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第4話

 目が覚める。


 ………気分が悪い。当たり前ではあるのだが。


 2度の死を経験して、気分が悪くならない方が奇妙というものだ。


 3回目だ。もう死にたくない。


 死に怯える心は、私を狂気へと駆り立てるかのようだ。



 カナがこちらを見ている。心配そうな目をしている。


「どうしたの?ずいぶん顔色が悪いけど……」


 居ても立っても居られない私は、真っ先に拳をカナの顔面に叩きつけた。


 何故?私にも分からない。カナを殺す。ただそれだけを考えて拳をまた振り上げる。


 カナの顔を見る。笑顔のカナを見て身体に寒気が走るのを感じる。その顔を見ながらまた拳を振り下ろす。拳を振り上げて、振り下ろす。振り下ろす。下ろす。殺す。殺す。殺す殺す殺す。カナの笑顔を見る、振り下ろす、殺す、振り上げる、殺す、振り下ろす、カナの笑顔、振り上げる、殺す。




 ……………カナ



 顔はもう見る影もない。輪郭すら留めないように、パーツの片鱗すら残さないように、どこに目があった?どこに鼻があった?どこに口があった?


 それでもカナは笑っている。笑っているのが分かる。あざといほどに眩しい笑顔がそこにある。見る者を魅了する狂気がそこにはあった。


 いや、狂っているのは……


「こんにちは」


 声が聞こえる。後ろから。


 我に返って振り向く。


 そこには髪の長い少女がいた。背は低い。私より頭一つ分ほど小さいだろうか。髪が長いせいでそう見えるのかもしれないが……。


 何しろ腰より下――――膝の辺りまで髪が届いているのだ。背が低く見えても仕方ないだろう。


 少女は話し始める。


「やっと、分かってくれたんですね……、私の気持ち…………」

「え?」

「だって、邪魔な女を自分で片づけてくれたじゃあないですか」


 わからない。何を言っているのか。目の前の少女が話していることが、何も。


 本能が警鐘を鳴らす。目の前の少女は、何かわからないが、危険だ。


 少女は、ゆっくりと私に向かって歩を進める。不気味なほどゆっくり。逃げようと思えば容易く逃げられそうなその速度に、言葉で言い表せないほどの恐怖を感じる。この少女からは逃れられない―――理屈ではなく、感覚で分かる。


 少女が私の前まで近づく。手が差し出される。


 なぜ手を差し出されたのかを考えると、そこで今の自分の体勢に思い当たる。


 今まで気づいていなかったが、私は地面に崩れ落ちていた。腰を抜かしていたとも言える。何とも間の抜けた姿勢だ。


 しかし、その手を私は反射的に振り払った。振り払うしかなかった。渾身の力を込めて振り払い、そして走り出す。


 口から漏れる叫びはもはや断末魔のようだ。自分でも何を言っているのかまるで分からない。ただただ走る。走り続ける。走り―――


「捕まえた」


 背後からの声。ああ、やはりか。予想通りの展開。この段階で諦めはつく。


「ねえ、なんでですか?なんで逃げるんですか?なんで拒むんですか?なんで?ねえなんで?ねえ。ねえねえ。なんでなんですか?」


 この状況。もうどうしようもない。かといって慣れているかと言われればそんなことはない。諦観だけがそこにある。


「ねえ、なんで分かってくれないんですか?なんで私の痛みを分かって……………」


 そう言うと少女は懐からナイフを取り出した。


「あなたには私の痛みが分からない。なら、私が分からせてあげなければいけませんね………」


 少女はナイフを振る。反射的に私は目を固く閉じた。まず腿に鋭い痛みが走る。そのまま足の付け根を断ち切るように斬られる感触。地面に倒れこみそうになるのを少女が支えつつさらにナイフが私に襲い掛かる。もう一方の足の付け根が斬られ、続いて前腕に刃。


 ナイフというのはどうしてこうもよく切れるのだろうか。そんなことを考えながら目を開く。これは余裕のあらわれなどでは全くなく、むしろ自分の死を色濃く感じたことに起因する強烈な諦観がこうさせるのだろう。


 目の前の少女をじっと見る。名前もわからない少女を。この少女に自分は殺されるのだ。そう考えると、不思議と怖くはないように感じた。


 ナイフは相変わらず私の体を蹂躙している。痛みが徐々に頭に上ってくる。ああ、この痛みが頭に達したときに私は死ぬのか……。


 ナイフ。私を殺す凶器。その切れ味に感動を覚える私がいる。今私を殺そうとしているこの少女が愛おしく思える。


 一瞬、痛みが消える。目の前の少女。その顔は少し悲しげで―――――待ち望んだ一撃。

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