから黙ってて」
なるほど。
絢瀬さんは袖を下ろすと、俺に背を向けて言い放つ。
「これで貸し借りは、なしだから」
「……ああ」
「じゃあ、帰る」
「おう」
そう言い残し、昇降口へと向かう絢瀬さん。俺は彼女の背中から眼を逸らすようにして、再び夕焼けに眼を置いた。