Period, 1-6 靴箱に『詰められたもの』
どうか、物騒なものは入ってませんように。どうか物騒なものは入ってませんように。スタンガンとかナイフとか、見つかっただけで即アウトな代物はやめてください……まじで。
絢瀬さんとの密談から日を跨いだ、金曜日。俺が誘拐されると噂されているその日。俺は、靴箱の前で両の手の平を合わせて神に祈っていた。
君ヶ咲学園の靴箱は、駅前に置いてあるようなコインロッカーのような見た目だ。材質はプラスチックで、よくラノベとかではここにチョコレートやラブレターなどが入っていたりする。
俺は、目の前にある靴箱の取手に手をかざし恐る恐る、中身を開けた。
「……なるほど、こういうことか」
そして、中身を確認するとホッと一息つく。
どうやら、ナイフや鎌といった危険なものは入っていなかったようだ。
「よう、唯斗。どうしたんだ? さっきからずっと、下駄箱と向かい合って」
俺の肩に腕を回して良太郎が胡乱な目を向ける。背後からいきなり現れたため、ビクッと反射的に体を震わせてしまった。
「……なんだお前か。というか居たのか」
「いや、声かけようと思ったら下駄箱を崇め始めたから様子を窺って感じだ」
俺はそんなに、長いこと俺は懇願していたのだろうか。
「それで、ラブレターでももらったのか?」
良太郎が冗談めかして訊いてくる。
こいつは俺がラブレターなんて言葉から一番——じゃないにしろ程遠いことを知った上で訊いているのだからタチが悪い。
「なわけないだろ。そもそもラブレターだったら合掌なんかしない」
「まぁ、そうか。んじゃあ、中に何が入ってたんだ?」
「……それは、お前は知らない方がいい問題だ」
俺は、中に入っていたそれを鞄の中にしまうと顔を近づけてきた良太郎の頭を押し返す。だが、
「そう言われると、余計気になるんだよなっ!!!」
「……っと!」
良太郎は俺の隙をついて、カバンにしまったそれを盗ろうとするが、俺は寸前のところで鞄を持ち上げてそれを躱す。
「……危ないな」
「くそっ」
「お前、バレバレだよ。何年幼馴染みやってると思ってやがる」
こいつのこういう、気になったものにはなんでも飛びつく習性は既に把握済みだ。
「それにしても良太郎。今日のお前はなんかいつもよりも声に張りがある気がするが、なんかあったのか?」
「ふっ、ふっ、ふ……」
その言葉に、ほくそ笑みながら俺の肩をポンポンとリズミカルに叩く良太郎。
どうせまた、無駄なことをして自己満足に浸っているのだろう。こいつは小学校の時から、常人にはできない(しようとも思わない)無駄なことをよくしては、俺を小馬鹿にしてきた。
「……聞け唯斗! 昨日、長年計画してきた、学内美少女ランキングの集計がやっと終わったんだぜ!!!」
「うわ……やっぱりくだらな。というか、お前それ。中学の時もやってなかったか?」
あの時は、クラスの女子の可愛い子ランキングを作って黒板に貼り付けていた。ちなみに、最後には先生にバレて怒られていた気がするが。
「まぁまぁ。そんなこと言うなって。言っておくが、今回は規模が違う」
「……と言いますと?」
「なぁ唯斗、俺がサッカー部に入ってるのは知ってるだろ?」
「まぁ」
8歳の時から良太郎はサッカーを遊び程度にやっていたのだが、中学に入ってからは部活に入ってガチでやり始めた。実力は、まぁ凄い。幼馴染みとして唯一誇れるところといってもいい。
「でな。俺はそのサッカー部の先輩たちにもお願いして、全校生徒のほぼ全員からアンケート結果をもらったんだ。どうだ、すごいだろ?」
「……お前、裏でそんなことしてたのか」
勉強しろ。
というか、入学してからまだ2ヶ月ちょっとしか経ってないというのに、よく先輩たちにそんな図々しいお願いできたな。さすが、良太郎。生粋の馬鹿野郎だ。
「へへっ。昔からの仲だ。お前には、内緒で先行公開してやるよ」
「いや、別に全然。コレっぽっちも嬉しくない」
「じゃあ第一位。ドゥルルルルッル」
「おいおい。人の話、聞けよ。まぁいいけど」
口でドラムロールを始める良太郎。
こういう時何を言っても無駄なことを過去の俺が教訓として得ている。俺は静かに良太郎のランキングとやらを聞くことにした。
「やっぱり、この学園に彼女あり。絶対的高嶺の花、絢瀬恵梨香!!」
「……んまぁ、妥当と言ったところか」
「得票数は軍を抜いて1位。ちなみに、他とは雲泥の差だったな」
やっぱりこの学園の美少女と言ったら、彼女の名前が最も速く挙がるだろう。
入学して2ヶ月だというのにも関わらず、3年生や先生にまでその名声は轟いている。
「そして、次に2位。正直、これも大体予想がついてるから言う必要がないと思うが一応発表するぞ」
どうやら、もうドラムロールはやらないらしい。
というか、予想ついてるって、俺は絢瀬さん以外にこの学園で知ってる女子なんて宮園さん含めクラスの女子数名くらいしかいないぞ。
「第2位、2年B組、羽瀬川涼菜先輩!!」
「へぇ」
やっぱり知らないな。
そもそも、2年生なんて帰宅部の俺からしたら関わる機会なんて一切ないから、あまり興味がない。まぁ帰宅部ってのは、ほんと他との関わりを一片残らず断絶した部活を指す言葉だからな。
「って、羽瀬川涼菜?」
「なんだ、一ノ瀬。お前、知ってるのか?」
その名前。
確か、帰りがけにあった女子高生の名前がそんな感じの名前だった気がする。
……まぁ、でも。言ったところで何があったわけでもないから話をややこしくするだけか。
「いや、そんな名前の人は知らない」
「うん。まぁ、そうだろうな。なんてったって俺の幼馴染みは疎さでいったら学年、いや、日本一だからな」
どこか誇らしげに、俺を紹介する良太郎。
……いやいや、それ褒めてないだろ。
それにしても、まさか昨日あった羽瀬川先輩がそんなに人気あったなんて。
「曰く、彼女が纏っているフードは普通の女子生徒のそれとは全くの別物。あり得ないくらいに相性がいい。マジ天使。という感想が、大半を占めていた」
「大半て、学校規模ですげぇー統一感だな」
「そして、次に3位。といきたいところなんだが、3位に選ばれた女生徒は正直俺もこのランキングを作ってみるまでは知らなかった」
「だったら、俺に言っても仕方ないだろ」
繰り返すようだが、俺は女性関係にはあまり広くない。それも、上級生となると名前どころか顔すら把握してないかもしれない。まぁ、これこそが帰宅部の性というやつなのだ。
「君ヶ咲の美少女お嬢様枠に長年鎮座する、ブルジョアジー。天音有栖先輩だ!!!」
「悪いが知らん」
それより、長年ってせいぜい数年そこらだろ。話を盛るのも大概にしろ。
「まぁ、2年生だからお前が知らなくても当然だな。それにしても天音先輩の女性としての佇まいは、あの絢瀬さん並みらしいぞ」
良太郎は胸ポケットのところから一枚の紙を取り出すとそれを真剣に見つめ始める。横目で覗き込むとそこには『君ヶ咲美少女ランキング』と書かれていた。それも、丁寧に作者の名前まで記して。
おいおい、これ落として誰かに見られでもしたら完全にアウトだからな?
もっと名前の付け方には工夫しろよ。
「んー〜ー」
突然、紙を凝視しながら珍しく悩んだような声を上げる良太郎。
「ん?どうしたんだ?」
「なぁ。お前は卯城神楽って女子生徒のこと知ってるか?」
卯城。
……名前すら聞いたことないな。
「知らん。そいつがどうかしたのか?」
「いやな、彼女。1年生にしてランキング9位にランクインしてるんだが、情報があんましないんだよな」
珍しく頭を抱えて悩みこむ良太郎。
そんなことで悩むんならもっと将来のこととかで悩んだりしろよ。
「会いに行ってみればいいじゃないか。同じ学年なんだろ?」
「うむ……それはアリだな。ちょっと見てくるわ!!!」
そう言い残すと彼女のいると思わしき教室に走り出す良太郎。
あの行動派っぷりには惚れ惚れするものだ。見に来られた方も溜まったもんじゃないだろ。
「はぁ……」
一人廊下に残された俺は鞄のチャックを開けて、靴箱に入っていた一枚の紙と片方しかないワイヤレスイヤホンを取り出して紙に書かれた文字に視線を移す。
『これを見て、どういうことかはわかるでしょ。つまりはそういうこと。昼休みになったらそれをつけて放送室まで行って。起動操作はこっちで済ませるから』
昨日、絢瀬さんから受け取った字とは少し異なり、少し可愛げのある字だった。もしかしたらバーで言っていた、執事とやらがこれを書いたのだろうか。
つまり、絢瀬さんが言ったことをそのままイヤホンを通して、俺が伝えればいいということだろう。これならどんな質問が来ても大丈夫ということか。
なるほど。悪知恵もここまでいくと、ある意味武器だな。
◇ ◇ ◇
時刻は12時をまわり、4限終了のチャイムと共に昼休みが始まった。
毎度のことながら感じるのだが、授業と休み時間の間になんのスパンを置かないのは、少し理不尽だと思う。授業が延長したりしてただでさえ、短い休み時間がさらに縮まる事態は最悪といってもいい。
「ふぅ……」
俺は、それと同時に俺は机の中に入っているイヤホンを取り出して耳に装着する。何もしなくていいと書かれていたが電源をつける必要もないのだろうか。
その状態でしばらく待ってみると、ノイズのようなものと一緒に女子生徒のような声が聞こえてきた。
『……ねぇ、聞こえてる?』
声の主は絢瀬さんではなかった。おっとりとした声とは対照な、感情の失われた機械的な口調で俺に訊く。
「あ、ああ。一応な」
『そう。じゃあ今から言う通りに動いて』
「いきなりだな」
とりあえず、俺は教室でこんなことをするわけにもいかないと思い、廊下に避難した。そして、窓を開けそこに寄りかかるようにしてイヤホンに耳を預ける。
『じゃあまず、紙に書いてある指示通り放送室に移動して』
「ああ、分かった。……だがそれより、一つ質問いいか?」
『何? 場所が分からないの? 流石に、もう二ヶ月も経つんだから場所くらいわかるでしょ』
一応どこにあるかは分かる。放送室というのは大抵、職員室の隣あたりにあるところが多いから、提出物を出すときに確認済みだ。
それより、俺が言いたいとこはそこじゃない。
「なぁ、あんたは誰なんだ? もしかして絢瀬さんの言っていた執事なのか?」
『……ねぇ。それ、いま言う必要ある?』
「ないかもしれないが、誰か分からない人の指示に従うのもあれだろ」
『…………はぁ、わかった。折れてあげる』
沈黙の末、怠気まじりな声色をした彼女はため息をついて自己紹介をする。
『私は1年B組卯城神楽。絢瀬恵梨香様に仕える正真正銘の専属執事。これからあなたをサポートする謂わば、パートナー。だからあなたは私の言う通りに動いていればいいの』
【後書き】
第一弾:君ヶ咲美少女ランキング:トップ 3 +α
第一位 絢瀬 恵梨香
第二位 羽瀬川 涼菜
第三位 天音 有栖
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第八位 宮園 瑞樹
第九位 卯城 神楽
作:猿渡 良太郎
この度は『Period, 1-6 靴箱に『詰められたもの』』を読んでいただきありがとうございました。