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自身のためなら脅迫すら厭わない二面性のあるヒロインは嫌いですか?  作者: 速水 雄二
査問委員会との直接対決は、思わぬ結果を招く。
11/13

Period, 2-2 触れるな危険の『査問委員会』

 お昼の時間は、12時から12時50分までの50分間で、その中でも昼の生放送は20分を過ぎたあたりから行われることになっている。イベントのほとんどを放送委員が企画して運営するため、負担はかなり大きいが、将来的にコメンテーターやアナウンサーになりたいなんて人も中にはいるため、意欲は高い。

====================================


『私は1年B組卯城神楽。絢瀬恵梨香様に仕える正真正銘の専属執事。これからあなたをサポートする謂わば、パートナー。だからあなたは私の言う通りに動いていればいいの』


 卯城神楽。今朝、良太郎が探しに行っていた女生徒の名前か。


 ……というか、おい。これからあなたをサポートする謂わば、パートナー? だから、命令には従えって言ったよな。それ『アットホームな職場で社員はみんな家族』なんて美辞麗句を並べているくせに、実はブラック企業でした。くらいの落差だからな。

 だがそんなことを言ったところでどうにかなるわけでもないだろう。


「……ああ、分かったよ」

『そう。だったら早く放送室に向かって』


 俺は、重い腰を寄りかかっていた窓淵から持ち上げて放送室のある2階へ歩き出す。あと数分足らずで、この校舎内全域に俺のこの声が響き渡ると思うと体に変な寒気が走って怠気が襲う。


「……全く、どうしてこんなことになったんだ]

『何か言った?』

「なんも言ってねぇよ」


 誰に聞こえる訳でもない声量で呟いたのだが、それすらも拾われてしまった。愚痴ひとつこぼさずに言われたことをそのまま実行すればいいということか。

 まぁでも、一応約束はしたんだ。やれるだけのことはしないとな。



「おや……?」


 なけなしの決意を新たに、階段を下り始めたその時。


「これはこれは。1日で学校中の注目の的にまで成り上がった一ノ瀬さんではありませんか」


 後方にいた一人の男子生徒から名前を呼ばれる。振り返えってみるとそこにはどういう偶然か、これから会いに行こうとしていた人物が姿を見せた。


『……早速、接触してきた感じね』


 彼は放送(査問)委員会の副委員長を務める田久保嘉之(たくぼ よしゆき)。ピキッと着こなしている学ランとその胸ポケットからは白いハンカチから圧倒的な優等生感を醸し出している三年生。入学して2ヶ月しか経っていないにもかかわらずほとんどの1年生が顔を知っているちょっとした有名人だ。


『とりあえず、あなたは今から私が言ったことを復唱していればいいから』

「お、おう」

「ん?」

『返事はしないで』


 俯きながら誰にいう訳でもなく返事をする俺のことを眉根を潜めて見つめる、田久保先輩。俺は、なんとか曖昧な笑みを浮かべてなんとか誤魔化そうとする。


『初めまして、田久保先輩』


 イヤホンから卯城さんの声が聞こえてくる。

 つまりは、これを言えということだ。


「は、初めまして田久保先輩」

「おっと、一ノ瀬くんは私のことを知っているのかい?」


 先輩は、爽やかな笑みを浮かべながらこちらに笑いかける。正直、こんな人がまさか誘拐を企んでいるなんて、考えられない。


『それはもう……』

「……先輩は、1年生の間でもかなり有名ですからね」

「はは、そうかな」


 ……もちろん悪い意味でだが。

 そもそも査問委員会自体に好印象がないのだから、その副委員長ともなると相当だ。俺も何度も放送を耳にしたが、乗り気で参加している人などいなかった。


「……それよりも、今日はどうしたんですか?」

「ああ、それはね。ちょっと君にお願いしたいことがあって声をかけたんだ」

「……お願いですか?」

「そう。多分、既に噂になってると思うんだけど、君を今日の放送のゲストとしてお呼びできたらと考えているんだ」


 ……?

 あの査問委員会だ。いきなり俺のことを拐おうとしてくるのかと思っていた。しかし、この人はその中でもまともな人に部類されるらしい。しっかりと、こっちの意思を尊重してくれているようにも感じる。


「そうですか」

「それでね。今から少し時間をいただけるかな?」


 普通、今からなんて言われても誰も乗ってこないと思うんだが。


『分かりました』

「……っ」


 しかし、俺のイヤホンから入ってくる言葉はそんな常識など知ったことではない。


『言って』

「……、わかり……ました」


 はぁ、こんなにも承諾したくない意思の籠もった、分かりましたを人生で初めて言った気がする。


「……ほんとかい?」


 驚いたように目を丸くする田久保先輩。多分、こんなに易々とことが運ぶとは思っていなかったんだろう。


『はい、僕は絢瀬さんに名前を読んで頂いたこの幸せをみんなにも知ってもらいたいと思っていますから』


 イヤホンから入ってくる凄まじい言葉の羅列が俺の鼓膜を揺すぶる。

 ……待て。なんか俺のキャラおかしくないか?

 なに、その爽やかぶりながら言ってることは狂気に満ちている台詞は。


『ねぇ、しっかりして』


 くっ……。


「……は、はい。僕は絢瀬さんに、名前をもらった……この幸せをみんなにも知ってもらいたいと……思ってますから……」

『……ひどい』


 はぁはぁ。

 ……なるほど、理解した。いや別に、したくないけど、してしまった。

 つまりはこれを放送室改め、全校生徒の前でこれから俺はやらなきゃいけないということだ。

 それは相手が絶対的高嶺の花である、さしもの絢瀬さんだとしてもかなりきつい。今は、爪を噛ませながら拳を握ってなんとかなったが、本番はもっと悲惨なことになるだろう。

 

「おぉ、そうかい。話が早くて助かるよ。だったら今すぐにでも放送室に招待しようじゃないか!」

『まぁ、なんとかなった感じね』


 


「君には少し悪いが、ちょっと、うちの委員会に一本連絡入れても良いかな?」

「……はい、大丈夫です」


 田久保先輩は、ポケットに入っていた携帯電話を取り出すと慣れた手つきで電話をかけた。


「……。こちら嘉之。お客様の保護、並びに抵抗の皆無を確認。各隊に一斉連絡。直ちに、包囲網を解き目標地点へ移動せよ。これより計画(お昼の生放送)を次の段階へシフトさせる」


 ……こっちがほんとの査問委員会。

 今の田久保先輩の顔はさっきまでの表情とは異なり、影が落ちて見える。


「いやー、それにしても一ノ瀬くんが乗り気でよかったよ」

「そうですかね」


 携帯をしまいながら先輩は俺との距離を縮める。


「ほんと」


 そして、俺に近づき肩に手を置くと、乾いた笑みを浮かべながら耳元で一言告げる。


「もし断られてたら君を力づくで拉致するとこだったからさ」

「……っ」


 ……これをお読みの皆様は、傷を負ったウサギという獲物を前にした肉食獣のような目を見たことあるだろうか。この時の田久保先輩の目付きは明らかに肉食動物のそれだった。

 正直背筋が凍りつくほど狂気を感じた。


「はは、物騒ですね」

「まぁでも。それは、こっちもそれは本意ではないんだよね」


 だったらやるなよ。


「『我々の活動本意は学校を盛り上げることにある。』先代から受け継いだ放送部の伝統をここで絶やすわけにはいかないんだ」


 善悪なんてものはない。あるとするなら立場だけだ。なんてよく言うが、放送部にも色々と事情があると言うことか。


 ……だが俺は言ってやる。言い切ってやる。そんな廃れたレガシー今ここでビリビリに破いて校庭にでも投げ捨てちまえ。


「ははっ、それじゃあ行こうか、ここからすぐのところに放送室があるからね」


 今の田久保先輩は完全に元の良い先輩に戻っていた。

 俺も、体を傾け歩き出す田久保先輩に続くように廊下を歩き出す。


 さっきまで、この人はまともだと思っていたが前言撤回しよう。やっぱり査問委員会はこういう奴らしかいない。噂で聞いた通りのヤバいやつの集団だ。







「そういえば、絢瀬さんはいないのか?」


 田久保先輩に音が漏れて気づかれないよう、頭で手を掻くフリをしながらイヤホンに語りかける。スパイ活動をしている、潜伏兵が本部とやりとりしているようでちょっとだけ新鮮だ。


『……まぁ、彼女は色々と忙しいから。おそらく後で来ると思うけど』

「そうか」


 昨日の駅でもそうだが、彼女は人前に出ると何かと絡まれる。いっそのこと透明マントでもあれば話は別なのだが、どんな願いでも叶えてくれるポケットもなければ猫型ロボットもない。きっと今も、クラスの奴らに絡まれているんだろう。


『それよりこっちに、話しかけるのは極力控えて。向こうにこっちの企てが気づかれたら全てが台無しだから』

「すみません……」

『返事もしないで』

「……」


 俺は確認したという意思を伝える代わりに、深呼吸をして気持ちを入れ直した。


   ◇ ◇ ◇


「一ノ瀬くん。これがラジオ内でする質問だから、どんな回答をするか考えといてくれないかな?」


 放送室に移動すると早速、田久保先輩から一枚の紙を渡された。

 向こうもリスクヘッジをするために、一応の台本は用意しているらしい。

 紙を残して田久保先輩は、機材のある方へと消える。


 君ヶ咲学園の放送室は二つの部屋から構成されていて、音響や演出を施す機材部屋と一つの机を囲むようにしてトークを繰り広げる録音部屋とが設備されている。


『まぁ兎に角、それを読み上げて』


 椅子に座って待機ということで、紙を一通り眺めているとイヤホンから声が聞こえた。

 そんなことをしたら変な人と思われかねない気もするが、それでも向こうが質問を知ってるか否かで対応も180度変わってくる。ここを乗り切るためには、必要不可欠なのかもしれない。


「……分かった。じゃあまず、質問1。名前とクラス」


 とりあえず一番最初に目についた質問を読み上げる。


「こんな感じでいいのか?」

『いいけど。いらない質問は時間ないんだから抜粋して。それくらい考えれば分かるでしょ?』

「……分かったよ」


 絢瀬さんはもちろんのこと、この執事もかなり口が悪い。

 このラブコメはもっと俺に優しくしてくれないのかよ、なんてツッコミを入れたくもなる。


「じゃあ、質問3。最近あった、ちょっと変わった出来事」

『つぎ』


「質問4、この学校で一番可愛いと思う生徒」

『……つぎ』


 なんだよこの質問は。

 これって、全校生徒の前で告白させられるのと同義だろ。


「質問5。絢瀬さんとはどのような付き合いをしているか」

『……、つぎ』


 過激さを増していく質問に卯城さんも戸惑っているらしい。今の声色からは若干の苛立ちを感じさせる。


「質問6、絢瀬さんどのようなところが好きか」

『……正気?』

「いや、俺に聞かれてもな」


 俺が絢瀬さんのことを好きということが前提に質問が構成されている。

 というか、こんな質問を校内放送でやるとか査問委員会はなにを考えているんだ。


「そして、最後。質問7、絢瀬さんとデートに行くとしたらどんなエスコートを計画するか」


 なるほど。これはひどい。今までの中でも完全に頭に直撃するデッドボールだ。

 質問を読み終えると、ぐったりと椅子に全体重を預ける。


 これは少しまずいかもしれない。


『……とりあえず質問はこっちで考えとくから、あなたは噛まないように集中してて』

「分かった」


 そう言うと、イヤホンから聞こえていたノイズの音がぷちっと止んだ。

 時間もあるようなので、俺は一呼吸おいて目の前のマイクに手を触れてみる。


「……あれ?」


 おかしいな。

 さっきまでは周りに人がいたから緊張感を隠せていたが、今は震えでマイクに置いただけで手が小刻みに揺れている。

 胸の内から何かが振動して、頭が真っ白になる。


 ……大丈夫。


 心を落ち着かせるのは得意だ。なにも考えなければいい。忘れてしまえばいい。とりあえず今ある環境から隔絶させてしまえばいい。


 ……大丈夫、大丈夫。


「それじゃあそろそろ始めようか」

「……っ!」


 別室から田久保先輩とコメンテーター役の生徒が何人か姿を見せる。既にこの全員がこの環境には慣れているようで、余裕の表情をしていた。




 ————だからこそ、それが俺の緊張を加速させた。

この度は『Period, 2-2 触れるな危険の『査問委員会』』を読んでいただきありがとうございました。

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