第2話
気がつくとそこは見覚えのある場所だった。私はそこに立っている。
懐かしさに、もう出ないはずであった涙が頬を伝う。
高校の校舎裏……。
しかし、そんな涙も浮かんできた大きな疑問によって止まり
しかし、そんな疑問も目の前の光景によって消えてしまった
目の前にいるのは……
「やあ、待った?」
安藤 カナだ……
見覚えがあるどころではない。記憶が一気に頭の中に入り込んでくる。記憶の通りだとこの後……!
「えっとね、こんなところに君を呼んだのは……、その…、言いたいことがあるからなんだ………、そう、君に……」
そうだ!この後の台詞を、私は一言一句憶えている!この後は……
「その、私と。付き合ってくれないかな?」
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このシーンを私は知っている……、知っているんだ…、そうだ、知っている。この後どう答えたのかも………
それなら迷うことはない。ずっと後悔していたんだ、ずっと!何故忘れていたんだ!!そうだ、それなら…
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それならばここで変えてやる!!!!
「嬉しいよ、安藤。いや、カナ……」
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私は答える。それが当然であるかのように、2回目のように、発したこともない言葉を紡ぐ……
「必ず、君を幸せにする」
「本当…?」
「勿論」
カナは100万輪の花が同時に咲いたような笑みを浮かべ、こちらを見る。
「嬉しい!本当に良かった!!大好き!!!」
それは疑いようもなく心からの笑顔で、私は安堵を隠せなかった。
―――それと同時に、いくつかの疑問が脳裏をよぎる―――何故私はここにいるのか?何故私の目の前に安藤カナがいるのか?何故私は動けているのか?
そして、最も大きな疑問が浮かぶ。
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先程、頭に入り込んだ記憶は何なのか?
何故、私は経験してもいないことをさも当然のように『思い出した』……?
疑問は尽きないのだが、とにかくカナのことを何とかしなければならない。幸いもう夕方だ。
「カナ、もう日が暮れかけている。一緒に帰ろうか」
「あっ……、そうだね、一緒に帰ろう!」
これでいい。カナを家に帰してしまえば一人の時間は作れる。そうすれば少しは考えもまとまるだろう。
帰り道、カナは終始楽しそうに話している。私はというと、何もかもが意味不明なこの状況に困惑しきっていて相槌も少し適当だった。
だが、この適当な相槌を気にもしない所からもカナが上機嫌であることがうかがえる。それだけで私も嬉しくなり、落ち着きを取り戻してきた。
しばらく歩いていると、急に目の前に人影が現れる。
その人影は、機敏な動きでこちらに近づくと、
「死んじゃえ!」
の言葉とともに何かを振り下ろす。
私は咄嗟に腕で自分の頭をかばう。なかなかやってこない痛みに焦れて、横にいるカナを見やる。
カナは変わらず立っている。頭が無くなっていること以外は。
いや、違う。無くなっているのではなく、真っ二つに割れている。
頭頂部に、相当重い刃物をしっかりと叩きつけないとこんな割り方はできないだろう。
私は恐怖すら超えた畏怖を感じ、もう一度目の前に現れた人影を見る。こんな時、人は驚くほど冷静になるものだ。今度はしっかりとその人物を認識する。
女の子だった。髪は長く、背は少し低い。ちょうど頭一つ分、私のほうが高いようだ。
カナは私と同じくらいの身長なので、今のカナと比べたらいい勝負になるだろう。
こんな少女が
私は少女に、
「何か用があるのかい?」
と尋ねたが、少女は虚を突かれたかのように口を閉ざしてしまった。
少し考えて、ここで自分が平然としていることは明らかにこの少女にとって不自然であろうことに気付く。
「驚かせてすまない。あまりにも突然の出来事だったもので、かえって冷静になってしまったんだ」
と軽く謝ると、ようやく落ち着いたようで、
「あの………、あなたに言いたいことがあって待ってたんですけど、来なかったのでこっちから来ちゃいました。ごめんなさい……」
と言った。
「謝る必要はないさ。すぐに言いたいと思うことなんて、誰にでもあるからね」
優しく声をかけると、少女は子犬のような人懐っこい表情で微笑んだ。
「それで、言いたいことっていうのは?」
「あ、それはですね…」
そう言うと、少女は少し言葉を選んでいる様子を見せた後、
「私、あなたのことが好きです。付き合っていただけませんか?」
と言った。
「すまないが、私にはカナが…」
「でも、もういないじゃないですか。私が殺しちゃいましたよ?」
「あぁ……、それもそうか」
もう何が何だかわからない。ただ一つだけわかっているのは、
「カナは死んだ。君が殺したんだな」
絶望しか感じられないような事実がただ一つの確実なものであるというこの状況に、軽く皮肉を覚える。逆説的には、それだけの余裕が出てきたともいえる。それはむしろ諦めのようなものかもしれないのだが。
「はい、私が殺しました!」
少女は誇らしげに胸を張って答える。そんな気はしていたが、やはりこの少女は何かおかしい。少なくとも普通の感覚は持ち合わせていないように感じる。
「念のために扱いを練習しておいて本当に良かったです!悪い虫を潰しちゃうのはもうちょっと後でいいかなと思っていたんですが、思ったより早く動きだしてきて、しょうがないからこんな強硬手段……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
思考がまったくもって追いつかないが、とにかく、これだけは訊いておかないといけない。
「そもそも、君は誰なんだ?」
「え?」
……何故訊き返されたのだろう…?
混乱のあまり意味不明なことを口走ったのかもしれないと思い、もう一度尋ねる。
「いや、僕は君の名前を知らないからね。ぜひ教えてほしいんだ」
「え?」
駄目だ、まったくもって意味が分からない。
困惑する私に追い打ちをかけるように、少女は言う。
「なんで私のこと知らないんですか?私ずっと見てたんですよ?ずっとずっとずっとずっと!」
まくしたてる少女に気圧されて何も言えなくなる。
そしてその隙を突いたかのごとく少女は、
「待ち伏せも嘘ですよ私見てましたからねあなたがあのゴミムシに言い寄られてる時もそれと一緒に歩いてる時も!あんな奴はろくな話もできない言葉もほぼ話せないような下等な輩なのにむしろ下等な輩だからこそあなたに言い寄るなんて馬鹿な事をできるんでしょうけど!!それにあなたの方もゴミムシに隣を歩かせるなんてことをして、私の未来のお婿様として自覚が足りないのです!!!そんなことをしているようでしたら本当に本当の強硬手段に出ますいえ今にもするしかないいやしなければならないする!!!!そうだ思いついた一つになりましょう一つにそうだそうしましょうそうしましょうあなたは先に逝っていてください私も1分1秒1フレームの狂いもなく同時に逝きますから一緒です寂しがる必要はないですよさあ一緒にさあさあさあさあさあ!!!!!」
少女はもう一度大斧を振り上げる。もう一度大斧を振り下ろす。
今度は僕の頭が割れる番。
今度は僕の身長が少女のそれと同じくらいになる。
痛みはない。やはり少女の腕は伊達じゃない。どんな練習をすればこんなことができるのだろうか………。
そんな的外れなことを考えながら眠りにつく。