第29話
あんなにも楽しく準備した舞踏会なのに、不思議なほど楽しめない。
柔らかな光に包まれた舞踏会の中で、笑いさざめく人々の声は、宇宙の彼方から聞こえるかのよう。
どれくらい意識が飛んでたのか。
誰かに腕をつかまれて、はっと我に返る。
「ローズ?」
そこには自分の物思いの種が、自分のことを心配そうにのぞきこんでいる。
「ニコラス?!」
束の間、目があった。
そのあまりの近さに、ローズはハッと目を背けてしまう。
近すぎるのよ〜!!
ローズは、内心心臓バクバク。
これ以上、目をあわせてたら、倒れてしまいそうだった。
目を背けるローズを見て、ニコラスは物憂げな表情を見せる。
そして、ため息をひとつ。
「舞踏会の準備をはりきりすぎて、疲れたんじゃないのか?
最近の君は、コマネズミのようだったから」
「コマネズミ?!」
よりによって、ネズミに例えるなんて!
ローズはニコラスをにらむ。
ニコラスは、雲行きの怪しくなってきたローズの表情をみて、巧みに話題を変えようとする。
「君が頑張ったからかな。
今年のマンチェスター公爵の舞踏会は、例年よりかなり華やかで美しいよ」
そう言われて、ローズの表情がぱあっと明るくなる。
そんなふうにコロコロ変わるローズの表情を、ニコラスは嬉しそうに見つめていた。
ニコラスは、ローズをエスコートしてマンチェスター公爵夫人のもとに連れて行く。
疲れているように見えるローズをマンチェスター公爵夫人のもとに連れていく必要性を感じながらも、ニコラスはローズから離れたくない。
ローズはニコラスにエスコートされて、何とも言えない気分になる。
なんなんだろう。
他の人とばかり話していたかと思えば、私に優しくしてくれるニコラス。
ただ確かなのは、ニコラスが側にいてくれるだけで、世界がこんなにも明るくなるということ。
あんなにも嫌な人だと思ったのが嘘みたい。
好き。
愛してる。
けど、そんなこと言っても、コマネズミみたいな田舎娘、拒絶されるに違いない。