第3話
「まあ、見違えたわ!」
それだけ言うと公爵夫人は、さっさと先に立って歩き出す。
玄関に待たせていた馬車に乗る。
マリアンヌも一緒である。
「最初はマダム・ルイーズのところにやって頂戴」
馬車がガラガラと動き出す。
間もなく、洒落たショーウインドウのある店の前で馬車が止まった。
中に入ると、奥から茶色い髪の女性が飛び出してくる。
「んまあ、マダム。
ようこそマダム・ルイーズの店へ。
今日はまた、ダイヤモンドの原石をお持ちでいらっしゃいますね」
フランス訛りでそう挨拶をする。
「マダム・ルイーズ、この子に一通り揃えてもらいたいんだけど」
それだけ言うと、公爵夫人はどかっと手近な椅子に腰掛ける。
マダムは奥からたくさんの布見本とスケッチブックを引っ張り出してきた。
絹、シフォン、モスリン・・・
美しい布見本の数々に、ローズは圧倒されてしまう。
「お嬢様は、色が白くて手足が長いから、デザインのしがいがありますわ!
黒髪も、今流行ではないですけれども、かえって珍しくていいですわ!」
マダム・ルイーズが興奮気味に話しながら、スケッチブックに鉛筆を走らす。
ローズは奥の部屋でお針子たちに取り囲まれて、ドレスを脱がされてペチコート一枚。
既製品の普段着のドレスを着せられる。
今まで、着たことの無い藤色のドレスは、確かにローズの黒髪を引き立てている。
腰に結ばれたバイオレットのリボンは、ローズの瞳と同じ色だ。
鏡の前でローズは、目をぱちくりさせる。
お針子たちに背中を押されて、ローズは奥の部屋から出て、新しいドレスを公爵夫人に見せる。
「まあ、きれいじゃないの、ダイアナ・ロザリン。
マダム・ルイーズ、あれもいただくわ!」
公爵夫人が、物憂げに言う。ローズはその後も、奥の部屋に連れて行かれては新しいドレスに着せ替えさせられる。
その間も、マダム・ルイーズはせっせと手を動かす。
「お嬢様は、私のインスピレーションを刺激いたしますわ!
今年のデビュッタントの中でも一番人気が出るんじゃございません?」
見る見るうちに、美しいドレスのデザイン画が何枚も出来上がる。
「お嬢様には、リボンやレースがごてごてしているのは似合いません!
シンプルなデザインがよろしいでしょう。
背の高さを際だたせるかのように・・・ストン、シュルシュル、サラーでございます!」
何枚もの夜会服のデザインが終わると、お茶会用、乗馬服、朝用のドレス、午後用のドレスと、次々にデザインが出来上がる。
ローズは、目がまわりそうである。
「全部、シンプルなデザインですけれども、生地はすべて極上でございますわ。これでこそ、マダムのお嬢様に相応しいというものです」
デザイン画の山をひとつ作ると、マダム・ルイーズは満足そうにほうっとため息を漏らした。
公爵夫人は、微動だにしない。
「あの・・・お祖母さま?
どのドレスにいたしますの?」
恐る恐るローズが聞くと、公爵夫人は物憂げに言った。
「とりあえず今はそれだけでいいわ。
まだ他にも買いに行くものがたくさんあるから」
ローズは、そのデザイン画の山を見て、どれくらいの金額になるんだろうと背筋が凍りそうになる。
既製品のドレスを公爵邸に届けるように手配すると、公爵夫人は次の店に向かう。
その後も、リボン、手袋、帽子、靴、扇、傘、オイル、クリーム・・・と山のように買い物をしていく。
マリアンヌは、それらの品物を確認しては、満足そうにリストの品物を消していく。すべての品物を公爵夫人とマリアンヌは、意気揚々と公爵邸へと引き上げていった。
ローズは、楽しいとか嬉しいとかいうより、初めて来るロンドンの人込みに、グッタリ疲れ果てていた。